第90話 登校と襲撃
決闘から2日後のことだった。私は久しぶりにエーファと2人、教室へと向かっていた。
「こうやって2人で登校するのも久しぶりね。いつの間にか3人で登校するのが普通になっていたし」
「ええ。そうですね。なんだか隣が寂しいです」
今日はアーダ様は休みだ。ベール家の養女になるための手続きがあるらしく、今日から数日間は王城へと詰めるらしい。マヤやシンザンがついていったので、その点は安心ではあるのだけど。
2人、雑談しながら教室へと向かう。扉を開けて中に入ると、いつものメンバーが出迎えてくれた。
「アメリー。おはよう。そうか、今日はアーダはいないのね」
「エリザベート様。おはようございます。ええ。彼女はいろいろ手続きがあるらしく、今日はお休みなんです」
笑顔で挨拶する私たちに、ギオマー様が話しかけてきた。
「おお! アメリー。おはよう。この前はお疲れだったな。カトリンから聞いたぞ。アーダの奴、ベール家に迎えられたんだな」
「え、ええ。ファドゥマー様が養女として受け入れてくれたらしいんです。今日も、そのための手続きをするとのことで」
私が言うと、教室内にどよめきが起こった。
カトリンが情報を流していたらしいが、私の話を聞いて事実だと悟ったらしい。カトリンの情報が間違っているとは思われていなかったらしいけど、やはり大きな話だったので確信が得られなかったようだった。
「伯爵令嬢から侯爵令嬢に、か。しかもベール家はカーキー家と違って歴史も古く、地位も高い。ベール家は宰相を出したことがあるくらいだからな」
「いやあ、さすがだよね。でもあの戦いぶりを見たら納得だけどね。あのドミニクを一瞬で倒しちゃったんだからさ」
コルネリウス様の言葉を、ナデナ様が引き継いだ。
私は返事をしながら、ちらりと教室の隅を盗み見た。ドミニクは、まだ来ていない。決闘の勝敗が気に入らなくて、怒鳴り込まれるのではと思っていたけど・・・。
「ドミニクは今日は休みらしいですよ。決闘であれだけ完全に敗れたんです。さすがにしばらくは合わせる顔がないみたいです。まあ、あの家にはペナルティがあることですし」
「え? え、ええ。そうですね。さすがに、あれだけの力を見せつけられてしまうと・・・。私もあれだけの技術を見たのは、ラーレお姉様以来でしたし」
言って、思わず目を見開いた。
教室でラーレお姉様の話題を出しちゃうなんて! メリッサ様に興奮材料を与えてしまう!
おっかなびっくりで顔を上げた。しかし、こんな状況で詰め寄ってくるはずのメリッサ様は、自分の席で何かを読み込んでいた。ラーレお姉様の話にも気づかないくらい、集中しているようだった。
「ああ。今日はちょっとあってな。集中しているらしく、気もそぞろなんだ。どうやらあいつに届けられた資料に魅入っているらしく、俺の話も『あとで』と聞いてもらえん」
ギオマー様の話に驚きを隠せなかった。いつもならこんな時に興奮する彼女が、ギオマー様の声が届かないくらい熱中しているとは!
私が彼女について聞こうとしたその時、教室の扉が勢いよく開けられた。担任のハンネス先生外気を切らして教室にいる生徒たちを見回していた。
「よ、よかった・・・。アーダさん以外は来ている」
ハンネス先生がこうしてくるのは2回目だ。つまり、彼の要件というのは。
呼吸を整えた先生は、私たち一人一人の顔を見回した。
「エーファさん。エリザベートさん。ハイリーさんと・・・。あと、デメトリオ君に、カチヤさんもいますね! すぐに学園長室に来てください!」
「は、はい!」
デメトリオ様が驚いたように返事をした。
正直、私が呼ばれるのかと思った。こういう時、呼ばれるのは隊を率いる私たちだったのだから。なのに今回は、エリザベート様以外の2人は呼ばれることもなかった。
「皆さん! 今日はしばらく自習していてください! おって支持を出しますから! ああ、アメリーさん。昨日はお疲れさまでした」
私たちにそう言うと、ハンネス先生はエーファたちを連れて急いで出ていった。その様子を呆然と見送っていると、カトリンが声をかけてきた。
「エリザベートよりも先にエーファの名前が呼ばれるなんてね。ということは、あれかな?」
私が静かにカトリンを見返すと、カトリンは目を細めながら答えてくれた。
「呼ばれた人たちに共通点があるのに気づいたかい? みんな、風魔法に強い適性がある人ばかりさ。アーダ君はレベル1のようだけど、彼女が優れた探索魔法の使い手なのは知られている」
私は彼女を見つめると、もう一度、エーファたちが去った扉を見つめていた。
「この前、君の領に遊びに行ったときにあっただろう? ヴァルティガーが、魔力門を使って出てきたじゃない。あいつは連邦に属していた魔物だけど、それと同じことがここ王都で起こったということさ」
それってつまり・・・。
「この国に生息する魔物は、普通の風魔法で見つけ出すことができる。フィーデンの魔法でも、索敵する術式は組み込まれているからね。見つけ出せないのは、水中に潜伏したビッグバイパーやリザードマンくらいさ」
私は頷いた。
受業で学んだことだが、探索用の風魔法・・・。フィーデンやサッチャー・ナッチの魔法にはこの国の魔物をみつけやすくするための術式が組み込まれているそうだ。だから、あれを使うだけで魔物を効率的に見つけられるのだという。
「そういう、ことね。呼ばれたのは、探索用の風魔法により詳しい生徒だけ。フィーデンやサッチャー・ナッチの、制度がかなり優れている。彼女たちなら、風魔法の改良を、さらに進められるのね」
「そう。この国の魔物を探すのだと、フィーデンを使える魔法使いだけで事足りる。でも、本来この国にいない魔物を見つけるためには探索魔法に優れた人を、集める必要があるのさ」
東のウォルキン家出身のエーファは、風魔法の使い方に優れている。エリザベート様は魔法全般の扱いに優れているし、デメトリオ様やカチヤ様も風の色が濃い。
つまり、この王都に、潜伏に優れた外国の魔物が、現れてしまったということかもしれない。
「俺たちはあいつらほど探索の腕はねえからな。教師や冒険者の討伐を手伝わされるのかもな。ま、今回は出番なしってことさ」
ポンと肩を叩くロータル様に、私はそっとうなずくのだった。
◆◆◆◆
結局、その日は一日中自習になった。
時折他の生徒からアーダ様のことを聞かれて意外だった。みんなあの戦いに感銘を受けた生徒ばかりで、資質に関係なく制御を磨くことの大切さをかみしめたらしい。
ちなみに、メリッサ様はその日一日ずっと資料に夢中だった。たまに思い出したようにギオマー様に質問することもあったが、それ以外はずっと資料を見ていたのだ。あの分だと、私たちがいることにも気づいていないのではないだろうか。
放課後になってしばらくして、教室に職員が尋ねてきた。エーファたちはもう少しすることがあるらしく、先に帰るように促されたのだ。
溜息を吐いて教科書を片付けていると、コルネリウス様が声をかけてきた。
「帰るのか」
「ええ。あまり暗くなってはエーファに迷惑を掛けちゃいますしね」
そう言って立ち上がると、コルネリウス様が皮肉気に笑ったような気がした。
「それでは俺たちも・・・、な。アメリー。分かっているだろう?」
「・・・。ええ。まさかとは思いますが、念のためってことですね」
教室を出る私を、ナデナが追いかけてきた。
「私たち以外にも来る人がいるんだって。さすがにそんな馬鹿なことはしないと思うけどねー」
「ええ。すみません。皆さんの手を煩わせることになっちゃって」
恐縮して頭を下げる私に、ナデナは気にしないでと笑顔で手を振るのだった。
◆◆◆◆
帰り道。グレーテと二人、寮へに帰路についた。
「こんなに遅くなってごめんなさいね。徒歩で帰ることになってしまって」
「いえ。しかし、帰りの馬車が故障するとは。お嬢様。イーダ様のお守りがあるとはいえ、十分に注意してくださいね」
彼女の心配に、そっとうなずいた。
いつも一緒に帰るアーダ様はいない。そればかりかエーファも今日は呼ばれていったのだ。彼女たちや護衛たちもいるから、いつもは相当にぎやかになるのだけど。
「しかし意外でしたね。アーダ様のことは聞いていましたが、まさかエーファ様までご一緒されないとは」
「ええ。探索魔法に優れた人ばかりを集めるなんて、コルネリウス様の予想通りということかもしれませんね」
そんな雑談を躱しながら、夕焼け空を進む。
校舎から寮に歩いて帰る途中に、どうしても暗い道に差し掛かる。そこは、襲撃にはうってつけの場所だと、何ともなしに思った。
ブレスレットがまた震えた。同時に、グレーテから注意が飛ぶ。
「アメリー様」
「ええ。分かっているわ」
私は立ち止った。そして次の瞬間、私たちを取り囲むように10人くらいの襲撃者が現れた。
「よお! 子爵令嬢! 来てやったぜ! お前の生意気な口をふさぎたいってやつがたくさんいてなぁ! 選別するのも一苦労だったぜ!」
中心にいたのは、やはりドミニク。新品の鎧に、得意の十字槍。完全武装のあいつは、仲間とともに私を取り囲んできた。おそらく、馬車の故障もこいつらのせいに違いない。
「ド、ドミニクさん。本当にいいのですか? こんなことして! まずいんじゃないですか? ほんとうに許されるの」
「黙れ! こいつはただの子爵家の出だ! 俺たちに逆らえるわけはねえんだよ! 伯爵家のお前が! ここまで来て何言ってやがる!」
ドミニクが叫び返した。目が黒光りしているのは気のせいだろうか。ブレスレットも絶え間なく震えているし。
弱気な声を上げたのは、あのアルバン・カーキーだった。周りの生徒たちも、武器を取ってはいたもののこの所業に顔を青ざめさせた。
「お前ら! 分かってんだろうな! なあに! こっちは人数がいるんだ! 子爵家のくせにいつもすました顔してて気に入らねえってに入らねえって言ってたじゃねえか! こいつを襲うチャンスなんだよ!」
「で、でも! こんなこと、許されるわけが」
どうやら、やる気になっているのはドミニクだけので、他の生徒は仕方なしについてきたようだった。まあ当然か。学園生を武装して襲うなんて、完全に犯罪行為だ。そんなの、学園にも王家にも許されるわけはない!
ドミニクはニヤ付きながら周りの生徒を振り返った。
「はっ! 安心しろよ! 俺にはまだユーリヒ家がついてんだ! あの人は星持ちが気に入らないとさ! それに、お前らが俺に逆らえると思っているのか?」
黒く光る眼で喚くドミニク。その叫び声に、アルバンも周りの仲間もしぶしぶ武器を取り出した。
ドミニクの家、ヘッセン家は幾多の貴族家を従えていると聞く。契約魔法かなにかで配下の意思を縛っているといううわさも聞く。
「ははっ! 所詮は子爵令嬢! 護衛の数も少ないようだな! 生意気な口を効いた罰だ! おとなしく、やられちまいなよ!」
「へ、へへっ! こうなっては仕方がない! 運がなかったとあきらめるんだな! 大体、子爵家ごときが生意気なんだよ! 俺たちに逆らえないことを証明してやる!」
種撃者たちの一部から下卑た声が上がった。この行為が犯罪かはさておいて、戦いが始まれば数の暴力の前に私は手も足も出ないと思われているようだけど・・・。
「グレーテ。武器を」
「はい。アメリー様。ご武運を」
私はグレーテから包みを受け取った。ドミニクから目をそらさずに包みをほどくと、鞘に納められた刀が現れた。
「くっくくくく! 武器を持ったとしても、お前と護衛だけで、この人数に対処できるかな? まあ、最後まで楽しませてくれよ」
あざ笑うドミニクを気にも止めず、私は静かにドミニクの目を見つめ、彼の顔を指さした。
「ドミニク・ヘッセン。あなたに勝負を挑みます。私が本当に無力な者かどうか、その身で確認するがいい」
「はっ! 何言っていやがる! この人数が見えないのかよ! この人数を活かさないわけがないだろう! なあ!」
ドミニクが振り向った。
襲撃者の中でやる気になっていたのは一部だったが、他もしぶしぶと武器を構えた。おそらく、どうやってもドミニクに逆らえないのならと、開き直った人もいるのだろう。数人の顔はまだ青く、アルバン・カーキーに至っては震えているようだった。
私は彼らに取り合うこともなく説明を続けた。
「これは、あなたのために言っているのですよ。ドミニク・ヘッセン。種撃でなく一騎打ちなら、情状酌量の余地も、少しはあるかもしれません。かなり厳しいことには変わりないのですけど。それに・・・」
「はっ! お優しいことだな! だが、状況が見えてねえのか? お前は一騎打ちなど言えないくらい、追い詰められているんだよ!」
血走った眼で唾を飛ばすドミニクに、思わずため息が漏れた。今後のことはともかく、自分たちが有利だと思い込んでいるのだろう。だけど周りが見えていないにもほどがある。
「ふっ。お前、子爵令嬢のくせに生意気だと思ってたんだよ! 俺たちが馬車に細工したことにも気づかないとはね。たった2人で出歩いたこと、後悔するといい!」
「くそっ! やってやる! 星持ちとか言われて調子に乗ってるんだろうが、最後に俺たちの力を見せてやるさ!」
おそらく中位クラスの生徒で、アルバンと親しいのだろう。確か、少し前にこの人たちに絡まれたのよね。まあ、浅はかな人たちだなあと思うけれど。
「ほら! 黒焦げになりなさい!」
ドミニクの後ろにいた女生徒が短杖を抜き放った。ドミニクも、それを見て嗤っているようだった。
杖からほとばしる、赤い火の玉。
それは私に直撃するかと思いきや、途中で煙のように消えていった。
「なっ!」
「くくくくく。これで言い訳はできんなぁ。お前らは、無抵抗の貴族に杖を向けたのだから」
暗がりから現れたのは、コルネリウス様だった。
「えーっと。一応魔法防いだのあたしなんだけど。てか、なんであんたがいばんの? ちょっとカッコつけすぎじゃね?」
あきれたように言ったのはナデナ様だった。彼女は自前の十字槍にもたれかかりながら、眠たそうにあくびをした。
上位クラスに属する3人の生徒を見て、ドミニクがあからさまに焦りだした。
「こ、コルネリウスだと! ナデナまで! なんでお前らが! いつの間に!」
「最初からだ。お前たちは気づかなかったようだが、離れた位置からアメリーを護衛していたんだよ。しかし、まったく気づかんとは、やはりお前はその程度の存在ということよ」
コルネリウス様の嘲笑に、ドミニクは汗をかきながら狼狽した。
「な、なんで侯爵家のお前が! 高々子爵の護衛みたいなことしてんだよ!」
「はっ! 始祖に近いと言われた俺が、犯罪者を捕らえるために手を抜くわけがないだろう! たとえ泥にまみれようが犯罪者は許さん! それが、ヴォルフガング・ポリツァイの誇りなのだからな!」
ドミニクの焦りに、コルネリウス様は嘲笑を隠さない。
というか、この人。始祖に似ていると言われたのが本当にうれしかったのね。なんかそれを強調するようなことを何度も言ってるし。
「お前らの浅はかな行動にイラついているのは俺たちだけじゃない! なあ!」
コルネリウス様が振り向くと、暗がりからさらに戦士たちの一団が現れた。彼らを率いるのは2人の少年だ。その2人を見て、ドミニクはさらに顔を青くした。
そこにいたのは、ファビアン・ロレーヌとフォンゾ・ベールだったのだから。
ファビアン様は公爵家、フォンゾ様は侯爵家の令息だ。当然のことながら、2人の実家はここにいる誰よりも地位が強い。高位貴族の2人を見て、ドミニクの取り巻きたちの顔色は青を取り越して白くなっていた。
「う、うそだろう・・・。何で! なんでロレーヌ家の方がここにいるんだよ!」
「ロレーヌ家とビューロウ家の関係を知らないのか? 姉のエレオノーラは常に白の剣姫とともにあるし、兄のエーレンフリートを守っているのはビューロウの戦士たちだ。2家は、常に守りあう関係にある。まあ僕は、ちょっと遅れてしまったけどな」
ファビアン様は苦笑いしながら宣言した。彼はちらりとこちらを見た。私が謝意を伝えるようにうなずくと、彼はぎこちない笑みを浮かべてくれた。
暗がりから現れたファビアン様たちに、ドミニクたちは何も言えないようだった。私とファビアン様がうまくいっていないといううわさがあったが、こうなるとそれを信じる者は誰もいないだろう。
「さてドミニク。最後くらい、王国貴族としての意地を見せたらどうです? あなたに一騎打ちを申し込みます。まさか、逃げるとは言いませんよね?」
私が構えて体を沈ませると、ドミニクは汗をかきながら顔をひきつらせたのだった。




