第61話 幼馴染との再会 ※ エリザベート視点
※ エリザベート視点
「くっ! また!」
私は自前の魔道具を睨んだ。
魔力板をクリアするまでの時間を自分の魔道具で計っているのだけど、思うような結果は上げられていない。確かに最初のころよりは早くなった。上達しているのは間違いがない。だけど、それでもまだ足りない。
アーダやアメリーほど素早い魔力構築はできていないのだ。
「エリザベート。君はよくやっている。一昨日よりもずいぶん早くなったじゃないか。これなら、君の魔法でもっと多くの魔物を倒せるんじゃないか? 今なら、魔物の急所に君の強力な魔法を当てることだってできるはずさ」
護衛のカトリンがそう言ってくれるけど、私は首を振った。
確かに魔力制御の技術が上がったという実感がある。この領に来て、魔法を自在に操れるようになったという自覚もある。だけど、足りない。先行しているクラスメイト達と肩を並べるには、もっと腕を磨く必要があるのだ。
「もう一度!」
「悪いけど、ストップだ。ちょっと疲れがたまっているように見えるよ」
カトリンが私の腕をつかんだ。私は思わず彼女の目を見るが、彼女は無駄に朗らかな顔で微笑みかけてきた。
「無理はしないって約束だったよね? 練習のし過ぎだ。さっきよりもスピードが落ちている。これ以上やっても、上達するとは思えない。少し休憩すべきだね」
私は歯を食いしばるが、カトリンはどこ吹く風だ。無駄にさわやかな笑顔をしていて悔しくなる。この娘、ボーイッシュだから女生徒なのに王子様みたいだという声も聞かれるのよね。来年、後輩ができたら騒がれてしまうのかもしれない。
私は彼女の腕を振り払いのけ、そのまま部屋の出口へと向かった。後ろで苦笑する気配がしたが、かまわず言い捨てた。
「少し、頭を冷やしてくるわ。でもしばらく休んだら、また練習させてもらう。それなら構わないでしょう?」
「ああ。適度に休憩を取るのなら問題はないよ。きちんとインターバルを取りながら修行するのなら、私に言うことはありません」
恭しくお辞儀をするカトリン。含み笑いを漏らしそうなカトリンに少しイラつきながらも、私は出口に向かってずんずんと歩き出したのだった。
◆◆◆◆
私は空を見上げた。今日も無駄に晴れていて、私は思わず雲を睨んでしまう。
「すっかり晴れてしまって。この天気のように、私の気も晴れたのならいいのだけど。アメリーがフェリシアーノに狙われているとはいえ、こうも厳重に警備されたら気が滅入る」
周りを見渡して、そっと息を吐いた。道場の外にはいたるところに戦士がいて、私たちを守っている。私は一人になりたくて、道場の外にある森へと向かった。
カトリンの助言で休憩することになったのだけど、部屋で休む気にはなれなかった。ついて来ようとした護衛たちを下がらせたのは良くなかったかもしれないが、ちょっと一人で考えたい気分だった。
「フォオオオン」
鳴き声がして、振り返った。そこにはハイリ―の小狸がいて、うるんだ目で私を見つめていた。
「お前・・・。そうか、護衛もなしに外に出た私を、守ってくれているのね。ふふ。小さいくせに、主人に似て忠実なんだから」
しゃがみこんで、頭を撫でた。小狸は気持ちよさそうに目を細めていた。
「ふふふ。最初に見た時からこうしたかったのよ。気持ちいいでしょう? こう見えて、動物を撫でるのは得意なんだから」
おとなしくなでられる小狸を見て、自然と笑みが浮かんでいたと思う。実家ではこんなふうに動物に触れられないこともあって、思う存分撫でまわしてしまった。
「本当は、私も護衛獣と契約したいんだけどね。うちは、お母様の事情があって触るのを禁止されているのよ。まあ、こればかりは仕方のないことなんだけどね」
母のことを思い出した。
別に、母が動物を嫌っているわけではない。むしろ、人一倍というか、何倍も好きなのだが、あの人の体質が問題があった。
母は、動物に触れると涙とくしゃみが止まらない体質だったのだ。
「きれいでカリスマ性のある人なんだけど、あれだけはどうしようもないのよね。あれだけ動物好きなのに、そして動物のほうにもなつかれやすいのに、あんなになってしまうんだから。母の信望者には見せられない姿だわ」
うちに猫が迷い込んできた時のことだった。母は叫び声をあげると、迷わず猫を抱きしめた。驚いたことに、猫のほうもおとなしくされるがままだった。母が涙と鼻水だらけなりながら、嬉しそうにほおずりする姿が忘れられない。いつも厳格な父が涙ながらに止めなければ、寝室にまで連れて行ったことだろう。
「あれ以来、うちでは動物を飼えないことがルールになったのよね。普段は母に甘い父なのに、それだけは絶対に許さなかった。私や兄も母の影響で動物が好きになったのに、おかげで私たちまでも動物に触れるのはダメって言われたのよね。まあ、私が護衛獣と契約すると、母は絶対に触らずにはいられないでしょうから」
母に甘い父とは思えないほど、厳しい処置だった。そのあおりを受けて私までも動物に触れられなくなった。その処置が必要なのはわかるけど、動物好きの私たちにはかなり厳しい命令になってしまった。
小狸は、私におなかを見せてうるんだ目で見つめている。私は小狸のおなかを撫でながら、思わずこの子のことを考えてしまう。
「ハイリーはこの子が魔法を使えると言っていたわね。ということは、この子は特殊個体ということなの? 通常のキラー・ラクーンは、魔法なんて使えないはずなのに」
この小狸は、王国の山中に広く生息するというキラー・ラクーンという種だ。臆病で、人にはあまりなつかない種だと言われている。畑を荒らす厄介な魔物で、人と敵対することも珍しくないはずだ。
それが、ここまで人になついて、しかも魔法まで使えるとなると特殊個体だとしか思えない。
「!! ふぉおおん!」
小狸が、急に立ち上がって私の背後にうなり声を上げた。私は驚いて、思わずそちらを睨みつけた。
「ちっ。驚いたよ。キラー・ラクーンは弱っちい魔物かと思っていたが、まさか邪魔してくるとはね」
忌々し気に吐き捨てたのは、私と同年代の少年だった。特徴的なのは目で、左右で色が違っている。左目が銀で、右目が金。セブと反対の色をしたその少年のことを、私はよく知っていた。
「シグ・・・」
見間違えるはずもなかった。現れたのは、私の幼馴染のシクストだ。突然の邂逅に、私は思わず息をのんでしまったのだった。




