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星持ちの少女は赤の秘剣で夢を断つ  作者: 小谷草
第3章 星持ち少女の帰郷
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第62話 連邦の調略 ※ エリザベート視点

※ エリザベート視点


「シグ! 心配していたのよ! セブだってずっと気にかけてた! 急に連絡が取れなくなったんだから!」


 気づいたら大きな声で問いかけていた。護衛の小狸が前にいるせいで進めないが、思いっきり駆け寄りたい気分だった。でも、いたるところから聞こえてくる剣戟の音。どうやら道場全体が襲われているらしい。


 戦闘が始まったのは気になるけど、今はシグだ。でもシグは、不機嫌になって私を睨んだ。


「あの出来損ないがどう言おうが関係ない。私は私の道を見つけたのさ。選ばれた者にしかできないこともある。あの方のおかげでそのことが分かったのは僥倖と言えるかもね」


 吐き捨てるように言うシグにごくりと喉を鳴らしてしまう。昔のシグは、口は悪くてもセブをこんなふうに貶めることはなかった。それが、こんなふうにセブを悪しざまに言うだなんて・・・。


 思わず口ごもった私に、セブはその瞳を輝かせながらやさしい声で語り掛けてきた。


「あんな奴よりも大切なのは君さ。いや、水の魔法家たるヴァッサー家、というべきかな。君たちの資質は素晴らしい。まるで、天に愛されているように、ね。それを、あんな西の地に閉じ込めるなんて、本当にクローリー王国の奴らは許し難い」


 私は唇を噛んだ。西のヴァッサーの土地は、私たちの先祖が代々守り、発展させてきた。発展の度合いだけ見れば、ロレーヌ家にだって負けない。王都にだって匹敵するだろう。


 それを、まさか僻地に押し込められたように言うだなんて!


「ふざけないで! あなたも幼少期をあそこで過ごしたならわかるでしょう! 街は活気であふれ、土地も豊かよ! あそこのどこが問題だというの! 私たちの一族はヴァッサーの地を治めるのに誇りを持っている!」

「でも、霊水が隅々にまで流れているわけではない。霊水が湧き出す川は、領都にながれるそれのごく一部だろう? 王都には霊水が流れる川がいくつもあるそうじゃないか。それを管理してこそ、水の魔法家と言えるのではないかな?」


 そんなことない! と言おうとして気づく。これは価値観の違いなのだ。私たち王国民と、連邦の貴族たるシグとの、越えがたい違いが!


 霊水とは魔力に満ちた水のことを言う。連邦では、そんな水が流れる川が幾多も存在するという。水に含まれる水が豊富なら、その分だけ土地は豊かになり、収穫できる作物も多い。連邦では霊水が流れる川をめぐって、幾度も戦いが起こっていると聞いているけど・・・。


「この国の霊水は、連邦みたいに自然発生したわけではないのよ。王都が豊かなのは、王族が長年にわたって土地の地脈を抑え、大地の魔力を丁寧に行き渡らせ続けたからよ。川に霊水が混じるようになったのは長年の研鑽の賜物よ。そして我がヴァッサーの土地にある川だって、最初から水に魔力が満ちていたわけではない!」


 私は必死で語り掛けるが、シグはあきれたように首を振った。


「やれやれ。君も王国の考えに染まっているようだね。霊水は天の恵み。人になんとかできるわけがないだろう? まあいいさ。君も、あの方に会えばわかるはずさ。水に愛されている君は王国の敗残者どもとは違う。おとなしく・・・」

「ふぉおおおおん!!」


 ハイリ―の小狸が私をかばうように前に出た。そしてその小さな体で、震えながらシグを睨んだ。


「お前・・・。敗残者に使役される程度の魔物のくせにいい度胸だ。だけど邪魔だね。高貴な人間の邪魔をしたらどうなるか、教えてあげようじゃないか!」

「やめて!」


 私の制止する声も聴かず、シグは杖を小狸に向かって構えた。


「はははは! これが! あの方にいただいた力だ!」


 シグの体から立ち上る、膨大な水の魔力! 量だけじゃない。色だって段違いに濃い青色だった。


「う、うそでしょう!? アメリーと同じくらい濃い魔力だなんて! そんな! なんで!?」


 私が知っているシグは、こんなふうではなかった。私と同じくらいの色の濃さだったし、魔力量もここまで多くなかったなずだ。だけど、見る限り色の濃さはアメリーと匹敵するぐらい濃いし、魔力量は明らかに増えている。まるで星持ちのような魔力に、私は思わず叫び声を上げた。


 シグは歪んだ目で小狸を見つめた。その口元は醜く吊り上がっていた。小狸は事態が分かっていないのか、私の顔を見て小首をかしげると、シグに向きなおって2本足で立って左手を突き出した。


「あははははあ! 生意気にも私に立ちふさがろうというのか! いいだろう! 私の力を見せてやるさ!」

「やめて!」


 私は小狸の前に行こうとするが、どういうわけか足が動かない。シグの水弾が、あのかわいい小狸を貫くかと思われたけど・・・。


「フォッ!」


 小狸の手のひらから黒い靄のようなものが飛び出した。黒い靄は一瞬にしてシグの水弾を包み込むと、あっという間に消えていく。


 そこには、最初から何もなかったような空間が広がるだけだった。シグの水弾が、レベル4の星持ちに匹敵する攻撃が、あっさりと無効化されたのだ。


「なん・・・だと?」

「ふぉっ?」


 顔を引きつらせるシグに、小首をかしげる小狸。


「・・・え?」


 私は茫然としてしまった。あの小狸を仕留めるはずの強力な一撃が、一瞬にして打ち消されたのだ。


「そ、そんなはずはない! くらえ! くらえ!」

「ふぉ? ふぉ! ふぉおお!」


 シグはむきになって杖から水弾を放ち続けるが、あの小狸はすべての攻撃を簡単に無効化し続けた。気のせいか、あの小狸はなんだか楽しそうだ。


「黒い靄・・・。あれは、闇と土の複合魔法!? 一瞬にして、星持ちの火力を打ち消す防壁を、張り続けたというの!?」


 特殊個体は強いと聞いていたが、ここまでとは! ハイリーの護衛獣は、そのかわいらしい外見に似合わず、相当な魔法の使い手だった。あれなら、普通の魔法使いなんか目じゃないのかもしれない。


「く、くそっ! 魔法が効かないというのか! ならば! おい!」


 シグが後ろを振り返ると、どこからともなく黒ずくめの男たちが現れた。先頭には、刺突剣を構えた男。彼は貴族なのだろうか、他の人たちよりも濃い水の魔力をまとっている。他の人たちも荒事に慣れているのか、ニヤニヤとした笑みを浮かべていた。


「ふぉ、ふぉおおおお?」

「ふ、ふふふ! 高レベルな水魔法を使えば、ここまで兵士を隠すこともわけないのさ! こいつらのおかげで増援は期待できない。さあ、お前たち! あの醜い獣を殺せ!」


 じりじりと近づいてくる男たちに、小狸は目に見えて狼狽し出した。魔法にはめっぽう強いけど物理攻撃には弱い。それが、このキラーラクーンの特性なのかもしれない。


「シクスト様。お任せください」


 貴族風の男が顎をしゃくると、3人の男たちがにやにやと笑いながらこっちに近寄ってきた。


 だけど、その時だった。


「はああああああああああ!」 


 一瞬だった。一瞬で青い短髪の少女が現れたと思ったら、男の一人を横薙ぎに切りつけた!


「え・・? あ・・・?」


 男は一瞬呆然としたが、斬られたことに気づくとそのまま膝をついた。次の瞬間、青紙の少女に蹴り倒されて吹き飛んでいく。


 その影は、わずか一撃で男の動きを止めたのた。


「ばかな! いつの間に!」

「そりゃあ、その狸君が知らせてくれたからねぇ。エリザベートに、危機が迫っているってさ」


 カトリンが男に笑いかけた。男は驚いて斬りつけようとするが、カトリンは笑顔で避けて、反撃で男を切り倒した。


「な、なんだと!?」

「いやね。護衛としては失敗だったと思うよ。護衛対象が危険にさらされたんだから。でも、ちょっと時間をかけすぎだね。狸君が君の予想以上に手ごわかったのかもしれないけど。まあ、何とか間に合ったよ」


 笑顔で言うカトリンに、シグは絶句しているようだった。


「さてと。話を聞かせてもらおうか。悪いけど、なんでこんなことをしたのか吐いてもらうよ」


 無駄にさわやかな顔をするカトリンを、シグは悔しそうな目で睨んだ。



◆◆◆◆


「まだだ! まだ終わらんよ! これで! ネブラ!」


 一瞬だった。シグが魔法を展開すると、周りが濃い霧が立ち込めた。そのあまりの霧の濃さに、私は周りを見渡すことができない。かろうじて、カトリンの影が見えるくらいだった。


「ははは! どうだ! これで何も見えまい!」


 シグが笑った。そして彼の仲間が動き出した気配がした。おそらく、魔道具か何かでこの霧でも動けるよう準備していたのだろう。


「エリザベート。下手に動くなよ。狸君から離れないようにな」

「ええ。カトリンも気を付けて」


 私の言葉に、カトリンがにやりと笑った気配がした。


 普通に考えたら、この濃い霧は脅威だ。視界は防がれ、まともに立つこともできない。しかも、魔道具をつけた黒づくめもたくさんいて、あいつらは霧の中でも自由に動けるようだった。絶体絶命の危機になったことだろう。


 だけど、私を守ってくれるのはボートカンプ家のカトリンだ。


「ふふふ! この霧の中では思うように動けまい!」

「やれやれ。この程度で勝った気にならないことだ」


 シグの嘲笑に、カトリンが余裕で答えていた。


「僕はボートカンプ家の一員さ。この程度の霧で、動きを止めることなんてない!」


 男たちが掛け声とともに突進してきたようだった。しかしカトリンと思われる影はひらりとよけて反撃の剣を振るった。影が揺れるたび、男たちから悲鳴が上がる。驚いて動きを止める影もあったが、カトリンらしき影は素早く近づいて剣を振るった。


 悲鳴や音から察するに、カトリンはあっという間に3人の敵を仕留めたのだ。


「ば、馬鹿な! 見えないはずだ! なぜ動ける!」

「なぜって・・・。ああ、君は知らないのか。王国では、結構有名なんだけどなぁ」


 カトリンがあきれたように笑ったようだった。


 王国では有名なのだ。ボートカンプ家の秘術は、魔法で聴覚を強化することができると。足音や筋肉の音で、相手の動作を読むことなど造作もない。視界を塞いだって、カトリンの動きを止めることはできないのだ。そのための訓練を、秘術を活かすための訓練を繰り返しているのだから。


「馬鹿な!」


 おそらく貴族風の男だろう。素早く近づいて一撃を振るったようだが、大きな剣戟の音が響いた。察するにカトリンが貴族風の男の攻撃を余裕で受け止めたようだ。姿は見えないけど、動揺した気配がした。男はむきになって何度も武器を繰り出したようだが、カトリンは余裕で受け続けている。


「少しは、できる奴もいるようだけど、その程度では僕に攻撃を当てることなんてできないだろう、さ!」

「くっ!」


 カトリンの反撃を、男がやっとのことで受け止めた。後1撃か、2撃であの貴族風の男を仕留めることができるだろう。


「くそっ! だが、これだけだと思うなよ!」


 シグが叫ぶと、黒づくめの増援が現れた気配がした。


 敵の増援? 更なる敵が襲い掛かってきたというの?


「さあ行け! その生意気な護衛を殺し、エリを捕らえるんだ!」

「そう簡単にはいかないよ。こっちも仲間が来てくれたからね」


 自信満々に言うシグに、カトリンが余裕を持って答えた。


 シグが怪訝な顔をした、その時だった。


「秘剣! 鴨流れ!」


 赤い影が、黒づくめに一瞬にして近づいた。次の瞬間、その影が静かに崩れ落ちていく。


 アメリーが、こっちを援護しに来てくれたのだ!


「!!!」


 同時に隣の影が崩れ落ちていく。あの影は、ハイリー? 彼女が短剣で切りつけたのだろうか。


 あっという間に敵を片付けた2つの影に、シグたちが動揺したのが見て取れた。


「お、お前・・・。屋敷にいたのではなかったのか!」

「この程度の距離、デトキウ家には大したことはない。私たちが来ることなど、簡単なことよ」


 ハイリーが不敵に笑ったようだった。


 というか、あの2人もさすがよね? この霧の中で、黒づくめを簡単に特定して攻撃するだなんて・・・。カトリンを含め、3人とも視界が塞がれていても敵を見つける方法があるとでもいうの?


「くっ! 使えないな! やはり、犯罪者と出来損ないを使うのには無理があったのか! 足止め程度も満足にできんとは! お前が付いていながら情けない!」

「くっ! シクスト様、申し訳ありません!」


 シグは捨て台詞を吐きながら撤退していく。


「なっ? ビゼット!」


 アメリーが魔法を展開すると、あっという間に霧が晴れていく。


 その場にはもう敵の影はなかった。倒したはずの黒づくめはすでにこと切れている。あの一瞬で仲間の口封じと撤退の2つをなしたのは見事だ。敵はこの好機をあきらめて撤退の道を選んだということか。


 遠ざかっていく気配を感じながら、私たちは構えを解いた。


「こんなところまで敵が侵入してしまうとは。皆さま、本当に申し訳ありません。フェリシアーノだけかと思っていたのですけど・・・」

「え? フェリシアーノ!?」


 驚く私に、ハイリーが教えてくれた。


「屋敷のほうも襲われて、フェリシアーノが現れたんです。あそこにはビューロウの戦士や先生たちもいて、何とか撃退できたんですけどね。珍しいことにうちのコルネリウスが活躍してフェリシアーノを捕らえてくれて。敵のことはそれで分かりそうなんです」

「おお! あいつ、やるときはやるんだね! 最近、情けないとこしか見なかったからさ。正直侮っていたよ。こっちは捕虜を取ることもできなかったし、首謀者らしき人物に逃げられちゃったからなぁ」


 短い髪をかき上げながら言ったカトリン。アメリーも愁いを帯びた声になっていた。


「黒いコートの男も逃げていきましたしね。画竜点睛を欠いたのかもしれません。グレーテたちが、何か見つけてくれるといいんですけど・・・」


 グレーテ? 確か、アメリーの護衛がそんな名前だったはず。そうか。アメリーの護衛が捜索隊に加わっているということね。


「この地の精鋭が追ったのなら、シグも捕まえられるかもしれない、か」


 思わずつぶやいた私を、3人は怪訝な顔で見つめたのだった。

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