第46話 ビューロウとインゲニアーと
「アメリー、おかえり。そして皆さま、よくビューロウへお越しくださいました」
館の入り口で、竜車から降りた私たちにお父様が言葉をかけた。そしてその言葉が終わると同時に、使用人たちが一斉に頭を下げた。先頭にはお母様の姿もあって、神妙な顔をしている。
あまりにも違う、両親と使用人の姿。対するメラニー先生もいつもと違ってとても大人びて見える。
「ビューロウ子爵代理。すまんな。当主の留守中に。6日ほどだが世話になる」
「いえ。学園長から丁寧な手紙をいただきましたから。当主のバルトルドは不在ですが、精いっぱいおもてなしさせていただきます」
お父様はいつも通りのしかめっ面ながらも鋭い目をしている。隣のお母様も笑顔だけど、なんかいつもと違って近寄りがたい雰囲気だった。
貴族としての挨拶を終え、私たちが案内されたのは応接室だった。クラスメイトは勢ぞろいしていて、両親が滞在中の部屋割りなどを説明していた。
何となく話を聞いている私に、エーファがそっと耳打ちしてきた。
「この部屋から外の景色が見えるのね。あれは道場かな」
「ええ。あそこに見えるのは父や私が使っている道場ですね。この地方の有力者の子供なんかも通っているんですよ。裏手には祖父の道場もあるんですよ。ダクマーお姉さまとラーレお姉様はそこで修行していたんですよね」
どことなく懐かしい思いをしていると、メリッサ様が目を光らせた。ちょっと油断しちゃったなと思っていると、メラニー先生がから説明が入った。
「よし。お前たち! 夕食まではビューロウ子爵代理が用意してくれ部屋で各々過ごしなさい。長い旅路で疲れた者もいるだろうから、しばらくは自由時間とする。あまり失礼な真似はするなよ!」
メラニー先生の言葉を聞いて、クラスメイト達からほっとしたような声が漏れた。やっぱり、ここまでの旅路で疲れがたまっていたのだろう。
「ではビューロウ。さっそく」
「ああ。アメリーは積もる話もあるでしょうから、夕食まではご両親とお話ししてきたらどうです? たしか、領地に戻るのは一年ぶりくらいでしたよね?」
「そうね。私たちのことは気にせず、ちょっと話をしてきたら。私も部屋で休みたいしね」
コルネリウス様の言葉を遮るように言ったハイリー様。エーファも即座に同意してくれた。
「コルネリウス。まだ時間はあるのですから、今日のところはこれくらいにしておきましょう。私も疲れましたし、少し部屋でゆっくりとさせていただきます」
そう言い捨てると、ハイリー様はコルネリウス様を置いて歩き出し、エーファも手を振って部屋へと向かった。私も一礼して両親を追う。後ろでコルネリウス様が何か言おうと手を伸ばしたようだけど、私は気にせず両親のもとへと向かったのだった。
◆◆◆◆
「アメリー。元気だったか?」
「うん! お父様たちも変わりないようで。その、ちょっと疲れたように思うけど?」
私が気遣うと、お母様は苦笑したようだけど、それでも笑顔で答えてくれた。
「お義父様もイーダさんたちも、そしてあの子たちもいなくなって忙しくなってね。おまけにあなたもあんなにたくさんのクラスメイトを連れてくるなんて。去年も大変だったけど、あの時はお義父様がいたからねぇ」
そっと溜息を吐いたお母様に、申し訳ない気持ちになった。
「でも、あなたが学園でうまくやっているのが分かって安心したわ。友達もたくさんできたようだし」
笑顔で言うお母様に、私は自信満々で答えた。
「うん! みんないい人ばかりなの! 手紙でも伝えたけど、エーファとカトリンとはいつも一緒にいてくれるし、アーダ様は討伐任務で一緒に戦ってくれるのよ」
私が笑顔で言うと、父がちょっと心配そうな顔になった。
「討伐任務か・・・。武門の私たちには避けられないことかもしれないが、大丈夫なのか? 話によると、王都で魔物が増えているらしいが」
「ええ。ちょっと大変だったけど、もう大丈夫だと思う。召喚魔法を使うゴブリンシャーマンが現れたんだけど、この前の任務で打ち取ったし。学園総出で討伐に当たっているから、そのうち騒動は収まるんじゃないかな」
私が報告すると、両親はどこかほっとしたようだった。いくら武門とはいえ、娘が討伐任務に行くのは不安だったのだろう。
「あの子も、あなたみたいに落ち着いてくれたらいいんだけど。聞こえてくるのは無茶してる話ばっかり! ラーレちゃんだけじゃなく、エレオノーラ様にも迷惑かけてるんじゃないかと気が気でないのよ」
お母様はため息交じりにぼやいた。ダクマーお姉さまをかばいたかったけど、こればっかりは何も言えない。一番の被害者はラーレお姉様だけど、エレオノーラお姉さまも結構後始末に追われている気がする。身内の私から見ても申し訳ないと思ってしまう。その分結果は出しているようだけど。
「デニスからは定期的に連絡が来るんだけどね。はあ、デニスはもう少しこっちにいると思ったんだけど、在学中に婿入りが決まっちゃうんだから。ルックナー伯爵の次期当主のお婿さんなんだから、本当にいい話なのが悔しいわ」
ルックナー領を治めるのは北の貴族だが、確かかなり前に当主が闇魔に打ち取られたのよね。そこのビルギット様と1歳上の兄が同じ上位クラスで、あれよあれよといううちに2人の結婚が決まってしまった。まあ、義姉になる予定のビルギット様は私のことをかわいがってくれているんだけど。
「えっと、私もしばらくはみんなを案内して過ごそうかなと思うの。一応ホストだし、みんなを温泉とかに案内したいから」
両親はおじいさまの代理として忙しく働いているのに、こんなに大勢を連れてきてしまって申し訳ない。最初は、エーファとカトリンとアーダ様くらいしか同行しないはずだったのに。
「ああ。お前が皆さんを接待してくれると安心だ。私たちもお前がクラスになじめていることが分かってよかったよ。子爵家だからと侮られてるんじゃないかと気が気でなかった。まあ、ギュンター様の息子と同じクラスだから過剰に心配はしていなかったけど」
ギュンター様? えっと、確かギオマー様のお父様の名前よね?
「ギュンター様というのは現インゲニアー侯爵様のことさ。あの方は私と同級生でね。学園に通っているころは何かと気にかけてくれたんだ。確か、イーダさんも色々助けてもらったと言ってなかったかな?」
ギオマー様のお父様とうちの父が同級だったとは思わなかった。しかも叔母様まで世話になっていたとは。
「ギュンター様はね、上位クラスで爵位の低かった私や、実家が財政難だったイーダさんを何かと気にかけてくれたんだ。無口であまり感情が顔に出ない人だけど本当にいろいろ助けてくれてね。卒業後も手を貸してくれたし、今回も息子が行くからよろしく頼むという手紙をもらってね」
私はちょっと驚いた。私たちの祖母は先代の炎の巫女で、それなのに強引に子爵家のうちに嫁入りしたらしい。だから、南の貴族たちから疎まれることが多かった。なのにまさか、南の代表格とも言える貴族が私たちを気にかけてくれたとは思わなかった。
「お父様が学生の頃って、うちと南が今よりもっと険悪だった時代でしたよね?」
「そうなのよ。私もギュンター様に会ったことがあるけど、無口だけど曲がったことが嫌いな人でね。あの方が在籍していた時代は学園は平和だったのよね。うちの魔道具だって、卸してくれたのはギュンター様だし」
お母様までもお世話になっていたのか。意外とうちとインゲニアー侯爵家の絆って深いのかもしれない。
「確か、先代のインゲニアー侯爵様とは父上も親しくしていたらしい。中央に行った際に必ず会う友人として、前侯爵の名を聞いた気がする。よく飲みに行くと話していたし。お前がインゲニアー家のご子息と同じクラスになるとは、感慨深いなぁ」
父は昔に思いをはせるように目を細めた。その顔は本当に懐かしそうだった。
ギュンター様と過ごした学生時代、か。父にとってそれがいい思い出になっていることが分かり、私は思わず笑みを浮かべたのだった。




