第45話 グスタフとの邂逅
「またお越しくださいませ」
宿の従業員が一斉にお見送りしてくれた。
昨日は本当に素晴らしい夜だった。食事はおいしかったし、部屋も過ごしやすかった。エレオノーラお姉さまが自慢するだけのことはある。みんな、旅の疲れがとれたのではないだろうか。
「たまには、こういうところで一泊するのもいいものですね。日々の疲れが少し癒された気がします」
意外なことに、一番感銘を受けていたのはハイリー様で、見送ってくれる従業員に何度も振り返って手を振っていた。
「そうね。地味だけど、かなりいい宿だったと思うわ。さすがはロレーヌ領といったところかしら。エレオノーラ様が贔屓にされているのが分かる気がするわ」
エリザベート様までもがほめてくれた。まあ、地味って言われちゃったけど。
「ふふふふ。エリザも見かけに騙されるなんてまだまだね。あの宿は部屋はもちろん、通路にある美術品までいいものが揃えられていたわ。上位貴族でもなかなか泊まれないってのは確かなことだと思う。値段にすると、これくらいかな?」
含み笑いをしたメリッサ様が、エリザベート様に何やら耳打ちした。怪訝な顔をしていたエリザベート様は、メリッサ様から何かを聞いてぎょっとした様子だった。
「え!? そんなに!?」
「東や北にはよくあることなの。一見地味でも、思わぬ高級品が使われていたりすることは。西や南は見るからに高級は美術品が使われているけど、こっちは一見しただけでは気づかないこともあるよね? でも、他の領地に負けないくらい高級だったりするのよ」
メリッサ様が胸を張っていた。私にはよくわからなかったけど、あの宿の備品にはかなり高級なものが使われていたらしい。南を代表するような富豪のメリッサ様に褒められて、自領のことでもないのに思わず頬が緩んでしまう。
「本当にいい宿でしたね。ここに温泉があれば最高なんですけど」
「そういえばビューロウでは温泉があるんだよね。私、まだ浸かったことはないんだよな~」
ニナ様はそういって頭に腕を組んだ。
それは少し意外だった。ニナ様のことだから、いろいろ経験し手そうなものなのに。
「温泉か。確かに楽しみではあるな。でも、それなら学園長を連れてこなくて正解だったな。あの人たぶん、一度行ったら帰りたくないとか言って駄々こねるぞ」
「まさか。そんな子供みたいなこと、学園長がするわけないじゃないですか」
メラニー先生とハイリ―様のやり取りに思わず笑ってしまった。たしなめられるかと思ったが、メラニー先生も小さく吹き出していた。
「さて。では竜車に乗るぞ。座っているだけとはいえ、ビューロウまではまだある。もう少し我慢するんだな」
メラニー先生の言葉に、私たちはから返事をしながら竜車に乗り込むのだった。
◆◆◆◆
ビューロウの館まであと半日というところだった。私たちは一台の馬車とすれ違った。
「!! 止めてください!」
私が言うと、御者が慌てて竜車を止めた。向こうも気づいたようで、すぐに馬車を止めたのが分かった。
私は素早く竜車を降りると、たった今すれ違った馬車に呼び掛けた。
「グスタフ! そんな急ぎでどこへ行くのです!」
「おお! アメリー嬢ちゃん! 久しぶりじゃねえか!」
馬車から出てきた筋骨隆々の大男——ビューロウが誇る灰の剣豪のグスタフが不敵な笑みで答えてくれた。
「いやな。ちょっくらお呼ばれして出かけるところなんだよ。まあ呼ばれたのは俺だけだから、ビューロウの守りは何とかなると思うぜ。嬢ちゃんの同級生の顔を見たいって思いもあったんだけどよ」
「そうですか・・・。あなたのことも紹介したかったのだけど、任務なら仕方ないですね。気を付けて行ってきてくださいね」
ちょっとだけしょんぼりしていると、グスタフがグレーテを見て話しかけていた。
「大丈夫だと思うが、一応気を付けてくれよ。怪しい人影を見たという報告もある。シンザンの奴も気を張っていた。ビューロウに帰ったとはいえ、十分に注意するんだぞ」
「ああ。こっちも狙われているという情報をつかんでいる。今回は学園の教師も同行してくれている。アメリー様には指一本触れさせんよ。お前も気を付けてな」
グスタフは笑うと、手を振ってすぐに馬車へと戻った。私は任務へと向かう彼に手を振って見送った。
「アメリー。今のが、灰の剣豪か?」
気が付いたら隣にコルネリウス様がいた。いつもは余裕たっぷりな笑みを浮かべているのに、その顔は妙に真剣身を帯びていた。
「ええ。彼が我が領が誇る『灰の剣豪』グスタフです。皆さんに紹介したかったけど、どうやら呼ばれたようで・・・。おじい様あたりが呼び出したのかしらね」
私が答えると、カトリンが顔を引きつらせながら話しかけてきた。
「い、いや。なんだ、あれ? 君の護衛もやばいが、彼はそれ以上じゃないか。体格もすごいし隙が全然無かった。あれが、東にその人ありと言われたグスタフか。ちょっと死を意識したんだけど」
「そうね。グスタフ、珍しく気を張っていたわね。いつもはもっと気さくなんですよ」
私はおどけたように言って場を和ませようとしたけど、カトリンもコルネリウス様も顔をひきつらせたままだった。
「俺はヤツに勝てるか・・・? おそらく奴は平民だ。魔力量は俺のほうが上のはずだが、勝てるイメージがわかぬ。恵まれた体格に、ビューロウの技。おまけに例の身体強化も使いこなすとすれば・・・」
「あ、ああ。やりあえばあっという間に真っ二つにされるイメージしかない。さすがはビューロウといったところか」
いやグスタフは敵じゃないですから! 敵対しなければ気のいいお兄さんって感じですから!
「ほら、コルネリウス! さっさと戻る! 早くしないと、ビューロウの館に着くのが夜になってしまいますよ」
「カトリン。ビューロウが魔窟なのはわかっていたことでしょう? 固まってないで行くわよ」
コルネリウス様をハイリー様が、カトリンをエリザベート様が竜車へと引き戻していく。
てか、魔窟って何? 何気にエリザベート様に暴言を吐かれた気がするんですけど!
「う、うちはただの子爵家なんですけど! 危ないところでも、魔窟でもないですから! ちょっと! 聞いていますか!?」
「ごめんなさいアメリー。それはちょっと難しいと思うわ」
私ははっとしてエーファを振り返った。
「だって、私でも分かったもの。今の人、ただものじゃないでしょう? 敵対したら絶対に殺されると思ったから。それにほら」
私はエーファの言葉に後ろを見た。
学園が誇る教師——その2人が冷や汗を流しながらグスタフの馬車を見送っていた。
「ビューロウは強者ぞろいと聞いていたが、まさかあれほどの男が当たり前に徘徊しているとはな」
「ゲラルト。一瞬だけ、あいつを止められる? なるべく早く援護するけど、やりあったら自信はない。それどころか、向こうの仲間に魔法使いがいたら」
ゲラルト先生とメラニー先生が驚愕の表情をしていた。
「いえ! グスタフは敵じゃないんですけど! ちょっと! 二人とも聞いていますか!」
「お嬢様。無駄です。心得のある者なら、グスタフの危険性は明らかですから」
グレーテが止めるが、私は必死で説得を続けた。だけど予想通り、私の言葉に耳を貸す人など一人もいなかったのだった。
※ アーダ視点
「あれが、灰の剣豪のグスタフ・・・。平民なのにすごく強そうだ。まるで、抜き身の剣のような・・・」
「そうですねー。魔法技師の私でも分かりますよ。あの筋肉は伊達じゃない。魔窟と言われるビューロウでも指折りの戦士なんじゃないかなぁ」
ぎょっとして振り返ると、いつの間にか私のそばにメリッサ様がいて、グスタフの後ろ姿を覗き込んでいた。
「確かに今の人は強いと思います。魔法技師の私やギオマーじゃあ手も足も出ないんじゃないかな? でも、私たちのクラスにも強い人はいる。アメリーもそうだし、きっとエリザベートやハイリ―もいい勝負をすると思うんだけどなー。あ、コルネリウスは戦闘スタイルがかみ合いすぎてすぐに勝負が付きそうですけど」
私はごくりと息をのんだ。優れた魔法技師として相当の腕を持つメリッサ様が言うのだ。その通りになる可能性は高い。メリッサ様はこういう予測を当てることが多いのだ。
「でもね。うちのクラスで一番勝率が高いのは、あなただと思います」
「い、いや・・・。私なんかがあの人に勝てるなんて・・・」
動揺する私に、メリッサ様は静かに首を振った。
「確かに近づかれたらあっという間に戦いは終わるでしょう。相手は接近戦のプロフェッショナル。間合いに入ったらどんな魔法使いだって瞬く間に倒してしまう。でも、あなたと戦ったらそうはいかないでしょう?」
メリッサ様は面白がるように私に微笑みかけた。
「おもしろそうなんですよねー。アーダとあの人が戦ったら。きっと勝負はなかなかつかない。お互い自分の有利な距離になろうとして、お互いの技術を駆使すると思います。緊張感のある戦いになるんだろうなー」
興奮したようにメリッサ様は喉を鳴らした。
「でも、もしそんな勝負が始まるなら、私が賭けるのはあなたです。多分エリザベートもハイリ―も、アメリーでも勝てない。いい勝負はできたとしてもね。でも、あなたなら、賭けになる。うちのクラスであの人に勝つ可能性があるのはあなただけなのだから」
妖しく笑うメリッサ様に気圧されるように後ずさった。
「まあ、あなたは自覚がないようだけど、私と同じように考える人は結構いると思いますよ。たぶんあなたが、うちのクラスで最も技術のある人なんでしょうからね」
彼女はクスリと笑うと静かに後ろに向きなおった。
「さあ、そろそろ出発でしょう。早く準備しましょう? 私は一刻も早く、巫女様の故郷に行きたいんですから」
そういってメリッサ様はいつものようにかわいらしく笑ったのだった。




