第42話 エリザベート・ヴァッサーの夢 ※ エリザベート視点
※ エリザベート視点
深い森を、3人で走り抜けていた。
「ね、ねえ! ちょっと、待って!」
「はっ! おいていくぞ! まったく、セブはどうしようもないな! エリーでさえちゃんとついてきてるってのに」
少し遅れたセブを振り返りながらシグが嘲笑した。けど、少しだけ彼が足を緩めたのに気づいた。なんだかんだ言いつつも、シグが双子の兄弟を大事に思っているのが感じられたのだ。
私たち3人は、笑いながら走った。お父様とお母様がそろって外出する機会なんて少ない。このチャンスに、私たちの冒険心が突き動かされたのだ。
「でもシグ。よくあの魔法陣の使い方知ってたよね。まさか、屋敷からこんな森に通じているとはね。お兄様にでも聞いたの?」
「まあ、オレも半信半疑だったけどな。ユーレイの言うとおりにしたら本当に抜けられるなんてな。ほら! 見えてきたぜ」
シグが前を指さすと、森を抜けた先にすごく高い塔が見えた。
「あそこだ。あれを上った先に、魔女様がいる。まあ、魔女様がどんなヤツなのかは知んねぇけど」
「本当に大丈夫なの? 例の、ユーレイの話なんでしょう? 信頼していいのかなぁ」
セブが不安な様子で言うと、シグは真剣な顔で塔を睨んだ。
「大丈夫さ。きっと、大丈夫。あそこに行けば願いが叶う。でも、ちゃんと着けただろう? エッバばあさんの言うとおりだ。あそこに行けば、きっとオレたちの願いは叶うんだ」
その声は真実味を帯びていて、私は言葉をはさむことができなかった。
私たちはしばらく無言になって進んだ。そしてしばらくすると、塔の入り口が見えてきた。
「あった! みろよ! ほんとにあったぞ! しかも、入口開いてるじゃねえか!」
シグがはしゃいで私たちを振り返った。
私たちは入口の前で立ち止まった。私はまるで手招きしているかのような入口を、ただ茫然と見つめていた。
「本当に、あったのね。この塔の上に、私たちの願いをかなえてくれる魔女様が!」
「ああ。そうだ。ばあちゃんの言うとおりだな。きっとこの塔の上に、魔女様が待っててくれるんだろうぜ」
シグはどこか嬉しそうだった。
一方のセブは、不安そうな顔で私たちを見回していた。
「ねえ。やっぱり帰ろう? おじさんたちも言ってたじゃないか。ここは立ち入り禁止だって。今からでも遅くないんだからさ」
「おまっ! ここまで来て何言ってんだよ!」
慌てたようにシグはセブを振り返るが、何か不安を感じたのだろうか。探るような目で塔の入り口を見てごくりと喉を鳴らした。
私がうかがうようにシグを見ると、シグは悔しそうな顔で塔を睨んだ。
「お、おじけづくなよ! おじさんたちがそろっていない機会なんてほとんどないんだからな! 中を見るだけなんだから、どうせ大したことないぜ。ほら! 行くぞ!」
シグがそんなことを言った時だった。
「——、——」
何か声が聞こえた気がした。ぎょっとしてあたりを見渡すと、奥のほうに青い塊のようなものが佇んでいた。
「あれ・・・。なに?」
「え? あれって?」
私のつぶやきに、セブは驚いてあたりを見渡した。でも、すぐに戸惑ったようにこちらを見た。どうやら彼にはあの青い塊が見えていないようだった。
「あ! 俺たち! ここまで来ましたよ! さあ! この塔に住む魔女様に合わせてください!」
おどろいて、シグのほうを見た。シグは青い塊に必死で語り掛けている。
「シ、シグ・・・。や、やめろよ! そんなところに、なにもいないじゃないか」
「いるじゃねえか! なにいってんだ!? まあ、ユーレイみたいで怪しいけど・・・。でも、ちゃんといるじゃねえか!」
シグは唾を飛ばすが、私たちには、少なくとも私にはよくわからない。
私には、そこに青い塊があることしかわからなかった。
「え? お前ら・・・。もしかして、本当に見えない?」
驚いたようにシグが言うと、セブは恐る恐る頷いた。
目を見開いたシグが、静かに私のほうを見た。私は怯えた顔で恐る恐る頷いた。
「シグ・・・。ねえ? 冗談よね? 私たちを驚かそうとしているんでしょう? もう、本当に趣味が悪いんだから」
私は茶化すように言ったが、シグは顔に怒りをにじませながら詰め寄ってきた。
「お前らこそふざけんなよ! ここにいるじゃねえか! 小さな女の子が必死で訴えてんの、分かんだろう!」
私たちは茫然としてしまう。シグは私たちに見えない誰かがそこにいて、その子と必死で話してるってこと?
「シグこそ、ふざけないで! 女の子なんてどこにもいないじゃない! いい加減にして!」
私が怒鳴り返すと、シグは茫然としたように私たちを見た。私は青い塊を見ながら、シグに必死で言い募った。
「ねえ。シグ、今日はちょっと変だよ。ただでさえ、誰も知らないはずのここまでの道を知ってたんだから。ねえ、今日はもう帰ろう? お父様たちには私がうまくいっておくからさ」
シグは私と青い塊を交互に見ながら、それでも私のほうに向きなおってくれた。
そのときだった。
リンリン! リンリン!
私の懐にある魔道具が鳴った。これは離れたところから連絡するための魔道具で、おそらくメイドのリアが何かあったことを知らせてくれたのだろう。
「あ・・・! リアからのサイン! もしかしたらお父様たちが帰ってきたのかもしれない! 今日は帰らないって言ってたのに、予定が変わったってこと?」
私が焦ってシグをみると、シグはごくりと喉を鳴らした。
「くそっ! 今日はこれまでってことか! おじさんたちにバレるわけにはいかないからな。急いで帰らないと大目玉を食らっちまう。でも本当にいるんだぞ? 小さい女の子が、今も・・・」
「いい加減にして! 青い何かなんて、どこにもないじゃない! もう! 今日は帰るわよ! リアだって心配しているんだから」
私たちは臆病風に吹かれたんだと思う。でも、いやな予感がしたのは確かで、それはシグも同じだったのだろう。帰ることを主張した私に逆らわず、私たちはそのまま塔を後にしたのだった・・・。
でも、たぶん遅かったんだ。塔に近づきすぎた時点で、私たちは囚われてしまったのだろうから。
◆◆◆◆
「シグ! セブ!」
私はベッドから飛び起きた。気づいたら、全身から汗が噴き出していた。
「お嬢様! 大丈夫ですか?」
専属メイドのリアが息を切らして駆け込んできた。不安な様子の彼女を見て、現実に戻ってきたことを実感した。
「ええ。ちょっと夢見が悪かっただけだから」
私は努めて明るくいったが、リアは心配そうな顔のままだった。
「お嬢様。今日は延期なさいませんか? 顔色が悪いです」
「そういうわけにはいかないわ。私が無理を言って許可をもらってくれたことですもの。あんまり、アメリーさんたちを待たせるわけにはいかないから」
私はそう言うと、ベッドから足を出した。
集合時間まではまだ時間がある。今から準備すれば十分に間に合うだろう。
「もうこんな時間なのね。リアも準備しなさい。あなたも一緒に行くんだから。あなたが遅れても、みんなは待ってくれないだろうからね」
私は茶化すように言ったけど、リアは真剣な顔で深くお辞儀をした。
出て行くリアを見届けると、不意にベッドの横に置いた魔道具が目に入った。こぶし大の丸い塊で、真ん中にある針が一定間隔で動いている。この時計を使って時間を正確に測ることができるのだ。
「今日は越えられる気がする。私だって成長しているはずだし、アーダのあの魔法構築を見たもの。私だって、今日こそは!」
しばらく針が移動するのを待った。この針が、頂点を刺したらスタートだ。
「!! 今!」
針が頂点を刺すと同時に魔法構築を始めた。頭に浮かんだのは、あの授業でアーダがやった魔法構築だ。
幾重にも魔法陣を重ねていく。素早く構築したつもりだけど・・・。
「これで!」
差し出した手のひらから赤い水が吹き出した。
この魔法は何の変哲もない赤い水を呼び出すものだけど、魔法構築がかなり特殊で、魔法構築技術を確認するのに使われる。一度でも間違えると水の色が変わったりするんだけど・・・・。
色は赤で間違いがなかった。でも、時計の針は一周を過ぎてだいぶん経過していた。針が一周するより早い時間で構築できなければならないのに、入学してから一度も成功していない。早くなるどころか停滞していて、時にはオレンジの水が出たりする始末だった。
「今日も、駄目か・・・。アーダならきっと、私より素早く構築できたりするだろうけど・・・」
私は溜息を吐きながら思わず下を向いてしまった。私には技術も速さもない。こんなことで、あの子を助けられるとは思えない。
「でも、希望は見えた。ビューロウなら、もしかしたら私が成長できるヒントが見つかるかもしれない」
リアが戻ってくるまできちんと立ち直っていなければならない。私は無限に落ち込みそうになるのをこらえ、出発に向けて最後の確認を始めるのだった。




