第43話 気づいたら大人数
学園を出発した竜車は、ものすごく騒がしかった。
「ああ! もうすぐ巫女様のご生家に行けるのですね! 聖地巡礼! まさか学生の間にできるなんて!」
「メリッサ! 少しは落ち着け! あまり騒ぐんじゃない!」
メリッサ様に、ギオマー様・・・。
「見たか。今すれ違ったの、たぶんこの領の騎士団だぞ」
「ええ。でも何か事件があったようには見えません。巡回でしょうか」
コルネリウス様に、ハイリー様・・・。
「町が清潔で素晴らしいわ。さすがはロレーヌ家ね」
「そうだね。やはり公爵家。街道の隅々まで気が行き届いているんだろうさ」
エリザベート様に、カトリン・・・。
「これが王国の、公爵領・・・。発展しているのはウェルピト地方や王都だけではないのですね」
「ええ。王都以外の運営はそれぞれの貴族家に任されていますが、やはりここの発展度合いもすごいですね。ロレーヌ公爵家の力でしょうか、中央の都市よりも栄えています。治める貴族の力量によって、街の様子は変わってくるということです」
セブリアン様と、デメトリオ様・・・。
「お前たち! ここはもう学園ではないのだぞ! 少しは静かにしろ!」
「まあまあ。メラニー。落ち着きなさい。まだ学生なんだから、多少は羽目を外すのも仕方ないさ」
そして引率のメラニー先生と、魔鉄製の武具を持って上機嫌のゲラルト先生・・・。
「わんわん!」
「ウォー! ウォー!」
「ふぉおおおん!」
吠え出すコルネリウス様の犬たちを、ハイリー様の小狸がたしなめていた。
「アメリーも大変ねぇ。東西南北に、中央と・・・。私たちのクラスを代表するような人たちが全員視察に来るだなんて。しかも護衛獣までいるし」
「気づいたら大ごとになっちゃってたね。なんかごめんね!」
エーファが溜息を吐き、ニナ様が謝罪するように頭を下げた。
「いや、ニナ様が謝ることではないと思う。まあ、誰が悪いとかではないはずだけど・・・」
「そうですね。今回ばっかりはニナのせいではないと思いますよ。その、間が悪かったとしか・・・」
アーダ様とフォルカー様が慰めてくれるけど、私は溜息を吐いて首を振った。
私とクラスメイト達は、一団となってビューロウ領に向かっている。私たちが乗っている竜車は、なんとバルバラ様が用意した特注品で、魔道具を使っているらしく、快適さもスピードも段違いだ。中はクラスメイトとその使用人たちが乗れるほど広く、想定よりも早くビューロウに着きそうなんだけど・・・。
「そうですね。私もあんなことが起こるとは思いませんでした。誰が悪いとかじゃ、ないんですけどね」
私はこんなことになった経緯を思い浮かべたのだった・・・。
◆◆◆◆
終業式を間近に控えた放課後のことだった。
「妹様! お願いします! 私を、ビューロウ領に同行させてください!」
そういって深く頭を下げたのは、クラスメイトのメリッサ様だった。彼女はラッセ侯爵家の令嬢なのだが、子爵家の私に、ここまで深く頭を下げるとは思わなかった。
「メ、メリッサ様・・・。なにを・・・」
「私! ずっと我慢していたんです! 妹様にこれ以上迷惑をかけるわけはないって! でも、ニナやセブリアン様だけならともかく、エリザベートまで行くなんて! さらにはあのやせ犬まで行くかもしれないと聞いて黙ってはいられなくなりました! なんでもしますから、私もビューロウ領に! 巫女様のご生家に!」
涙目になりながらメリッサ様が迫ってきた。私は思わず、顔を青くして2歩3歩と下がってしまった。
「メリッサ。落ち着け! アメリーが困っているだろう!」
私が恐怖におののいていると、ギオマー様が助け船を出してくれた。
「でも、このままだと巫女様のご生家に、あの北のやせ犬が先に到達されてしまう! そんなの許せないじゃない! 巫女様は南の希望なのに! 北なんかのものじゃ、絶対にないのに!」
この人、王国で有数のお金持ちであるサッセ侯爵家の末娘なんだけど、本当に従姉のラーレお姉様に傾倒しているのよね。クラスに入ったときもいきなり詰め寄られたし。あの時、ギオマー様が助けてくれなかったらどうなっていたことか。
「ギオマーも何か言ってください! あの女のことは救ったのに、私は助けられないっていうんですか! もう、私の実家の力を使おうかしら。巫女様のためならお父様もお兄さまもお姉さまも動いてくれるだろうし! うん!」
「ば、ばか! やめろ! それはシャレにならないだろう!」
ギオマー様が慌てて止めた。
さ、さすがにそれはまずいかも! 国有数の富豪に命じられたら、ビューロウとはいえ、持たないかもしれない・・・!
「わ、わかった! アメリー。すまない。2人分席を用意してくれないか。メリッサはこうなったら止まらん。俺も行くから。俺が止めるから!」
ギオマー様が必死の形相で懇願してきた。
メリッサ様はともかく、ギオマー様はエリザベート様と同じくらい、このクラスをまとめようとしてくれている。エリザベート様がクラスの上を統制しているとしたら、ギオマー様は下を抑えてくれているというか、身分や戦闘経験が低い人にも寄り添ってくれているのだ。
「ギオマー様。すみません。申し訳ないですけど、ともに来ていただけますか。メリッサ様を、その、お願いできたらと思います。メリッサ様。ビューロウは本当に何もないところですが、それでよろしければ」
「もちろんです! 妹様の不利になることは決していたしませんから!」
涙を流さんばかりに喜んだメリッサ様は、ふと意味ありげな視線をコルネリウス様に向けた。コルネリウス様はなぜか悔しそうにメリッサ様を睨んでいた。
「おい! アメリー! 俺も・・・」
「駄目だよコルりん。ちゃんと頭を下げないと。だって、私もそうだけど、エリタンもメリメリだってアメリーっちにちゃんとお願いしたんだからね」
コルネリウス様は主張するが、即座にニナ様に叩き潰された。コルネリウス様はぎりぎりと歯を鳴らすが、しばらく葛藤した後、悔しげな顔で頭を下げた。
「くっ! あ・・・。お、俺もビューロウに行かせてくれ。あの地でやりたいことがあるのだ」
「えー。どうしようかなー」
体を震わせながら言うコルネリウス様に、ニナ様は面白がるような顔で悩むそぶりを見せた。コルネリウス様は、信じられないようなものを見るかのように、ニナ様を睨んでいた。
すさまじい表情で睨むコルネリウス様と、どこか余裕で見下すニナ様。にらみ合う2人におろおろしていると、ため息が聞こえてきた。
「しょうがないですね。私からもお願いします。アメリー。申し訳ないですが、私とコルネリウスがビューロウ領に行く許可をいただけないでしょうか。護衛として同行させてください。どうやら、彼はあなたの領でしたいことがあるようです。決して、アメリーの迷惑になるようなことは致しません。家名の、デトキヴ家に誓います」
私たちは絶句した。まさか、ハイリ―様が実家の名において誓ってくれるなんて・・・。私たち貴族にとって、それは非常に思い決断だった。
「コルネリウス、あんまり焦れると実家の力を使うとか言い出しかねませんから。これ以上、アメリーに迷惑をかけるわけにはいかないですし」
ため息を吐くハイリー様に、ニナ様がしょうがなしにといった具合に溜息を吐いた。
「ああ。ハイりんに頭を下げられたらなぁ。コルりんと違って無視するわけにはいかないし」
「おい! どういう意味だ! 俺だって頭を下げているだろう!」
コルネリウス様がニナ様に噛みつくが、彼女はどこ吹く風だ。
「まあ、ハイリ―様に頼まれたらいやとは言えませんね。分かりました。両親に聞いてみます。でも許可が出るとは限りませんよ」
私がため息交じりに言うと、コルネリウス様はにやりとした顔でニナ様と、そしてメリッサ様を一瞥した。視線を向けられたメリッサ様はどこか悔しそうに歯を食いしばっている。
「でも、思わぬ大人数になってしまいましたね。それぞれの馬車で向かう形になるかしらね」
「話は聞かせてもらったわ!」
勢いよく教室の扉を開けたのは、学園長のバルバラ様だった。
「ふっふっふ! こんなこともあろうかと、私の家から大勢の生徒が乗れる大型の竜車を持ってきているのよ! もちろん、御者付きでね! この私が、アメリーちゃんたちをビューロウまで」
「駄目です! 仕事をなんだと思っているんですか!」
学園長の後ろから、メラニー先生が叫んでいた。荒い息を吐きながら、すさまじい形相でバルバラ様を睨んでいる。
「まったく! 少し目を離すとこれだから! さあ、部屋に戻りましょう! 学園長にしかできない仕事が残っていますからね!」
メラニー先生は学園長の襟をつかんでそのまま戻ろうとする。もちろん、バルバラ様は必死で抵抗している。
「だめよ! アメリーちゃんは狙われてるんだから! だから私がいないと!」
「そっちのほうはこちらで対処しますからご心配なく。第3騎士団もビューロウの戦士もいることですし、あんまり過保護にならないでください」
何とか踏みとどまろうとする学園長を、メラニー先生は気にも留めず大股で戻ろうとした。
というか、私に護衛が着くのは既定路線なのね。なんか大げさなことになっているみたいで少し申し訳なくなってくる。
「駄目よ! いくら第3騎士団とはいえ、アメリーちゃんを守り切れるとは限らない! 学園として、誰かが行かないと! それともあなたが守るとでもいうの!」
しつこく抵抗する学園長を振り返り、メラニー先生は深い深い溜息を吐いた。
「わかりました。学園から護衛を出せば満足なんですね。では私が行きます。学園の教師ですし、私が行けば面子は立つでしょう。あとは・・・。そうだな。時間があるようだからゲラルトも連れていくか。学園長はしっかり仕事してくださいね」
「え! じ、冗談だったのに! ちょっと待って! 私が行くんだから! ちょっと! メラニー! 放して!」
引きずられていく学園長を、私たちは茫然と見つめてしまう。
こうして私たちは、学園長の竜車に乗ってビューロウ領へと向かうことになったのだった。




