第39話 ゴブリンシャーマンと召喚魔法
そういえば、フェリシアーノと戦ったのはつい昨日のことだったな。私はずいぶん昔のことのように思っていて、思わずため息を吐いた。
「ふっ。さすがの星持ちも疲れているようだな。まあ無理はない。あの犯罪者とやりあったのはつい昨日のことだからな」
「ええ。あなたがあいつを取り逃がしてから、まだ一日経っていないんですよね。それなのにこんな厄介な任務が与えられるとはね。時間が勝負なのは分かりますが」
コルネリウス様に、ハイリー様があてこするように言った。
う~ん。ハイリー様、昨日の一件でコルネリウス様への不満が爆発したみたいだ。まあ、コルネリウス様はいつもハイリーに頼りすぎな気もするけど。
「コルネリウス。あんまりハイリーに迷惑をかけすぎないようにね。ただでさえ、あなたはハイリーに頼りすぎなんだから」
「な、なぜ俺が叱られるんだ」
エリザベート様がため息交じりに忠告した。コルネリウス様が憮然として反論したけど、誰も何も言わなかった。
「う、うん。じゃあ、私から探索を始めようか。この中で一番役に立ちそうにないのは私だから、せめてこれくらいは・・・」
「待って。ここは魔法よりもいい手がある。アーダの魔法は温存したほうがよさそうだし」
ハイリー様はそう言うと、足元に魔法陣を敷いた。
これはまさか、召喚魔法?
「いでよ! 我がしもべよ!」
魔方陣が、黄色に光り出した。おそらくハイリー様は、契約していた魔物を呼び出すつもりだろう。
契約している魔物が近い位置にいるなら、召喚魔法で呼び出すことも難しくはない。ある程度複雑な魔法陣を描く必要があるが、上位クラスの私たちならば当然の技術なのだ。
「くっ! いでよ!」
コルネリウス様がなぜか悔しそうに叫んだ。こっちは2つの緑の魔法陣だ。あれは、2体の魔物を呼び出したのか。性格はあれだけど、この辺りはさすがよね。
魔法陣からの光が収まると、魔物が姿を現した。
ハイリ―様のそばには、1匹の狸が、そしてコルネリウス様のそばには2匹のスタイリッシュな犬がいて、後ろ足で耳を掻いていた。
「ふぉおおおん!」
狸がかわいらしい鳴き声を上げた。真ん丸な顔に、短い手足。その姿が愛らしくて、思わずまじまじと見つめてしまった。
「エ、エリザベート! この子は、こう見えて役に立つんです! 元はぐれだけど嗅覚は優れているし、なんと魔法まで使えるんです!」
ハイリ―様が慌てて取り繕った。ふと後ろを振り返ると、エリザベート様が真顔になって狸を穴が開くように凝視していた。
ハイリー様って、北を統べるデトキヴ伯爵家の出だけあってかなりの権力があるはずなのに、こういうところは控えめなのよね。アーダ様と同じで、殲滅よりも足止めに向いた魔法使いだからなのかもしれないけど。エリザベート様や私のような、火力で敵を制圧する魔法使いには遠慮してしまうようなのだ。
しばし、一人と一匹は見つめ合う。私たちは何も言えず、沈黙だけがあたりを支配した。
「わんわん!」
びくりとなった。コルネリウス様が呼び出した犬が、早くしろと言わんばかりに吠え出したのだ。
「う、うむ。よく分からんが、追跡を続けるぞ。お前たち、このにおいを辿れ。ハイリ―のそいつもな!」
そう言って、コルネリウス様はバルバラ様から借りた布の切れ端を渡したのだった。
◆◆◆◆
「ふぉおおおん」
ハイリ―様の狸が静かに鳴き声を上げた。私たちが駆け寄ると、そこには5体のゴブリンが何かを警戒するようにあたりを探っていた。
「さすが、探索用の召喚獣ね。こんなにあっさりと魔物を見つけるなんて」
エリザベート様が感心したように言って、私たちを見回した。
「あのゴブリン、かなりいい装備をしているわね。でもこの程度なら・・・。あいつらは私とエーファが仕掛ける。あなたの炎は派手だから、ターゲットに気づかれる可能性もあるから」
正直、私の技は火魔法だけじゃないのだけど、まあいいか。これから先、見せる機会はいくらでもあるだろうし。
エリザベート様は長杖を構えて集中した。そして目を見開くと、左手の前に魔法陣を作り出す。
「シュランゲ」
唱えると同時に、エリザベート様の左の手のひらから丸い水の玉が生まれた。そして次の瞬間、水の玉から一条の線がゴブリンに向かって伸びていく。その先端から牙のようなものが生まれたと思ったら・・・。
「!!!」
線は蛇のようになってゴブリンの喉笛を嚙み千切った! 水の蛇はそのまま次の獲物へと食らいついた。
エリザベート様は、瞬く間に2体のゴブリンを仕留めたのだ。
「すごい。ただ一度の魔法で、2体の魔物を倒すなんて」
感嘆の声を上げるアーダ様を遮るように、エーファも魔法を解き放つ。
「コンプレッション」
空気が、震撼する。そしてゴブリンの前に緑の塊が現れたかと思えば、その頭を一瞬で吸い取っていく。
ごきり。
ゴブリンの首の骨が折れる音がした。食われるように頭を吸い込まれ、ゴブリンは瞬時に命を落とした。
「相変わらず、すさまじい制度と威力ですね」
私はエーファの魔法に感嘆の声を上げていた。
空気を一瞬で圧縮し、吸い込んで破壊するこの魔法は、エーファの、ウォルキン家の秘術だ。正直、あの魔法に狙われて生きていられる者などいない。まあ本人曰く、制御が相当に難しいそうだけど。
残りのゴブリンは、2体。敵はこちらに恐れをなしたのか、慌てて後ろを向いて逃げ出した。しかし、次の瞬間だった。ゴブリンの1体が顔を抑えて苦しみだした。
「逃がさない。エーリッツ」
低い声が響いた。振り返るとそこには、ゴブリンに向かって短剣を突き出すハイリー様の姿があった。
ゴブリンの口から下が岩のような土で覆われ、息をすることができないようだった。ゴブリンは必死で土を取り除こうとのどを掻きむしるが、土はびくともしない。やがてゴブリンは力を失い、両ひざをついて倒れこんでいく。
残るゴブリンは1体。私は静かに相手を足止めすべく、黄色い魔法を展開した。
「アースバインド!」
私は土魔法を唱えると、ゴブリンに左手を突き出した。
ハイリ―様に比べれば、色がかなり薄い土魔法。しかし、それでもゴブリンを足止めするには十分だった。
「・・・・・・!」
青い魔力で全身を覆ったコルネリウス様が、ゴブリンめがけて跳躍する。そしてその勢いのままに槍を突き出し、ゴブリンの首に風穴を開けた。
5体のゴブリンを、私の仲間たちは瞬く間に倒してしまった。
「フィ、フィーデン!」
アーダ様の風魔法だ。緑の魔力は一瞬で四方に飛び散っていく。
「!! 薄い!」
エーファが叫んだ。アーダ様の魔法に驚いたようだ。当の本人はちらちらとこっちを見て自信なさげにうつむいている。そんな彼女のもとに、広がっていった緑の魔力が戻ってきた。
アーダ様は戻ってきた魔力を読み取ると、頭を掻きながら首を傾けた。
「え、えっと。ターゲットだと思う。 ここから130歩くらい先に、それらしき反応が」
アーダ様が私を見ながら言った。私はうなずくと、エリザベート様のほうを見た。彼女は静かに頷きを返すと、こちらに向かって宣言した。
「行きましょう。私たちの手で、この戦いを終わらせましょう」
私たちはうなずいて、次の敵を求めて歩き出すのだった。
◆◆◆◆
忍び足になりながら、それでも急いで前へ進む。足音を立てて逃げられたらまずいけど、あんまりゆっくり移動して逃げられたら元も子もない。この辺のさじ加減は難しいところだけど・・・。
「いたわね。さすが、というべきかしら」
茂みの前に、2体のゴブリンと大きくて派手な杖を持ったゴブリンが。あれがきっと、私たちのターゲットのゴブリンシャーマンだろう。
「すごいわ。フィーデンなんて使ったら、気づかれるか警戒されてるはずなのに、こちらに気づいた様子もない。あれだけ薄い魔力だと、相手に見つからずに索敵できるということね」
エーファが称賛した。私たちが同意するようにアーダ様を見つめると、彼女は恐縮したように首をすくめた。
「ちっ。やるな。こいつらの鼻でも終えなかった相手を、気づかれもせずに見つけ出すなんて」
コルネリウス様の言葉に抗議するように、犬たちがうなり声を上げた。コルネリウス様はあわてて口に指をあてて「しぃぃー」と言い聞かせた。犬たちには通じたようで、不承不承といった感じでそっぽを向いた。
「よし! 俺が行く。お前たちは援護を」
エリザベート様が引き留めようとするが、コルネリウス様はそれを無視して突撃していく!
「おおおおおおお!」
鋭い踏み込みだった。あの魔物が呆けていたら一瞬にして血祭りになっただろうけど・・・。
「ぐえふ! ぐえふ!」
ゴブリンシャーマンは下卑た笑いを浮かべながら大きく後ろに飛びずさった。その反応に、コルネリウス様は心底驚いたようだった。
コルネリウス様の横薙ぎの一撃が空を切る。後ろに大きく飛んだゴブリンシャーマンが、右手に持った大杖をこっちに突き付けた!
「イデヨ。ワタシヲマモレ!」
機械的な声とともに、地面に赤く、大きな魔法陣が浮かび上がった!
「無警戒に飛び込むから! 相手は突っ込むしか能のないゴブリンとは違うのよ!」
「コルネリウス! 一度下がりなさい!」
ハイリー様とエリザベート様が叫んだ。コルネリウス様は悔しそうに頬をゆがめている。
魔法陣から、赤い光があふれだす。あまりのまぶしさに、私たちは思わず目を塞いだ。
「くっ! 来るのね!」
ハイリー様が悔しそうに叫んだ。そして次の瞬間、魔法陣があった場所から大きな影が飛び出した!
「ごおおおおおおおおおおおおおおおお!」
咆哮が響いた。
現れたのは、8体の魔物。オーガが2体に、ゴブリンが5体。そして魔犬が1体。ゴブリンやオーガは防具も装備していて、巨大な武器を担いでいる。
「くっ! オーガを呼び出したの!? それに全員、普通よりも大きい!」
「ハイオーガにホブゴブリン、それに魔犬といったところか! こいつ! おそらくスポットから魔力を吸った状態で待機していたに違いない!」
エリザベート様とアーダ様が臨戦態勢になりながら叫んだ。
「ここまで強力な魔物を呼び出すとは!」
「コルネリウスの攻撃を、避けるほどの魔物! もっと慎重に動いて、きっちり奇襲をかけなきゃいけなかったってこと!?」
コルネリウス様は悔しそうに舌打ちし、ハイリー様が思わすといった具合で吐き捨てた。
私から見ても、コルネリウス様の技はすさまじかった。踏み込みもすさまじかったし、横薙ぎの一撃にはパワーもスピードも乗ってているようにるように見えた。
でも避けられた。相手は避けて、こちらを見下すように笑ったのだ!
「ぎゃはははははは!」
先頭のホブゴブリンが私たちを指さした。今日は守り手がいない。このままだと、後衛が攻撃されてしまう!
「ふっ! ままよ!」
コルネリウス様が魔物の動きを遮るように前に出た。おそらく、守り手のいない私たちをかばってくれようとしているのだろうけど・・・。
「げぎゃぎゃぎゃぎゃ!」
2体のゴブリンを率いた3体のホブゴブリンが、大剣を振り回してコルネリウス様を襲った。コルネリウス様は槍を巧みに操って魔物たちの攻撃を避けるが、徐々に押されていく。
「くっ! させない!」
「土よ! 止めてみせる!」
ハイリー様とアーダ様が敵を襲った。アーダ様の魔法は直撃したが、ハイリー様の土魔法はホブゴブリンの鎧に当たって仕留めるには至らない。2匹とも数歩下がらせることはできたが、すさまじい形相で私たちを睨んできた。
「うおおおおお!」
コルネリウス様の槍がホブゴブリンの首を貫いた! 鎧のないところをねらった容赦のない一撃だ。そして気づく。ゴブリンの顔が泥で汚れていることを! コルネリウス様は続けざまの一撃で隣のゴブリンにとどめを刺していた。
そうか! アーダ様は相手を倒すことではなく、相手を止めることを狙ったのね! 泥で目がつぶれたゴブリンたちを、コルネリウス様が確実に仕留めたということ!
「やるわね。これは、私も力を見せないわけにはいかないか」
つぶやいて、私は足に黄色い魔力を行き渡らせた。そして一息吐くと、刀を抜いてホブゴブリンめがけて突進した!
「はあああああああああああああああ!」
横薙ぎの一撃を一閃――。
狙ったのは、ハイリー様が吹き飛ばしたホブゴブリン! 私の刀は相手の胸を鎧ごと切り裂いた。
「まだまだぁ!」
その勢いのまま、次のホブゴブリンの頭を叩き切る。そして返す刀で、隣のゴブリンの首を薙ぎ斬った!
私の刀は魔力障壁をものともせず、瞬く間に3体の魔物を仕留めていた。
「な、なに? 今の・・・。 黄色い、魔力? それも、あんなに薄いだなんて! あれで、仕留められるの? これが、ビューロウの秘儀ということ!?」
「くっ! 英雄ダクマーの妹というのは伊達ではないということか! アメリーの力は星持ちとしての赤い魔力だけではない、と。噂には聞いていたが・・・」
2人が呆けていたのは一瞬だった。コルネリウス様は残りのホブゴブリンに槍を振るい、エリザベート様はハイオーガめがけて水魔法を解き放つ!
「食らいなさい! シュランゲ!」
さっき、ゴブリンを仕留めた水魔法!
しかし・・・。
カーーーーーン
エリザベート様の渾身の魔法は、ハイオーガを仕留められない。体をよじって鎧でガードしたのだ。いかにゴブリンを容易く食いちぎる水の蛇でも、あの厚い鎧を引き裂くまではいかなかった。
「くっ・・・・! 私ではだめだというの!」
エリザベート様が悔し気に歯を食いしばる。次の瞬間、私たちは目を疑った。私の目に、信じられない光景が目に入ったのだから!
「ま、待ちなさい! くっ! 迷わず逃げるなんて!」
振り返るそぶりなんてない。あのゴブリンシャーマンは、召喚した魔犬に飛び乗って逃走を図ったのだ。
人間に追えるスピードではなかった。全力で逃げ出す魔犬とゴブリンシャーマンになすすべなどない。私たちとゴブリンシャーマンとの距離は開く一方だった。
「ぐおおおおお!」
ハイオーガが雄たけびを上げた。捨て石にされたのに気づいているのかいないのか、憎々し気に私たちを睨みつけている。
「くっ! 仲間が逃げていったというのに、それでも私たちを狙うってこと!」
エリザベート様の言葉に、私は唇をかみしめた。このままじゃあ、ターゲットに逃げられてしまう!
だけど、その時だった。
「アメリー!」
後ろの上のほうから声が聞こえてきた。振り替えると、そこには土でできた空飛ぶボートのようなものに乗ったハイリー様が、地上の私に向かって手を伸ばしていた。
「早く! 追いましょう! ここで逃がすわけには!」
私はボートを操るハイリー様に手を伸ばす。ハイリー様は私の手をつかむと、力いっぱい引き上げた。そして私を後ろに乗せると、ゴブリンシャーマンめがけてすごいスピードで突き進んでいく!
「逃がすとは思わないことです! 私の、デトキヴ家の秘術から逃げられない! 逃がさない!」
「ふぉおおおおん!」
私の隣で、ハイリ―様の狸が気合を入れるかのように一鳴きした。
ハイオークたちを仲間に任せ、私とハイリー様は追撃戦に入ったのだった。




