第40話 秘剣の切れ味
空飛ぶボートはすさまじいスピードでゴブリンシャーマンを追っていく。開くばかりと思った相手との距離は、見る見る間に縮まっていった。
「すごい・・・。これが、デトキヴ家の秘術!」
コルネリウス様が、移動手段があるようなことを言っていたがこれのことか! 私が思わず感嘆すると、ハイリー様は真剣な顔で、私を横目で見た。
「ええ。これが私の、デトキウ家の秘術です。これを当てても大した攻撃にはならないけど、移動だけならだれにも負けない。騎獣を使えばこれ以上の速さを出せるとうそぶく人もいますが、私はこの術が気に入っているのです」
自嘲気味に、だけどどこか誇らしげにハイリー様は言葉を落とした。
「でも、アメリーは本当にこの魔法のことを知らないのですね。やはり、バルトルド様は約束を守ってくれたということか・・・」
へ? おじいさまが、どうかした?
「この魔法、以前は直進するだけで乗り手のことなど考えないものだったんです。スピードは出るけども、曲がることも止まることも困難な、不完全な魔法。攻撃にも使えない毒にも薬にもならない術だったんです。でもそのことを憂えた私の祖父が、当時有名な魔法使いとして名をはせていたあなたの祖父に相談したんです」
私は驚いて、彼女の横顔を見つめてしまった。おじいさまが他家の秘術を改善したとは聞いたことがあったけど、まさかクラスメイトの家がそうだったなんて。
「バルトルド様は、この秘術を見事に改善してくれたんです。曲がる、止まるはもちろん、乗っている人の安全性まで考えて、改良してくれた。知ってますか? この秘術、以前は他の人は乗せられなかったんですよ」
そっと微笑むハイリー様に呆然としてしまった。横で狸が嬉しそうにしっぽを振っている。私は目を丸くすることしかできなかった。
「秘術の改良というからには、情報は漏れてしまうというリスクがありました。バルトルド様は秘匿するとは言ってくれましたが、魔法使いですから信じてはいません。それなのに、直系の貴女が知らないということはバルトルド様は本当に秘密を守ってくださったのですね」
やさしく微笑むハイリー様の横顔は、コルネリウス様をからかっていた人と同一人物とは思えないほど穏やかだった。
「私たちは忘れません。ビューロウがしてくれたこの恩を。王国貴族は恨みも恩も忘れない。あなたが困っていたら、私が何としても助けて見せます」
ハイリー様は力強く語ると、ゴブリンシャーマンを睨みつけた。
「さあ、アメリー。もうすぐターゲットに追いつきます。この魔法は敵に当たっても威力はたかが知れている。移動に特化した魔法ですからね。だから、誰かがゴブリンシャーマンと戦わなければならない。準備はいいですか」
意気込むハイリー様に、私は笑みを返した。
「もちろん。いつでも行けます。これだけ見事な秘術を見せてくれたお礼です。我が家の、ビューロウの秘術で、ターゲットを仕留めて見せますわ」
私が宣言すると、ハイリ―様は嬉しそうに笑ってくれた。隣で狸が「ふぉおおん」と鳴いた。
◆◆◆◆
「げ、げふげふ!」
ゴブリンシャーマンが目を見開いて振り返った。まさか、私たちがここまで追ってくるとは思わなかったのだろう。
先制攻撃は魔法から! 私はボートから身を乗り出しながら、ゴブリンシャーマンめがけて右手をかざした。
「食らいなさい! レイ!」
右手の魔方陣から飛び出した熱線が、ゴブリンシャーマンのところに一直線に伸びていく!
熱線は、ゴブリンシャーマンを確実に貫くはずだった。だけど、直撃すると思った瞬間、ゴブリンシャーマンは振り返って大杖を天にかざした!
「コノテイド、ワタシニハキカナイ!」
かざした大杖から、斜めに傾いた障壁が生まれた。受け止めてくれたなら、そのまま障壁事もやせただろう。でもゴブリンシャーマンは障壁を傾けることで、私の熱線を反らしてしまったのだ!
熱線が、ゴブリンシャーマンからそれて茂みを焦がしていく。私の魔法は、ゴブリンシャーマンにあっさりと躱されてしまったのだ。
「魔物のくせに障壁の使い方がうまい! 受け止めてくれたなら、そのまま押し切れたのに!」
ハイリ―様が悔しそうに叫んだ。
「ハイリ―様。もう少し、近づけますか? 遠距離攻撃を防ぐ相手にだって、やりようはあります」
ハイリ―様はしばし言葉を止めると、頷いて静かに前に体を傾けた。
ボートのスピードがさらに上がった。すぐ斜め前に、ゴブリンシャーマン! 私は、魔物を追うようにボートから飛び降りた!
ゴブリンシャーマンの、驚いたような顔。私は魔犬を追い越すように前に進んでいく。
「今!」
刀を抜き放つ。手ごたえを感じながら、滑るように進んでいく体を何とか押しとどめた。そして私は、素早く後ろを振り返った。
「!!!」
ゴブリンシャーマンが、魔犬の頭とともに転がっていく。私の刀は、魔犬の首を切断することに成功したのだ。
「くっ!!!」
慣性に逆らうように踏みとどまろうとするが、引きずられるように前へと進む。やっと止まったときは、着地点からずいぶん前に流されていたようだった。
「敵は!?」
私はすぐに周りを探すと、魔犬の頭を呆然と抱えたゴブリンシャーマンと目が合った。
ゴブリンシャーマンは目を見開いて私を見た。すぐに魔犬の首をほおり投げると、後ろに向かって一目散に逃げていく。
私は静かに、一歩一歩ゴブリンシャーマンに近づいていく。
「げひっ! げひひひ!」
必死の形相で私から逃げようとするゴブリンシャーマンを、私は冷めた目で見つめた。
「そうね。あなたも必死なんでしょうね。でも、私にも譲れないものがる。あなたを生かしておくと、被害が増える一方なのだから」
私たち貴族には被害者はいないけも、平民の被害がないわけではない。この地に住まう農民や冒険者に、かなりの死傷者が出たと聞いている。
私は目をつむる。必死で逃げる相手を斬るのにためらわないわけはない。けど、ここで斬らなければ被害が増える一方なのだ。
「アメリー・ビューロウ。参る!」
私は目を見開くと、刀を鞘にしまって構えた。そして、足に宿した魔力を爆発させた。
一瞬にしてゴブリンシャーマンとの距離が縮まる。追いつくどころか、追い抜かんとするほどの勢い。私はすれ違いざまに、横薙ぎの一撃を振るった。
「!!!」
一瞬で追い抜いた私を、ゴブリンシャーマンが驚いたような顔で見つめた。そしてその顔のまま、ゴブリンシャーマンの上半身がずり落ちていく。
「秘剣、鴨流れ」
私の居合切りは、ゴブリンシャーマンの腰を切り裂き、真っ二つにすることに成功したのだ。
「ぎゃひっ。ぎゃひっ」
真っ二つになったゴブリンシャーマンは、最後に荒い息を吐くと動かなくなった。私の秘剣は、ターゲットを完全に沈黙させることに成功したのだった。
「アメリー!」
後ろから声が聞こえた。ハイリー様が戻ってきてくれたのだ。
「やりましたね! これは大きな戦果になります! 星持ちとして、あなたは誰の目にも明らかな成果を上げたんです!」
「ええ。私たちの勝利です!」
興奮気味だったハイリー様はきょとんとした顔になった。
「この戦果は、私とハイリー様が力を尽くしたからこその成果です。私ひとりではゴブリンシャーマンに追いつくことすらできませんでしたから。ハイリー様がいてくれたおかげで、これ以上被害を出さずに済んだんです。ありがとうございます」
私は深く頭を下げてハイリ―様に微笑むと、彼女は輝くような笑顔を見せながら頷いてくれたのだった。
※ エリザベート視点
「が、がはっ」
最後のハイオーガが崩れ落ちた。エーファの風魔法は、完全武装のハイ・オーガを仕留めた。オーガの属性は、火。相性が悪いはずの風で、エーファは見事にオーガを倒してみせた。
「ちっ! しつこいな! 捨て石にされたとは気づかないくせに。本当に面倒な!」
コルネリウスがもう一体のハイオーガから槍を引き抜きながら吐き捨てた。彼も2匹の犬と協力し合いながら、あの巨大なハイオーガを仕留めてしまった。
「あっちは無事かな。まあ、アメリーなら誰かさんと違ってうまくやるだろうけど、少し心配ね」
エーファが心配そうにアメリーたちが向かった先を見つめていた。隣でアーダが、疲れたように肩で息をしている。
「何とか、敵は倒せた。でも・・・」
うつむきそうになる頭を何とか上げながら、ハイオーガの死骸に目を向けた。
槍で貫かれた死骸に、風で切り裂かれた死骸。だけど、私の水魔法で倒された死骸はない。アーダが見事に相手を足止めしてくれたのに、私はハイオーガを打ち取ることができなかったのだ。
「アメリーは、完全武装のゴブリンを鎧の上から完璧に斬ってみせた。色の濃い火魔法じゃない。むしろ色が限りなく薄い土魔法を使っていたのに。それに、あの死骸、武器そのものの性能で、すごい力で切り裂かれたような・・・」
私が見つめたのは、アメリーが最初に倒した魔物だった。
「見事なものだよな。これが、ビューロウの秘術というヤツさ。素質が低いほど効果を上げるなど、常識外れにもほどがある」
コルネリウスが吐き捨てた。
「去年の夏くらいに、あいつの姉が剣術を担当する教師に技術の一部を伝搬させた。だが、本家はやはり違うな。奴らが使う技には何か秘密があるのだろう。まあ本来、秘術とはそういうものだがな」
コルネリウスの言葉を聞きながら、私は再び死骸に目を向けた。
「アメリーは、土の魔法は苦手としていたはずよね。他の属性と明らかに違うもの。それなのに、こんなに完ぺきに魔物を屠ったとでもいうの?」
「お前には信じられんかもしれんが、それがビューロウの秘術というヤツだ。俺が調べたところによると、奴らの技を使うには水か土の素質が低いことが条件になるらしい。笑わせるよな。俺たちが色の濃い魔力を自慢する裏で、色が薄いことを利用した技を開発しているんだからな」
私はそっとうなずいた。
アメリーは星持ちと言われるほど赤の色が濃いのに、あえて色の薄い黄色の魔力を使うとは。しかもその魔力を使って、完全武装の魔物を、簡単に仕留めてみせるなんて!
「アメリーが、ビューロウがどんなことをやっているか、興味が深まったわ。一度、訪ねて行ってみたいけど、さてどうするか」
資質が関係するのは威力だけではない。魔力の色が濃いほど制御も楽になる。私は水の魔力がレベル3だけど、レベル2の風と比べると、驚くほどスムーズに魔力を動かせるのだ。
アメリーの土の素質は、おそらくレベル1。それをあれだけ機敏に動かせるようだとしたら、どれだけの修行を重ねたのか。
私は自分の髪をいじりながら、一人思索を深めるのだった。




