第32話 新たな魔法
次の日、教室に行くとギオマー様が声をかけてきた。
「おお! アメリー! 昨日はすまんな。お前たちが話に夢中になっていたから途中で帰ってしまった。少し用事があったのでな。あのあと無事に帰れたか?」
「ええ。まあ何とか。御者さんを遅くまで働かせたようで申し訳なかったですけどね。護衛にも悪いことをしたようですし」
ギオマー様って高位貴族なのに私たち一人一人を見てくれているのよね。何かあったらすぐに声をかけてくれるし。隣でメリッサ様がどこか自慢げにギオマー様を見上げていた。
話されついでに、私は思い切ってギオマー様に話を聞いてみた。
「ギオマー様。ヘルムート様が強くなった要因に心当たりはありませんか? 彼の戦いを見たことがありますが、聞こえてくるような戦果を挙げられるようには思えません。急激に強くなったと言われても信じられないのです」
ギオマー様はあごに手を当てながら答えてくれた。
「個人の魔力を高めるような魔道具は今のところ心当たりはないな。短杖のように、魔力を込めれば発動するような魔道具はいくつかあるが、魔力そのものを増やせるような魔道具はあまり実用化されていないのだよ」
ギオマー様の家、インゲニアー家は優れた魔法技師を輩出している貴族家だ。王国の南のほうでは古代文明の遺産が眠るダンジョンがいくつもあるが、インゲニアー家は発掘された魔道具を研究し、現代用の魔道具を作り出すことで力を示してきた。だから、ヘルムート様を強化したのが魔道具なら心当たりがあるかと思ったのだけど。
「いや待てよ。所有者の魔力を増やす魔道具は実用化されていなくとも、存在自体は確認されている。外から魔力を追加するものはあったな」
ダメもとで聞いてみたけど、ギオマー様には心当たりがあるようだった。
「ギオマー。あれは、現代の技術でも再現できないはずでしょう? 魔力を合成することは今でも実現できないのだから。あれを実現できたはずの人は、その技を伝える前に、もう・・・」
メリッサ様がギオマー様をたしなめるように言った。よくわからないけど、ギオマー様には何か心当たりがあるということ?
何やらメリッサ様に言い返そうとしていたギオマー様はあわてて私たちに説明してくれた。
「以前はあったのだ。魔物の魔力を人間に転嫁する魔道具というヤツがな。もう100年ほど前になるだろうか。かの帝国に現れた天才と呼ばれた魔法使いが、ある魔道具を作り出した。その魔道具を使えば、魔物の魔力を自由に引き出すことができたらしい」
魔物の、魔力? それを人間が自由に使えるだなんて、信じられない。
「だがその魔道具には副作用というか、中毒性があったらしくてな。一度その魔道具を使えばもう一度使いたくなるそうだ。大量の魔力で敵を粉砕する、その楽しさを知ったら抜け出せなくなったらしい」
なんだろうか。その魔道具は何やら危険なもののような気がするのだけれど。
「ええ。あれは危険なものですし、現代の技術でも再現できないと聞いています。かの帝国に生まれたアレクシス・タルボット。公国であのヨルン・ロレーヌと戦い、露と消えた男にしか作れなかった、貴重で危険な魔道具だったと」
メリッサ様が言葉を続けた。いつもの優しげな表情とは違い、今にも相手を射殺さんばかりの顔で地面を見つめている。
「私は認めませんよ。本来魔道具というものは人を幸せにするためにあるはずです。そうではくては、私たちの赤の魔力は人を傷つけることにしか使えなくなってしまうのですから。赤の魔力は人を幸せにするためにも使える。魔道具は、それを実感することのできる道具であるべきなんです」
強い言葉でメリッサ様は吐き捨てた。
南の人ってそういうところがあるわよね。好きなものには全力投球というか、強いこだわりがあるというか・・・。仲間になれば頼もしいけど、敵対すればこれほど恐ろしい敵はいない。まあ、中にはロジーネちゃんのように何も考えていないような人もいるんだけど。
「メリッサ。そのくらいにしておけ。ビューロウ。ヘルムートのことはこっちでも調べてみよう。確かに、武具を新調したわけでもないのに急に強くなるのは気になるからな」
ギオマー様はそう言って手を振ると、背を向けて歩き出した。メリッサ様がため息をつきながらその後に続いていく。
「アメリー。次の時間は特別教室だから、校庭の一角で行われるようだ。私たちも移動したほうがいいんじゃないか?」
アーダ様の言葉に、私はあわてて校庭に向かう準備をするのだった。
◆◆◆◆
「あ~。これから教える魔法は、君たち上位クラスの人間のみに教えるものだ。君たちなら聞いたことがあるかもしれない。今は闇魔が跋扈する不毛な地となったアルプロラオウム島。あの島を支配していた公国を絶望の淵に追いやった魔物がいた。スクラム・エッセンのことを聞いたことがあるだろう」
校庭で、魔法学を教えるエトヴィン先生がどこかめんどくさそうに説明してくれた。まだ若い先生なのに、この覇気のなさはどうしたことだろうか。新任早々なのに、本人はいつもやる気のなさそうな顔をしている。
「あの魔物は本当に厄介でな。強固な魔法耐性に、強力な力。そして蟻の高い繁殖力で公国を恐怖のどん底に落とし込んだ。公国はあの魔物に蹂躙されるかと思われたがそうはならなかった。なぜだかわかるか?」
この先生、話の内容は面白いのにどこかめんどくさそうに話すのよね。今も眠たそうな眼をしているし。まだ若いのにおじさん臭いというかなんというか・・・。
「有名ですわね。スクラム・エッセンはかなり厄介な魔物だたと聞いていますが、当時の王国には彼がいた。深淵と呼ばれたヨルン・ロレーヌが。彼があの魔法を開発したことで、スクラム・エッセンはなすすべなく滅ぼされたと聞いています」
嬉しそうに答えたのはエリザベート様だった。普段の授業では興味を見せることが少ないのに、今はどこか興奮しているように見える。
「そうだ。そこのきれいな姉ちゃんの言う通り、王国にはヨルン・ロレーヌがいた。彼が作り出した魔法は、帝国の魔物に特攻でな。それを使えばスクラム・エッセンはころりと死んだらしい。効果があったのは魔法を受けた魔物だけじゃない。その魔物を食った奴もころりと死ぬ効果があったんだ。何でも食らいつくすスクラム・エッセンの性質をうまく利用した魔法ということだな」
この話って、結構有名なのよね。王国の魔法使いの偉大さを伝えるのに必ず引き合いに出される話だ。
「そこで、だ。今日はお前たちに、ヨルン・ロレーヌが作り出したという魔法を教えようと思う。帝国が滅んだ現在、あまりこの魔法の使い道はないかもしれんが、将来的にはどうなるかわからん。まあ、かなり複雑な魔法だがきちんと覚えておくように」
先生の言葉にうれしそうな声が漏れた。特にロータル様達ヴァッサー家ゆかりの人たちの声が目立つような気がする。
「この術を編み出したヨルンはあの魔物の駆逐を最優先に考えてな。王国の貴族としてはありえないことに、術式を公表したんだ。だから、学園の上位クラスに属した人はみんなこの魔法について知っている。それでも、この術を使えるのは一握りだけどな」
術式が知られているのに、使える人が限られるということは、やはりかなり複雑な魔方陣を使用するということか。
「まずは資質だな。相当に高い水の資質がないと難しい。この魔法、パフューゼ・ギフトは相当な魔力量がないと再現できないんだ。まあだから、上位クラスにしか教えていないんだけどな」
得意げに笑うヘルムート様が目に入った。一方で、私の相棒のアーダ様は顔を青くしている。
「だが、素質が足りないやつでも発動できんことはない。魔力量はかなり多く使うが、まあこのクラスに属しているものなら問題はないだろう。当然ながら、他の最上位魔法と同じように、この魔法には短杖がない。術式が複雑すぎて、使いこなすことができないのだ」
アーダ様が顔を上げた。ごくりと喉を鳴らし、真剣な顔で先生の話を聞きいるのを見て、私もちょっとうれしくなった。
「さて。あそこに案山子を用意した。お前たちはあれめがけて術を発動しろ。術式は黒板に書く。まあ、論ずるよりやってみろということだな」
そういうと、エドウィン先生は黒板に次々と魔法陣を書いていく。その複雑さに、私たちは放心したように見つめてしまった。
「とまあ、こんな感じだ。気づいていると思うが、かなり複雑な魔法だ。古式魔法の相当な腕がないとできないから、この時間でできなくても恥を感じる必要はないぞ」
言いながら、先生は素早く魔術を構築した。
複雑な魔法陣が、幾重にも折り重なるように構築されていく。その詳細な技術に、いつもだらけているこの人が教師を務められるほどの優秀な魔法使いであることを改めて実感させられた。
「パフューゼ・ギフト」
エドウィン先生がめんどくさそうに言うと、水の弾が案山子に向かってすごいスピードで飛び出していく。案山子は水びたしになると、オレンジの光に輝きだした。私たちは呆けたようにその光景を見つめてしまった。
「魔法が成功すると、あんなふうに案山子が光るようになっている。光がなかったり緑色にもならなかったりすると失敗ということだな。さて、板書がすんだらお前たちも試してみるといい」
そう言って、エドウィン先生はゆらりと椅子に座った。光の色は、紫、藍、青、緑・黄・オレンジ・赤の順に強くなるとのこと。私たちがノートを取る姿を見て頬杖をつくと、眠たそうにあくびをした。
「みんな新しい魔法に興奮してるみたいだが、毎年この時間内に術を発動できる生徒なんてほとんどいない。俺でも、時間内にこれを発動させることはできなかったんだから」
めんどくさそうに言うエドウィン先生の言葉は、当然のことながら私たちには届かなかった。




