第33話 アーダの能力
「パヒューゼ・ギフト!」
ロータル様が魔法を放った。
掛け声に合わせて水が案山子に発射された。水び出しになった案山子が光り出すが、その色は紫だった。
「はい、残念! 失敗だ。水の弾はできていたようだが、あれじゃあスクラム・エッセンを倒すことなんてできないだろうぜ」
エドウィン先生が意地悪そうな顔で笑いだした。ロータル様は悔しそうにこぶしを握り締めていた。
「いやいや。水の弾を作れただけでも相当なものがあると思うよ? 何しろあのきれいな姉ちゃん以降、他の奴は発動させることすらできなかったんだから」
何が楽しいのかわからないけど、エドウィン先生は嬉しそうに笑っている。この先生、底意地が悪いというかなんというか・・・。一応、私と同じ東出身なんだから、あんまり評価を貶めることはしないでほしいんだけど。
授業では、ヴァッサー家ゆかりの生徒たちが次々とチャレンジしている。ヘルムート様もカトリンも魔法を発動させられなかった。驚いたことにあのエリザベート様すらも光の色は青で、この魔法を正確に発動させることができなかったのだ。
「先生。私もやってみていいですか?」
「お!? 星持ちもやってみるのか? お前のレベル4は火だけど、水魔法はそうじゃなかったよな? でもまあ。やってみたらいいさ」
面白がるように言うエドウィン先生にムッとしながらも、私は所定の位置についた。
「アメリー! 頑張って!」
応援してくれるエーファにうなずくと、深呼吸した。そして、案山子をにらみつけた。
「はっ! 星持ちとは言え属性違いの魔法さ。どうせ発動できずに終わるんだろ!」
ヘルムート様がやじったような気がしたけど、あまり判別できなかった。私の頭には、魔法のことと案山子しか入っていなかったのだから。
「行きます!」
私は魔法陣を次々と構築していく。生徒たちからどよめきが起こったようだけど、私は気にも留めずに構築を続けた。
「行け。パヒューゼ・ギフト!」
水の大きな弾が、案山子に向かって直進していく。
ばしゃああああああ!
案山子はあっという間に水浸しにした。案山子が光った。色は、緑。残念ながら、先生のようにオレンジに光らせることはできなかった。
ため息を吐いてエーファやアーダ様のところに戻ろうとすると、生徒たちが驚いた顔で私を見つめていたことに気づいた。あのエドウィン先生すらも目を見開いてこっちを見ている。
「えっと、あの?」
「いや驚いた。きちんと発動してたじゃねえか。この魔法、卒業時でもできないやつがいるくらいなのに・・・」
何か不吉なことを言い出したエドウィン先生を不審な目で見つめ返した。
「そうか! お前はあのバルトルド・ビューロウの孫だったよな!? ということは、あの方から薫陶を受けて魔法技術を鍛えてきたということか! 星持ちである前に、あのバルトルド・ビューロウの弟子か。これは見誤ってたな」
私は引き気味になって、足早にエーファたちのもとに向かった。クラスメイト達の驚愕の表情が痛い。エーファたちは喜んでくれたみたいだけど。
「アメリー! すごいじゃないか! ちゃんと水弾が出てたし、案山子も緑に光ってた!」
「え、ええ。その、私、祖父から古式魔法のコツを聞いていたので。まあ、それでも先生みたいにオレンジに光らせることはできなかったんですけどね」
私はあいまいに言うと、そっとクラスメイト達を見渡した。エリザベート様の表情は読めないし、カトリンは感心してくれたようだけど、他の生徒は悔しげだった。ヘルムート様なんか、憎々しげな目で私を睨んでいた。
「まあ水魔法と言えばヴァッサーだから、ちょっと悔しかったんでしょうね。この魔法を開発したのは東のヨルン・ロレーヌなんだけどね」
エーファがそう言って慰めてくれたけど、私はごくりと喉を鳴らしてしまった。取り繕うようにエーファが質問してくれた。私は何とかそれに答えたけど、なんだか申し訳ないような気がしてうまく答えられたかは自信がなかった。
「う、うん。よし、私もやってみようかな」
アーダ様が自信なさげな様子だが、それでもエドウィン先生のほうに歩きだした。私のアドバイスを聞いてやってみたいと思ったようだ。
「はっ! 東の根暗ができると思ってるのかよ! 資質だって足りないだろうに!」
私への牽制だろうか。ヘルムート様がそんなことを言い出した。即座にエリザベート様に叱られたようなのはちょっとだけ胸がすいたけど、クラスメイト達はみんな彼女が成功するとは思っていないんだろうなぁ。
彼女の水魔法の素質は、おそらくレベル2だ。それどころか、本人曰く、他の属性もレベル3に達しているものはないらしい。このクラスでも資質の低さで目立ってしまっている。闇魔法の資質があるようだけど、それだってレベル2で、特質すべきほど高い資質とは言えない。
でも私は知っている。いつも隣で戦ってくれるから、否応なしに気づかされるのだ。彼女には、ラーレお姉様に匹敵するほどの魔法技術があることを。この魔法を成功させられるのは、彼女を置いて他にいないことを。
「よ、よろしくお願いします」
アーダ様は深呼吸すると、案山子をそっと見つめた。そして一息つくと、魔方陣を次々と構築していく。正確さも構築の速さも私以上だ。そのあまりの高い技術に、クラスメイトから驚愕の声が漏れていた。
「パ、パヒューゼ・ギフト!」
アーダ様の魔方陣から水の弾が飛び出した。それは私のより小さいが、速さは私を軽く凌駕しているように思えた。
ばしゃああああああん!
水弾が案山子を水浸しにすると、瞬時にまばゆい光を放ち出す。
色は、赤。手本を見せてくれた先生よりも鋭い光が、案山子から放たれた。
誰も何も言えなかった。エドウィン先生ですらも、ありえないはずの光景に呆然としてしまっていた。
「うそ・・・。赤い光って何? 先生の手本より、制度が高かったってこと?」
呆然とつぶやくエーファに、私はうなずくことしかできなかった。
「いやおどろいた。カーキ―家の令嬢がそうだとは聞いていたが、まさか俺を上回る色を出しちまうとはな。それだけの魔法技術、才能に加え相当な訓練をしないとできないだろうに」
呆然とつぶやくエドウィン先生は、取り繕うように咳ばらいをした。
「へっ。あまりの事態に予定が狂っちまったぜ! 言っておくが、この魔法は簡単に使いこなせるもんじゃねえからな。発動できたアーダが優れているだけで、お前たちが劣っているわけじゃないんだからな!」
きょろきょろしながらこっちに戻ってくるアーダ様を見送りながら、エドウィン先生がそう説明した。
「今回は成功者が2人も出たが、初めての授業でこの魔法を使えるようになる奴はほとんどいない。まあ、去年はロレーヌ家とフランメ家の令嬢が初っ端から発現できたらしいが、そんなのはレアケースだ。早くても次の夏くらい、卒業までに発現できない生徒も少なくないんだからな!」
さすがエレオノーラ様。彼女も最初の授業でこの魔法を発現できたみたいだ。エリザベート様がなぜか誇らしげに胸を張ったのが見えた。
「この魔法は一種のバロメーターだな。発現できる奴は特段に魔法技術が高いと言えるだろう。反対に、この魔法が発現できなくても恥じ入る必要はない。できる奴が優れているだけで、できなくて普通なんだからな!」
先生はそう言って慰めるけど、ヴァッサー家関連の人たちはうつむいたままだった。やっぱり水の魔法家だけあって、できないのはかなり悔しいことなのだろう。
でも、私はこの結果にどこか納得していた。ずっと疑問に思っていたことが解消されたのだから。
「やっぱりアーダ様がこのクラスに配属されたのって、闇魔法の資質があるからじゃなかったのね。あの高い魔法技術を、学園は見ていたってことか・・・」
戻ってくるなりエーファに質問攻めにあうアーダ様を、どことなく誇らしげな目で見守ったのだった。
※ ガスパー視点
「いやあ。驚きましたよ」
教室に帰ってくるなりエドウィンがぼやいた。こいつ、私よりも2歳下の後輩なんだが、何事に対してもやる気が薄い。一応、この学園の教師になれるくらい優秀なんだが、どこか冷めた目をしていたのだが。
「確かお前、上位クラスにあの魔法を教えていたよな? 行く前はかなりおっくうそうだったのにどうしたんだ?」
「いや先輩、聞いてくださいよ。あの魔法なんですけどね。1年生で発動できた生徒が2人も出たんですよ。それもヴァッサー家の連中以外から」
私も驚いてしまう。
成功者が出るとしたら、ヴァッサー家のエリザベートかと思ったが、どうやらその予測は外れたようだった。
「誰が成功者か、当ててみましょうか。おそらく東のアメリーと、アーダでしょう」
メラニー先生がどこか面白がるように言うと、エドウィンはまた驚いたようだった。
「さすがメラニー先輩、あたりです。でも、アメリーは分かるんですよ。星持ちだし、あのバルトルド・ビューロウ・・・様のお孫さんですし。でも、アーダまでが成功するとは思わなかった。カーキ―家の令嬢が魔法技術に優れたとは聞いてたけど、あれおかしいですよね? 確か彼女の素質はレベル2で、特段優れているわけじゃないのに!」
憤慨するエドウィンに、私も驚かされた。
資質と魔法技術には明確な関係がある。レベル3までは資質が高いほどそれに比例して魔法技術が上がるのだ。レベル3ともなると、どんな魔法でもすいすいと唱えられるようになるけど、まさかレベル2でパヒューゼ・ギフトを発動できるものが現れるとは・・・。
「驚くことではないでしょう。アーダ・カーキ―はその魔法技術の高さを見込まれて上位クラスに入ったんだから。これくらいの技術があることは想定内よ」
「マジすか。あの子、俺よりもすごい赤に光らせたんですけど。え? でも魔法技術の高さを調べる聞きなんてないですよね? あの子を上位クラスに入れようとした観察者って、どんな目をしてるんすか!」
まあ気持ちはわかる。この学園の教職員の技術には目を見張るものがある。
学生たちには入学前に観察者が接触してその資質を確かめている。試験でいい点を取れただけでは上位クラスに入ることはできないのだ。だからカーキ―家のアーダには高い魔法技術があるのは知っていたが、まさか教師以上の技術を証明するとは思わなかった。
「ふふふ。彼女はアメリーちゃんの片腕として討伐任務に当たってるのよね! さすが私のアメリーちゃん! 可愛い上に見る目があるだなんて!」
話に横入りしてきたのは学園長だった。アメリー君は学園長のものではないと思うが、とりあえず私たちは頭を下げた。
「でも彼女が健やかに成長するためには、やっぱり魔物たちは邪魔よね。ある程度の数ならいいけど、今みたいに数が多いと生徒たちの負担になっちゃうから。原因を早急に調べないと。やはり、召喚魔法が使える魔物が送り込まれたと思うのが妥当ということか・・・・」
学園長はそうつぶやくと、鋭い目を私たちに向けてきた。
「あなたたちも、ちょっと気合を入れなさい。今は冒険者が王都内を調べている。召喚門の跡や痕跡は見逃さないようにしているらしいけどね。もし見つかったら、生徒たちだけじゃなくてあなたたちにも働いてもらうわ」
私たちは黙って頭を下げた。
学園の教師になった理由は様々だが、一つだけ全員に共通する思いがある。それは、生徒の成長を第一に考えるということだ。あのエドウィンですらも、学園長に認められるほどにその情熱を胸に秘めている。
「ええ。わかっていますわ。何人たりとも生徒たちの安全を脅かすものは許さない。たとえ連邦だって、手を出そうとしてきたならただではおきません」
低い声でつぶやくメラニー先生に私たちはうなずいたのだった。




