第12話 順調な生徒とそうでない生徒
討伐や授業で忙しく過ごしていると、あっという間に月日は過ぎていった。お姉さまがいない生活にもいつの間にか慣れ、自分の部屋で夕食を取るのが当たり前になっていた。
あの日以降、討伐任務で想定外の魔物に襲われることはなかった。安心のはずだが、不測の事態が起こらないことになぜか不安を覚えていた。
漠然とした不安を感じてながら討伐から戻ると、同じ討伐帰りのクラスメイトから声をかけられた。
「おお! アメリーじゃないか! ははっ! 今日も無事に帰ってきてやったぞ! この分だと、上級生の援護もすぐに必要なくなるかもな!」
笑顔でそう報告してくれたのはギオマー様だった。あの後、数回の討伐任務を経て彼らはめきめきと成長していった。今はまだ、討伐任務には上級生の部隊が付き添いになるそうだけど、彼の部隊だけで任務を任される日も遠くないかもしれない。
だけど、クラスメイトのすべてが順調だったわけではなかった。
「ヘルムート! いい加減にしなさい! あんたは守り手のはずでしょう! なんですぐに魔物に突っ込んでいくのよ! そのうえ大した討伐もできてないし! あんたを黙ってフォローしてくれるセブリアン様に、申し訳ないとは思わないの!?」
「何言ってやがる! 俺が魔物を倒したから今回の任務が成功したんじゃねえか! あの時みたいにお前が襲われたわけでもないんだ。むしろ俺がいたおかげで短時間で討伐できたんだから感謝してほしいぜ!」
ニナ様とヘルムート様の口論が響いてきた。
ヘルムート様はあの討伐で教師からかなり叱責され謹慎させられたはずなのに、復帰した今も全然こりていない。クルーゲ流の守り手なのに敵を倒しにいくせいで、後衛からかなり不評なようなのだ。まあ、そのせいでニナ様達後衛は立ち位置の選定などがうまくなっているようだけど。
「ヘルムートの奴、わざわざニナと組まされてんの、わかってんのかね。ニナの奴はあれで光魔法も使える癒し手なのに、組ませてもらえる意味を考えることすらできないのか」
「一応このクラスに入ったんだから考える力はあるはずなんですけどね。でも、この件に関して全然考えていないというか、自分が世界の中心だと考えているのか・・・。何にせよ、彼と組まされた人たちはたまったものじゃないでしょうね。セブリアン様なんて、いつも大変そう」
ギオマー様ばかりか、メリッサ様にまで言われてしまっていた。
「魔物の報告も増えるばかりだからな。 聞いたか? 今度から引率の教師に加えてさらに護衛が着くらしいぞ。なんでも、大学に通っている連中から有志を募るらしい。まあ、奴らは教師を目指していることも多いらしいし、点数稼ぎにはいいらしいが、本当に大丈夫かね? 専任武官から集めたほうがいいんじゃないか? あいつらは護衛の専門家だしな」
「学園は討伐任務をあくまで貴族だけでやっているということにしたいのかもね。大人の事情ということかもしれないけど、巻き込まれる私たちはたまったものではないわ」
メリッサ様も結構言うなぁ。
「しかしお前らも大変だよな。2人だけが固定で、他の奴らは毎回違うんだろ? まあ対応力は着きそうだが」
「エリザベート様やロータル様も。あの2人は固定メンバーこそ多いけど、その分他の部隊の指揮も任されているようだからね。討伐に参加してみて、それがどれだけ難しいのかが分かったの。本当に頭が下がる思いです」
2人に言われて恐縮してしまう。クラスメイトのほとんどはこうやって私たちをねぎらってくれるが、中には全然わかってくれない人もいる。
「私は子爵ですから、今のところ他の部隊を指揮する機会は皆さんほど多くないと思うんです。だから学園も、いろんな人と組めるようにしてくれるんでしょう。付き合わせてしまうアーダ様には、ちょっと申し訳ないですけど」
「わ、私は下の人を指揮するのは苦手だから、正直アメリーと組めて助かってる。伯爵家とは言え、私もアメリーのような役割をされることは多いと思うし・・・」
尻すぼみになりながら答えるアーダ様に、2人は顔を見合わせた。
「でもお前らが優秀だという声は俺のほうにも聞こえてきてるぞ。下の奴らから、『星持ちたちと組むと楽ができる』とな。実際頼りきりじゃなく、したいことをさせてもらえるって喜んでたよ。火力だけで押し切らないのが評価されているらしいぜ」
それはちょっとうれしい。討伐任務では私が火力で押し切るのではなく、足止めや牽制などで周りの人が戦いやすくしているけど、それが功を奏しているようだ。
「そういえば冬休みはどうする? 俺もメリッサも一度領地に戻ろうかと思うが2人もそうするのか?」
ギオマー様の問いに、私は首を振った。
「いえ。私は学園に残ろうかなと思っています。姉たちは北で頑張っているようですし、両親に会いに行く、という手もありますが・・・。今回は見合わせようかなと。その、休みの間も魔物の襲撃は絶えないようですし」
「あ・・・。私も学園に残る予定です・・・」
アーダ様の答えにぎょっとした。でもなぜか、ギオマー様は納得した様子だった。
「まあ、北や東の貴族が疎開のように学園に来るケースは多いからな。入学前の高位貴族の子供もこっちに来るケースが多いらしいぞ」
そのうわさは聞いたことがある。あの島から敵が押し寄せる北や東より、中央のほうが安全だ。王都のタウンハウスに就学前の子供たちが押し寄せ、ここで学んでいることも増えているそうだ。学園のように貴族の子供が集まって一緒に学ぶことも多く、地域の結束を高めるのにも一役買っているらしい。
「有名どころではロレーヌ家の令息もこっちに来るらしい。春からは寮で暮らすらしいが、それまではタウンハウスで過ごすとか。今のうちに、お前が挨拶しておいたほうがいいかもしれんぞ」
◆◆◆◆
「アメリー様! こちらです!」
食堂に着くなりエルナ様が大きな声をかけてくれた。席にはデリア様とマーヤ様がいて、私を優しく向かい入れてくれた。この3人とは小さなころから定期的にお茶会を開いていて、幼馴染、といった感じになっている。
「こうやって学園で4人で会うのも、あと何回あるかどうか・・・。ちょっと寂しくなりますわ。でも2年後の春には結婚式に来てくださるようですから、それまでの我慢という感じですけど」
ため息交じりに言ったのはデリア様だった。この方、2歳上で中位クラスに属していたけど、見事にお婿さんをゲットした。お相手は中央の貴族らしいけど、お茶会では時々のろけ話を聞かせてくれたものだ。
「デリア様はさすがですよね。最初はライムんト様だのマリウス様だの騒いでいたのに、気づいたらお婿さんを獲得していましたし。いつの間に、という気がします」
「あら。マリウス様達は別腹よ。結婚とかは、まあ考えなくはなかったけど無理だってわかってたもの。それよりも、自分に合った人を見つけることも大事だと思うわ。マーヤさんもそういう人がいるのでしょう?」
マーヤ様は顔を赤くしてそっと顔を反らした。マーヤ様、こう見えて同じクラスに意中の人がいるらしいのよね。具体名は言わなかったけど、言葉の節々からそういう相手がいることが伝わってくる。
「2人ともいいなぁ。私なんてそんな話は全然。同じクラスの人たちはどこか子供っぽいし。あんまり期待できないんですよね」
「あら。でも同じクラスにも素敵な人はいるのでなくて? 最初は子供っぽく見えても、しばらく接してるうちに別の面が見えてきたり。この冬はせっかくこっちで過ごされるんだから、クラスメイトの新たな面を探すのも面白いかもしれませんわ」
エルナ様がため息交じりに言うと、マーヤ様が笑顔で答えた。そんな二人を温かい目で見ていたデリア様だが、ふと真顔になった。
「ダクマー様がエレオノーラ様を紹介してくださったおかげで学園生活は楽しくなりましたが、お2人は心配ですわよね。戦地へと向かわれてしまいましたし。正直なところ、あのロレーヌ家のご令嬢が卒業を待たずに北に向かうとは思いませんでした」
ロレーヌ家のエレオノーラお姉さまはきれいで上品で、学園の女子全員のあこがれの的だった。あのエリザベート様ですらも、お姉さまを意識していたのだから相当なものだと思う。剣術一筋のお姉さまとなぜ親友なのかは疑問だけれども。
「そういえば。王都のタウンハウスにエレオノーラ様の弟のファビアン様がいらしているそうですよ。なんでも戦乱を避けるために入学前からこちらに来ているとか。一度、挨拶しておいたほうがいいかもしれません」
私が言うと、3人は驚いたような顔になった。
「え? ファビアン様がこちらに? ロレーヌ家にはお世話になっているから、挨拶しておいたほうがいいですわよね?」
「そ、そうね! 私は卒業したら接点がなくなってしまうし、今後のためにも一度挨拶しておいたほうがいいと思います」
「どどどうしましょう! エレオノーラ様が気さくな方だったから大丈夫でしょうが、第一印象って大事ですわよね!」
焦る三人に驚きながら、私はすぐに提案した。
「私から手紙を出しておきましょうか? デリア様の卒業前にあいさつしたいと言えば応じてくれるはずですし」
3人は顔を輝かせてこちらを見た。
「私とアーダ様であいさつに向かおうと思っていたのです。エレオノーラ様の弟なら、私が名前を出せばきっと会ってくださると思いますし。日程が決まりましたらすぐに連絡しますね」
私がそう言うと、3人は安堵したように溜息を吐いたのだった。




