第10話 ヘルムートとメラニー先生
「うおおおおおおお!」
ディース・アンドレア様のメイスの一撃が最後のコボルトにとどめを刺した。
「ディース! いい一撃だった! これでコボルトどもは片付いたはずだ!」
隣にいたエンデル様が、地面にめり込んだメイスを引き抜きながら笑いかけた。
今日は、中位クラスに属するディース・アンドレア様とエンデル・アンドレア様の兄弟とコボルト討伐に来ていたのだ。2人は2歩ほどの大きさの大男で、中央部以外の髪は剃り上げているという奇抜な髪型だが結構頼りになる。髪の色は南の貴族らしく赤いのだが、格好については・・・。うん。あんまり気にしないでおこう。
「魔法による援護も助かりましたぞ! 相手の動きを止める炎! いや素晴らしい! 星持ちと言えば自分で仕留めるのかと思いましたが、まさかあんなふうに魔物の動きを止めるとは!」
「アーダ様も、ありがとうございます! 土の鎖でしっかり足止めしてくれて! 今回も、これで討伐は住みましたな!」
二人は大声で言うと、筋肉を見せびらかすように構えた。なぜか上半身が裸なのだから、ちょっと目のやり場に困ってしまう。
「ま、まあ構えはともかく、今回はよくやった。2人はもとより、アーダ君はいつも通り見事だったし、アメリー君も見事な魔法だった。倒すのではなく足止めに徹したのはいい判断だった」
引率のガスパー先生に言われて照れてしまう。今回使った炎の鞭は敵を拘束するフラ・ベスチで、叔父が得意としていた魔法なのだ。もちろん、叔父ほどうまくは扱えなかったけど、コボルト程度を拘束するのには問題なかったと思う。この魔法、うまくすればオーガでも動きを止められるし。
「今回は、追加の魔物はいないみたいだな。ライノセラス当たりが現れないか、少し警戒していたのだが・・・」
アーダ様が周りを見渡しながらつぶやいた。
「おお! そうか! うちのクラスのパウラが言ってたが、この前の討伐ではビッグバイパーに襲われたそうですな! まあ、こちらを襲ってきてもこの筋肉で返り討ちにしてやったのだが!」
「うむ! 我らアンドレア兄弟に敵はないことを証明できたのにな!」
そして2人は筋肉を見せびらかしながら構えた。
私は彼らから目をそらすように空を見上げた。
雲一つない空を、鳥が気持ちよさそうに飛んでいる。王都ではあまり見ない鳥のようだが、このあたりの固有種だろうか。
「う、うむ。今年の中位クラスは個性的だな。では戻るぞ! 学園に着くまで油断するなよ!」
ガスパー先生の言葉に引き戻され、私は苦笑しながら頷くのだった。
◆◆◆◆
「ふざけるなよ! 貴様ら教員がついていながら怪我をさせるなんて何やってんだよ! これだから下級貴族は! それとも何か!? お前も俺のことを直系でないとかで馬鹿にしてんのか!」
「へ、ヘルムート様! こちらは大丈夫ですから! その、ニナも落ち着いたことですし」
学園に着くなり怒鳴り声とそれを必死でなだめる声が聞こえてきた。私はアーダ様と顔を見合わせると、急いで現場へと向かった。あの声、もしかしたら――。
私が行くと、あのヘルムート様が盾を持った先生を怒鳴りつけているところだった。その後ろで少女が魔法使いの少年――同じクラスのフォルカー様に肩を抱かれている。しゃがみこんでいるのは同じクラスのニナ・シュニー様だ。たしかへリング家の分家で討伐経験がなく、今はヘルムート様たちと組んでいたはずなのだが・・・。
頭に血が上っている様子のヘルムート様は私を見つけると、こちらに指を突き付けながら睨みつけてきた。
「おい! お前! 教師が頼りになるとか助言したようだが全然そんなことなかったぞ! この下級貴族のせいでうちのニナが怪我しちまったじゃねえか! どうしてくれる! これだから東の貴族の言うことはあてにならねえんだ!」
私は気圧されるように一歩下がってしまう。私が余計なことを言ったせいで、ニナ様にけがをさせてしまったのだろうか。
「動くな。下がれ。まだ任務の途中だ。私の生徒に近づくなよ」
いつの間にか、引率のガスパー先生がヘルムート様に槍を突き付けていた。ヘルムート様はぎょっとしたように槍とガスパー先生を交互に睨んでいる。
「何事です!」
割って入るように一人の教師が前に出てきた。歴史学を教えるメラニー先生だ。
「あ・・・。えっと・・・」
私は口ごもってしまう。メラニー先生は西の貴族には甘いという噂がある。事情はよく分からないけど、もしかしたら西の有力貴族であるノード家に忖度してしまうのではないだろうか。
槍を突き付けられて動けなかったはずのヘルムート様が、味方を見つけたように勢いごんだ。
「この教師の怠慢のせいで、うちのクラスのニナが怪我をしたんだ! ったく! 生徒に怪我させるなんて何考えていやがる! その女の助言に従ったせいで、こっちは怪我をするところだったんだぞ!」
ヘルムートは叫び出すが、メラニー先生は彼の足元から頭までを静かに見渡した。そして、うつむいている教師も同じように見回すと、静かな目で私を見た。
「アメリー・ビューロウ。この生徒の言うことは本当? あなたは、教師に戦いを任せるように言ったの?」
「い、いえ! アメリーは不測の事態が起これば教師に相談するように言っただけなんです! 決して、教師に討伐を任せるようなことは言っていない!」
アーダ様が声を張り上げるが、ヘルムート様は怒鳴り返した。
「同じだろうが! お前が余計なことを言ったせいで、クラスメイトが怪我することになったんだぞ! ふざけやがって!」
メラニー先生は溜息を吐くと、静かな声で言葉を発した。
「教師に討伐を任せるのと不測の事態があったときに頼るのでは意味合いが全然違う。いつから、西の貴族はこの程度の違いが分からなくなったのだ」
怒りに体を震わせながら、メラニー先生がヘルムート様を睨んだ。
「お前! 西の貴族のくせにノード家じゃなくそいつをかばうのか! 」
「黙れ!」
メラニー先生が怒鳴り声をあげた。いつもは厳しいけど静かに怒るタイプだと思っていたから、その剣幕に驚いてしまう。私やアーダ様までびくっと驚いてしまった。
「討伐任務は、生徒が自らの力で魔物を討伐できるよ力をつけさせるためのものだ。だから、専任武官や護衛なしに魔物と戦ってもらっている。そんなことも、説明しないとわからないのか」
静かに怒りを見せるメラニー先生に、誰も何も言えなくなった。
「教師であるゲラルトは泥で汚れ、盾には防御の跡が見える。だがお前は? この部隊の守り手であるはずのお前には汚れ一つない。その癒し手が襲われていた時、かばわなければならなかったはずの守り手のお前は、どこで、何をしていた?」
まるで地の底から睨みつけてくるようなメラニー先生に、ヘルムート様は言葉を失ってしまう。
「東の貴族に言われたから何なのだ? それで、守り手が癒し手を守らなくていい理由になると、本当に思っているのか?」
冷たく言い募るメラニー先生に、ヘルムート様は言い訳するように怒鳴り返した。
「俺は、ノード家の伯爵令息だぞ! 西の貴族のお前が・・・」
「私はベーヴェルン侯爵家の出だ。父は現役の当主で、弟は次期侯爵と目されている。伯爵のノードがなんだというのだ」
即座に言い返されて、ヘルムート様は口ごもった。
「学生気分という言葉があるが、お前はそれ以下だな。こんな言い合いに家名を出すなんぞ、どちらが悪いか自分で証明しているようなものだ」
悔しそうなヘルムート様に、メラニー先生は冷たく宣言した。
「先のトラブルを受け、討伐任務は召喚獣で生徒たちの動きを確認することになっている。誰がどんな動きをしたかはすぐにわかる。無論、ゲラルトが拙い仕事をしたのなら罰せられるだろう。だが、私にはお前が貴族という名に胡坐をかいて油断し、さらにその責をゲラルトや星持ちに擦り付けようとしたように見える。もしそうなのなら、わかるな?」
ヘルムート様の顔は真っ青になっていた。
「処分は追って伝える。我々をたばかろうとしたのなら、軽い罪で済むとは思うなよ」




