本当の笑顔の記憶
少女は三度、笑顔を取り戻す。
白さんが出掛けてから小一時間。
探偵事務所に戻ってきたラーナお姉ちゃん、白さん、蒼ちゃん。
そして巫女とその助手と言う紹介を受けた二人の見知らぬ女の人の前で
事の経緯を聞いて、深くため息。
ラーナお姉ちゃんが自分にかけられた呪いに気付いて
それがどんな呪いなのかもなんとなくラーナお姉ちゃんは察していて。
ラーナお姉ちゃんは私達がその一つの嘘を隠していた事を見抜いていた事。
そして、そんなラーナお姉ちゃんにこれ以上隠し事をしたくないと言い出したのは蒼ちゃんだった事。
呪詛返しを行わなくても呪いを解ける可能性がある。
……聞かされた話全部が、本当に嘘みたいで。
「私だけ、置いてけぼりなのです」
蒼ちゃんが余計な事をしていたのも含めて、深くため息を吐いてしまう。
それでも、白さんと真剣に会話をしている巫女、花さんの姿を見れば
それが嘘でも夢でもない事は私だって理解出来た。
「でも、リーノが求め続けた世界。だからきっと、蒼ちゃんは私と一緒に居たんだよ」
本当に。ラーナお姉ちゃんは全部お見通しと言わんばかりに、そう言って私に微笑む。
「花さんじゃ無いっすけど、ボクもラーナさんの意見に同意っす。皆が望んで頑張ってきたからこそ、ここまで来れたんだって思うっす」
助手と名乗ったベルさんも、ラーナお姉ちゃんの言葉に頷きながら、少し苦笑いをして私に語ってくれた。
「まだ全部を思い出した訳では無いけど、リーノには沢山苦労をかけた事くらいは今の私でも解るから……リーノ、本当にありがとう」
ラーナお姉ちゃんは、思い出せない事は少し悲しいみたいで
でもそれを隠すように、私を優しく抱きしめてくれる。
「私、絶対に思い出すよ。失った想い……」
とても優しい声。だけど、強く責任を感じているような、そんな声色で呟いて。
「だから私は言ったんだよ! りーのんの魔法は沢山の奇跡を起こせるって!」
そんな私達の姿を見て、蒼ちゃんは胸を張っていた。
本当は、余計な事をしてくれたと文句の一つや二つを言いたくなるけれど
蒼ちゃんも私の為に、そしてラーナお姉ちゃんの為にやってくれた事だって
そんな事くらいは私でも理解出来るから
今はそんな蒼ちゃんに素直に感謝をする。
「蒼ちゃんだけなのですよ。そんな沢山奇跡を起こせるのは」
少し笑って、ちょっとだけ皮肉っぽく。
そんな私の笑顔を見て、蒼ちゃんが少しキョトンとしていた。
「りーのん、その顔……」
それ以上の言葉を紡ぐのは少し躊躇うように。
だけど、なんだか嬉しそうに。
「リーノが魔法を使えなかったのは、きっとその笑顔が本当のリーノの笑顔だったから」
蒼ちゃんの言葉を代弁するように、白さんが呟いていた。
私自身、決して意識した訳でもない、普段の笑顔のつもりだった。
だけど、ラーナお姉ちゃんも私の表情の違いには気付いたみたいで
「リボンをプレゼントした時、リーノは今みたいに笑ってた筈なのに、私はリーノの笑顔まで忘れちゃってたのかな……」
そう言って、小さく俯いていた。
そんなラーナお姉ちゃんのらしくない姿に、私の方が申し訳無くなってしまう。
ずっと強がっていたせいで、私自身が本当の笑い方を忘れていたんだと気付かされてしまったようで。
「リーノもラーナも、ヴャクトの言葉を忘れてる」
そんな私達のやり取りを見て、白さんが呆れたように。
でも、本当に私達らしいと言ったように小さく呟いて、微笑んでいた。
「誰も悪くない、何も悪くないっ! だったよね!」
そして、白さんの言葉を理解したように蒼ちゃんは笑顔でその言葉を口にする。
過去に何度も何度も言い聞かされた、ヴャクト姉さんのその言葉を。
「……凄いっすね。そんな事を言えるんすか、その人は」
静かにやり取りを見ていたベルさんがそんな蒼ちゃんの言葉に反応していた。
ラーナお姉ちゃんにかけられた呪いの全てを知っているのなら、ヴャクト姉さんの事も知っている筈。
だからなのか、偉く感心したような表情で。
「ボクには、きっとそんな事を言える強さは無いっす」
小さく呟いて、私の頭を軽く撫でた。
「ボクはそこまで優しくなれないし、強くもなれないっす。それでも、リーノさんやラーナさんの為にやれる事はやるつもりっすから」
……彼女が呪術を扱えると言う説明も受けている。
過去に間違った使い方をしてしまった事も。
だからこそなのか、その言葉には強い想いが感じられた。
「えへへ、私の友達は皆強くて優しい人達ばかりだから」
私が何か言葉を返そうとする前に、ラーナお姉ちゃんがベルさんの言葉に返していた。
自慢げに腰に手を当てて。いつもの笑顔で。
そんな仕草と言葉に、私は呆れてしまう。
ラーナお姉ちゃんが居るから。
ラーナお姉ちゃんに助けられ続けているから、私達は集まった。
それを誇っても良いくらいに、ラーナお姉ちゃんは強くて優しい人なのに
自分は未だに弱いと。そんな事を思っているような言い方だったから。
「類は友を呼ぶってヤツっすかね……」
「そんな事より、ベル。キミの呪いの手法を教えて。私は立場上、場合によっては止めないとならないから」
話が進まないと言った風に、花さんが口を挟んだ。
「……え、えっとボクの感情としてはめちゃめちゃ強い呪詛をかけてやりたいんすけど」
「それはだめ」
困ったように笑って返事をするベルさんの言葉に、花さんは一蹴。
「だから、感情論って言ったじゃないっすか。……ボクだって呪詛返しは喰らいたくないっす。白さんと花さんの祀り事に近いその行為をウェルが気付かない程度に抑えるつもりっす」
流石に、その話になると私は会話についていけない。
だけど、何も提案しないと言うのも無責任な気がして一応の疑問は問いかけてみる。
「要するに、白さんと花さんがやろうとしてる事はその、ウェルって人も気付けるような事って意味なのですよね……」
「そうっすね。解呪に近い行為っすから。その手の知識がある人間なら、そういう事が何処かで行われてるって気付いて当たり前って考えが一番っす。
だから、それを悟られないためにボクが軽い呪いをかけて気を引こうって算段っす」
「祀り事が成功すれば、ラーナの記憶は自然と戻る。呪い返しよりも確実に、早く戻って来る。でも、彼がそれで諦めるような人とは思えない。何をしてくるかわからない悪意を持っている人間」
ベルさんと花さんからの返答。
「ベルはウェルの呪いに関する記憶を奪うって話だったけど……それは不可能?」
私が考えるより早く、白さんが口を開いていた。
確かに、その記憶さえ無くなれば花さんの言うような
呪いを解いたあとの問題も殆ど解決する。
「申し訳ないっす。最初に提案した呪詛返しなら、それも可能だったんすけど……依り代をどうこうって話でも無くなってしまったので、それも難しいっすね」
私には良くわからないけれど、ベルさんはそれは不可能になってしまったと言う。
「だ、大丈夫だよ! クランちゃんに夏妃ちゃん、アズマちゃんだって居るんだから! も、もう直接的な暴力なんかに負けないよっ!」
ラーナお姉ちゃんは元気付ける為に言うけれど、その声は何処か怯えているように感じられた。
「直接的な暴力……」
それは凛ちゃんのお陰で無くなったけれど、私に対する嫌がらせや暴力を振るおうとしてきた同級生達を思い出す言葉だった。
凛ちゃんと蒼ちゃん。二人がいたから、私は結果的に傷一つ負わずに済んでいるし
私に向けられたその直接的な暴力を怖いとも感じなかった。
だけど、もしも。
もしも、凛ちゃんや蒼ちゃんがあの場に居なければ。
そう考えると、ラーナお姉ちゃんの気持ちも理解出来る。
それに相手は私に嫌がらせをしてきた人達と違って、暴力に慣れた人間。
「ラーナ、無理しなくていい。私だって雨宮の人間は怖い。それにウェルは少なくとも一人、人を殺めてる」
白さんが、小さく呟くとラーナお姉ちゃんは悲しそうな表情で、ごめんと呟いていた。
「それこそ、クランさんにどうにかしてもらうのも難しいのかな」
「蒼ちゃん、それはクランさんに死んでくださいって言うようなモノなのですよ……」
蒼ちゃんが頼りたくなる気持ちもわかるけれど
それに、頼れば何かしらの策は練ってくれそうな人だけれど
実際に雨宮の地にいるクランさんがあまり目立った動きをしてしまったら
それこそクランさんが危ないから、その案は私が却下する。
……そんな時だった。
事務所の扉を叩く音が響いたのは。
最初は引き返してきたアズマさん達かと思ったけれど
その割には、階段を上るような足音なんて聞こえなくて……
白さんが扉を開くと、そこにはついさっきまで噂をしていたその人の姿。
ただ、その姿はいつもの凛とした、礼儀正しいその人とは違って
そのメイド服は所々破けて、泥も付いていた。
そして、身体中には沢山の擦り傷や打撲のような跡。
「このような姿で申し訳ございません。お話は夏妃様より伺っております」
口調こそいつも通り。でも、その姿に私達は言葉を失っていた。
「呪いの依り代として使われていた樹木を見つけ、生贄とされた彼らの亡骸を掘り返すまでは出来たのですが……」
「く、クランちゃんっ」
片手に持っていた袋をそっと置いて、その言葉を口にしながらふらついたクランさんを慌てて支えたのはラーナお姉ちゃんだった。
「申し訳ありません……ラーナ様のお洋服にまで泥が」
「そ、そんな事いいから! 何があったのか気になるけど、まずは着替えて手当てしなきゃ! えっと、お風呂もあるから! リーノ!」
名前を呼ばれて、慌てて我に返る。
「あ、は、はいっ! えっと、着替えはヴャクト姉さんの服でサイズも問題ないと思うのです……傷の手当てをするにしても、まずはシャワーだけでも浴びて下さい。消毒するにしても汚れを落としてからの方が良いと思うのです」
言いながら、私もクランさんの身体を支える。
「蒼ちゃん、クランさんが持ってきたその……荷物を中に入れて欲しいのです」
流石に中身が動物の骨や死体だとは言いたくなくて、少し言い淀む。
触るのを嫌がるかとも思ったけれど、それどころじゃないのは蒼ちゃんでも察してくれていたみたいで
すぐに袋を拾って机の上に置いてくれた。
「察するに、彼女が雨宮の使いって事っすよね? えっと、雨宮の家からここまでって相当な距離あるっすよね?」
「嬉しい誤算。でも、その代償があの姿」
「クラン、ありがとう。でも、無茶をし過ぎ」
クランさんの行動に、各々三者三様の反応。
驚いたような、嬉しいような、少し悲しいような、そんな感情が込められた言葉にクランさんは少し微笑んでいた。
「一応、大祖母様からの許可は得ておりますので……ですが、雨宮にもう私の居場所は無いと思った方が良いかも知れません……少々事が大きくなってしまいまして」
「その、私達を影から守ってくれてたって人は……えっと……」
おずおずと、蒼ちゃんが言葉を選びながらクランさんに問いかける。
雨宮で、何かが起きた。それだけはクランさんの姿を見るだけでも簡単に想像出来る。
「ご無事な筈としか今は言えません。ですが、あの御方を手に掛けては戸野との試合も流れると。その程度を考える力は雨宮現当主にもあるかと」
「皆、今はクランちゃん休ませてあげよう? びしょ濡れみたいだし、早く着替えないと風邪ひいちゃうよ」
ラーナお姉ちゃんも、クランさんの主が無事かどうかは気になっているみたいだけれど
今はそれ以上にクランさんの方が心配みたいで
ラーナお姉ちゃんのその言葉に、皆は開きかけた口を閉じていた。
「着替えと救急箱は私が用意しておきますので、ラーナお姉ちゃんはシャワー手伝ってあげて下さいです。……その怪我だとまともに身体洗うのもツラいと思うのです」
「うん。ありがとう、リーノ」
「リーノ様、ラーナ様。お手数おかけしてしまい、申し訳ございません」
あくまでも丁寧なクランさんに、気にしないでいいのです。と返し
浴室の方に向かう二人を見送って、私もヴャクト姉さんの服を適当に見繕う事にする。
「ヴャクトさんって、いつもスカートだからそういう服が多いと思ってたよ……」
クローゼットを適当に漁っていると、背後から蒼ちゃんの声。
「あぁ言う性格は昔からなので。元々ヴャクト姉さんは男っぽい格好の方が好きなのです。見た目が良いから勿体無いって私がいくつか選んだだけなのですよ」
ラーナお姉ちゃんとわざと似てる格好をさせているなんて、そんな事は恥ずかしくて言えないから
そんな言葉を返すと蒼ちゃんはクスクスと笑っていた。
「もうすぐ、りーのんの願う世界に行けるから、大丈夫だよっ!」
蒼ちゃんも不安は多い筈なのに。
そんな事を感じさせない声色で、私の想いなんて見通しているような笑顔で。
私の求めるその世界を、一緒に。本気で求めてくれている蒼ちゃんのその優しさに私は言葉が紡げなくなってしまう。
皆が望んでくれたから。皆が手伝ってくれるから。
……だから、私も簡単に決意できる。
「私もラーナお姉ちゃんと同じ血を引いているのです」
脈絡のない私の言葉に、蒼ちゃんは言葉を失っていたけれど構わずに私は続ける。
「笑顔の魔法。私にも使えるって信じますから。蒼ちゃんの言葉」
呪詛返しにしても、祀り事をするにしても。
その魔法で起こせる奇跡があるのなら。
私は迷わない。




