ボディーソニック
ドーガンが目を覚ました時、始めに飛び込んで来たのは栗色の髪の女の心配そうな顔だった。
「ドーガン、大丈夫?」
少し涙目のバニラのアバターが不安げに尋ねた。
「ここは?俺は一体……」
ドーガンはベッドから半身を起こし、周囲を見回した。
客間だろうか、白を基調とした部屋にソファーやテーブル等が置かれている。
王宮に着いたのは昼過ぎだった。
窓から陽の光が差し込んでいる所を見ると、倒れてからそれ程時間は経っていないようだ。
ベッドわきに座っていたバニラが、ドーガンの問い掛けに答える。
「ここは王宮だよ。お店のお兄さんがベッドを手配してくれたんだ。ドーガン、王宮の庭でライフル射撃を見て倒れたんだよ」
「そうだった……何者か知らんが俺達の努力を……」
確かにデュオのやった事は無茶苦茶だが、別にドーガン達が正しい訳でも無い。
勝手に決めた規定を破ったからといって、恨むのは筋違いだがドーガンはそんな事は露程も思っていなかった。
「バニラ、調査は取り止めだ。この国は潰さないとマズイ」
「……潰すって、皆殺しちゃうの?……王宮の人達、ドーガンが倒れた時、皆優しくしてくれたよ……」
「今更何を言っている?お前だってこの星の人間を何人も殺して来ただろ?」
「それはそうなんだけど……」
「とにかく王都を出るぞ。……自爆してもいいが、警戒させたくない。出来る限り穏便に行動しよう」
「……うん」
問答無用で攻撃してきた兵士と違い、平時の人々との触れ合いはバニラの心に迷いを生んだようだ。
しかし、ドーガンはコンテンツの危機を感じ、その事を深く考えず一時の物だろうと切って捨てた。
「ここの住民の言っていた妖精とやらにも出会いたくない。さっさと王宮を出よう」
ドーガンがバニラに話していると、医者らしき初老の男が部屋に入ってきた。
「おお、気が付かれましたか?気分はいかがですか?」
「ええ、おかげさまで……」
「少し失礼しますよ……」
男はドーガンの手を取り、脈を調べ、額に手を当てる。
「ふむ、脈は正常ですな。熱も無し。お嬢さん、もう大丈夫ですよ」
「本当!?……ありがとう!!」
男はバニラにニコニコと頷きを返した。
「ご迷惑おかけしました。……多分、驚きの余り興奮しすぎたのだと思います」
「よく分かります。私も自分が夢でも見ているのではと、頬をつねりたくなりますから」
男がそう言って、目を細めて愉快そうに笑った。
「……それでですね。我々は一刻も早くこの街の事を仲間に知らせたいのですが……」
「仲間?」
「ああ、すいません。私はドガ、この娘はバニー。我々は旅の商人なのです」
初老の男は得心いったと頷いた。
「なるほど、それは確かにお急ぎでしょう」
「はい、きっと大きな商いになる筈です!」
ドーガンは偽名も含め、演技とは思えない程、自然に嬉しそうに笑った。
「分かりました。ミハル様……貴方を運び込んだ方は多分店にいる筈です。お急ぎでしょうが、ご挨拶だけでもしていってもらえますかな?」
「ミハル様?貴族様ですか?」
「あの方はグラバニアの王子様ですよ。信じられないでしょうが」
グラバニアの王子……。
たしかローガが捕獲したと連絡が来ていた筈だ。
王族は得てして能力が高く、コロシアムでは人気のカードだ。
また、気位の高い王族をペットとして服従させたいといった、倒錯した趣味の持ち主もいる。
ローガの事といい、ハーグは完全に落ちたとみて間違いないだろう。
ドーガンは驚いた表情を作り、男に答える。
「王子様が商人の様な事を!?」
「私はそれ程面識は御座いませんが、随分と気さくな方のようですな」
「はぁ……ではそのミハル様にお礼を申し上げて、早速発とうと思います」
「お仕事は大事でしょうが、余り無理はなさらぬよう……そちらのお嬢さんも随分と心配していましたからな」
バニラは自身の取り乱した様子を思い出したのか、頬を染めて俯いた。
医者に礼を言い、王宮を出たドーガン達は人で賑わうテントを覗いた。
客と話していたミハルと目が合うと、彼は客に断りを入れ笑みを浮かべこちらへやって来た。
「もう大丈夫なのかい?」
「はい、ご迷惑をおかけしました」
「急に倒れるからビックリしたよ。そっちのレイディも大泣きしちゃうし……。まあ大事が無くて良かった」
「ありがとう御座います。……実は我々は旅商人なのです。それできちんとしたお礼もせずに心苦しいのですが、一旦仲間にこの街の事知らせる為に国に戻ろうと思います。お礼はその時改めてという事でよろしいでしょうか?」
ミハルは爽やかな笑みを浮かべ、歯を光らせた。
「勿論さ!……だったら、あの車持って行くかい?操作はとても簡単だよ」
「えっ!?いやいや、あのような高価そうな物はとても買えません!!」
「フフッ、僕からのプレゼントだよ。国に帰って存分に宣伝するといい」
「いいの?」
「勿論、その代わり、次に訪ねて来た時はエーテル鋼で沢山買い物をしてくれたまえ」
エーテル鋼。
ドーガンは自分の担当エリアのデータベースで、現地人がそう呼んでいる金属を思い出した。
ベースはプラチナだったが、未知のエネルギーを帯びており、非常に硬かった筈だ。
彼は研究者では無いので、エーテル鋼については軽く報告だけして放置していた。
何しろ、グードではプラチナは随分昔に枯渇し、扱う技術も廃れて久しい。
精々が高価なアクセサリーとして利用されるぐらいだ。
「……分かりました。なるべく多く集めてきます」
「そうしてくれるとデュオ君も喜ぶよ。それじゃレクチャーがてら門まで送ろう」
ミハルは店に戻り、ローガに断りを入れると足取りも軽く車に乗り込んだ。
車の後ろには馬を引いた兵が付き添っている。
ミハルは窓から顔を出し二人に呼び掛けた。
「さあ乗って!」
「……ドーガン」
「ドガと呼べ、せっかくだ。あの車も持ち帰ろう」
「うッ、うん」
ドーガンは迷いなく、バニラは少し戸惑いながら車に乗り込んだ。
二人は東のテンリースの国境からは輸送機を降り、用意した現地の鳥の様な馬に乗って来たので、クッションの効いた快適な車内は正直有難かった。
「どうだい、座り心地が最高だろう?」
「はぁ、凄いですね……」
「ここを押すと音楽も聴けるんだよ」
ミハルは何気なくコンソールのボタンを押した。
車内にデュオが歌う歌が大音量で響き渡る。
「どうだい!?最高だろう!!」
「はがが!?」
「凄い!!体中に音が!?」
「分かるかい!?僕はこの体に響く振動が堪らなく好きでねぇ!!!」
王宮から東の門までニ十分程だったが、ミハルが車を止めて音楽を止めた時にはドーガンは白目をむいていた。
「では、気を付けて行きたまえ」
「はひ、ふぁりがとうごじゃいまふ」
呂律が回りかねているドーガンを、気の毒そうに兵が見る。
その兵が連れた馬に乗り、ミハルは二人にウインクをして颯爽と走り去った。
それを見送り運転席に座ったドーガンは、ぶつぶつと何やら呟いている。
「……凄い音だったね?」
「クソッ、どいつもこいつもふざけた奴ばかりだ。潰す、絶対に潰してやる……」
「……気分転換に音楽でも聴く?」
「それに触れるな!!!」
「うん、分かった……」
少し残念そうなバニラをよそに、ドーガンは王都をどう潰すかを考え始めていた。
その潰されそうな王都、王宮の執務室で、レブルは大臣のヒースに駄々をこねていた。
「絶対にダメ?」
「絶対に駄目です。よいですか、ハシェ様は王族の義務を果たす為、最前線の砦に赴いたのです。陛下も見習って王の義務を果たすべきだとは思いませんか?」
「だって、手紙に書かれていたトールって男が気になるじゃんよ」
「その言葉遣いもおやめ下さい。兵に影響を受けすぎです」
「堅苦しいのは嫌いなのだ。そもそも、我が王家は兵に交じり東奔西走するのが習わしではないか。影響を受けるなというのが無理だ」
ヒースは冷たくレブルを見た。
「……分かった。砦に行くのは止めるとしよう。だがそのトールという男は見定めねばならん」
「……そうですな。ハシェ様の書状から考えますに、野放しにしておくのは危険でしょうな。さりとて書面で確認する限り、何が出来るという訳でも無さそうですが……」
「とにかく、一回話してみよう。王宮に来てくれるよう使いを出せ」
「機嫌を損ねられても困りますな。デュオ殿に何が好きか聞いておきますか?」
「そうだな。……ただ、ハシェに懸想しているようなら、儂キレちゃうかも……」
ヒースはマイナス百度の視線をレブルに向けた。
「……分かった、なるべく我慢する」
「なるべくでは無く、絶対に我慢して下さい。二万の敵を一撃で屠る男ですよ。グラッドス卿の悪夢をこの王都で再現なさりたいのですか?」
「……グラッドスか。懐かしいな」
「私は早く忘れたいですよ。術を向けたのが誰もいない草原だったからよかったものの、あれが街中であったと考えると……」
「ハハッ、あれは流石に死ぬかと思ったな!」
ヒースは本日三度目となる、絶対零度の冷たい視線をレブルに向けた。




