第四話 慶助
「さて、そう時間は残されていないから、さっさと話すがいい」
「何故、そう偉そうなんだ、お前は」
オレの言葉に疲れたような声で慶助が返してくる。
「しかし、ジャストタイミングすぎやしないか。まさか、こんな……」
「ジャストタイミング? 意味がわからない。こちらとしては何度も電話をしていたからな。ようやく繋がって安心した」
慶助は声を落として尋ねてきた。
「それで、あのキャンプ場で一体何が起こったんだ。どうしてみんなが……!」
「オレに聞かれても知らん。わからん」
「――は?」
間抜けな慶助の声に小さく笑ってしまう。
そこでオレは自分の身に起こった出来事を慶助に話してやる。
もちろん、オレの頭に斧が突き刺さったことやオレの頭が魔法陣みたいなものに飾られていたことも話してやる。
全てを聞き終えた慶助はしばらく沈黙したあと、深いため息をつきながら言った。
「……つまり俺も狙われる可能性があると?」
「ああ、だからこうして警告した」
「……たしかに、民俗学サークルのメンバーが、また殺された。だからこそ、俺もただごとでないと思って、こうしてお前に電話をしたんだ。でも、そのお前も何も知らないんだな……」
すごくあっさりした返答にオレは拍子抜けしながら問いかけた。
「少しは突っ込まないのか。たとえばオレの頭のくだりとか」
「幻覚だろう。……そうでないとしたら斧でぶち抜かれて生きているお前が化け物ということになる」
「ああ。お前と同じだな」
「……」
「冗談だ」
「そういうのはやめろ。……どちらにせよ、その程度の怪奇現象など、俺たちにとっては慣れたものだろう。今更どうこういう問題ではない。だが……」
そこで慶助はフゥと息を吐き出しながら続けた。
「起こった現象そのものには全て意味があると考えている。だからこそ、もう少し詳しく聞きたい。本当に、何もわからないのか? お前だからこそ、わかることがあったのではないのか?」
「そういえば一つ話していないことがあったな」
オレは小さく笑いながら言葉を続けた。
「猪生義忠を見たぞ」
「……なんだと?」
「お前が捜してやまないあいつだ。なぜか、あいつがあの場所にいた。意味不明だろう? さすがに怪奇現象にしても趣味が悪すぎる」
「なぜ、それを、もっと早く言わなかった!!!」
急に激昂した慶助に戸惑いながらオレは答えた。
「そう言われてもな。お前がさっき言っただろう。その程度の怪奇現象だと思った。それが理由だ」
「その程度だろうが何だろうが、起こったことには意味がある。そこに義忠が姿を現したことにもだ!」
息を荒げる慶助をオレは冷たくあしらう。
「……そこに話を突っ込むつもりもない。お前がずっと義忠を追い求めていたことも知っているが、付き合うつもりはない。オレはお前に警告したかっただけだ。今回の事件の真相がどこにあれ、次に狙われるのがお前かもしれないと……」
そのとき遠くから子どもの笑い声が聞こえた。
「なんだ……?」
頭を上げて周囲を見渡すと、ぼんやりと朝の白い光のさす中、窓に巨大な黒い物体が貼り付いている。あまりに大きな違和感があるために、自然と受け入れてしまっていた自分に驚く。
あれは何だろうか。そして子どもの笑い声はどこから聞こえてきたのだろうか。
「どうした?」
慶助の怪訝そうな声にオレは眉根を寄せた。
「いや、外に何かが……?」
こんな朝から怪奇現象が起こるのか。いや、あいつらは時間など関係ない。それはわかってはいるが、あまりに現実と乖離されている状況に思考が追いつかない。
瞼をこすって、もう一度確認したところ、その黒い物体はどこにも見当たらなかった。
「……とにかく一度会えないか? このままでは埒があかない」
焦燥感に満ちた慶助の声にオレは首を捻る。
「そう言われてもな。オレに何ができる」
「できるできないじゃない、やれることをやらないか? 義忠のこともあるが、俺にとって、あのサークルメンバーはみんな大事な人たちだった。それなのに、こんなことが起こるなんて。……別に正義感からじゃない、俺は全ての情報を正確に知りたいだけだ」
「いや、ただ単に義忠への手がかりになるから必死になっているだけだろう。綺麗事で自分をごまかすなよ」
う、と慶助の呻く声が聞こえた。
これ以上責めるのも酷だろう。彼は失踪した猪生義忠について誰よりも気にしていた。
そういえば、もう一人失踪した関係者がいた。御子神祥子、たしか呪いの影響でかなり危険な状況にあると聞いていたが。
慶助は彼女についても気にしていた。
「……だが、まあこれも縁だ。別に一度だけなら会ってやっても……ただ、この病院から」
「なら協力しようか?」
そう軽やかに声をかけられてオレは、はっと顔を上げた。
気付けば、少し離れた場所に壁に寄り縋る形で一人の青年がいた。
茶みがかった癖毛のある金髪に、どこか猫のような顔立ちだ。日本人ではない。彫りの深い顔だが、どこか幼さと無邪気さがあるため若く見える。シルバーアクセサリーで飾った仰々しいコートに身を包んだその男は、ひらりと手の平をオレに向けて話しかけてくる。
「――まあ、話をするなら、もう少し周囲を確認してからのほうがいいんじゃないかな」
「お前は誰だ。なぜオレに声をかける」
そうオレが言うと青年はやれやれといった様子で肩をすくめた。
「もう少し君は注目されていることを理解するべきだと思うよ。連日テレビやネットに取り上げられるくらいの、センセーショナルな話題の中心人物なんだからね。そしてそんな僕も、凄惨な殺人事件に興味を持った一人なんだよ」
「……オレに声をかけた理由は何となくわかった。なら、お前がオレの部屋までやって来て、わざわざ週刊誌の記事を扉の下に挟み込んだのか」
そこで彼は少しだけ動きを止めたが、すぐに前髪を払いのけるような仕草をして小さく笑った。
「うん、そうだよ、よくわかったね」
「どうやって、あそこまで……」
「まあ、それはいいとして……」
そこで青年は芝居がかった様で、ぺこりと頭を下げた。
「どうも。ボクはチャーリーといいます。君をこの病院から抜け出す手伝いをしたい」
「……なぜ、そんな?」
「今回の事件、僕は個人的に色々因縁があり、情報を持っている。だからだよ。電話相手も君に伝えたんじゃないかな。君は重要な情報源だって」
「……」
「ああ、それだけじゃ駄目? 納得しない? はは、ゴーストバスター……そういえばわかりやすいかな? 僕の立場」
疑念を向けるオレの視線から彼はふいと視線をそらす。深く息を吐き出しながら腰に手を当てて言葉を続けた。
「君が生き残ったあの事件……それを引き起こした化け物に用事があってね」
なるほど、ある程度の情報を持っているということか。
「まあ、僕の情報を開示するのは君の話を貰ってからね。こういうのは等価交換だよ」
そのとき、窓ガラスからドンと激しい音がした。外から何かが窓ガラスに向かってぶつかってきたようだ。白い粘ついた体液が窓ガラスの外側で飛び散っているようだ。
「コウモリ?」
オレは近づいて確認する。巨大なコウモリが羽を広げてガラスにへばりついている。
「なぜ、こんな朝っぱらから……」
そう呟いたオレの横でチャーリーがフフンと笑う。
「なかなかハードなタイミングでショッキングなアクシデントだけど、こんなのは序の口だろ」
そうしてオレに向き直った。
「君はもっとリスキーな状況なのだから。まあ、今の君にそんな自覚はないようだけどね? だから僕はじっくりと君の立場を時間をかけて教えてあげるから、覚悟するといいよ?」