第34話《本当の名》
なぜこいつらは私に挑んでくる。
なぜこいつらは私に立ち向かう。
なぜこいつらは……最強を目の前にしてもあきらめない。
キル・メーラは千夏の後方、ダーク・ミラーは千夏の前方に立つ。シン・ハザードはその闘う瞬間をただ傍観していた。
「あら?最凶は……一緒に闘わないのかしら?三人で攻めたら私に勝てるかも知れないのに……」
「俺は傍観しとくよ。殺人凶と凶殺レベルの暗殺者がいるんだ。俺まで加わったら確実にお前の敗けだからな」
「変な人……だったら尚更私を倒すチャンスじゃない」
「こいつらはお前が思ってるほど弱くはないと言う事だ。古川千夏、いや、さ迷う亡霊よ。ほら、構えとけよ」
「なかなか……速いわね」
猛烈なスピードでキル・メーラの手刀が後方から迫る。しかし、その最速ですら最強には遅く見えた。油断さえしなければこの程度のスピードなら脅威にはならない。
「反応が早いわね!」
「ふふふ、その技はさっき見たわよ。弱小な殺人凶さん……」
ヒラリと彼女の手刀をかわしてワンピースを揺らす。
「千夏!こっちだ!」
かわした先にはダーク・ミラーが日本刀を構えていた。千夏の足首を狙い筋を断とうとするが……。
「だから……あなたも……遅いのよ」
軽くジャンプをし、日本刀の刃を避ける。
「ち!なんて反射神経なんだ」
舌打ちをしながらダーク・ミラーは素早く距離をとる。
「ダーク・ミラー。あなたに私を殺す覚悟はない……。足首を狙ったのがその証拠。殺す覚悟の者と、倒す覚悟の者とは似てるようで……全く違う」
「俺はお前を解放したいだけだ。身体は古川千夏だが中身は憎しみに呑まれた哀れな少女だろ。早く千夏の身体から出ていけ!」
「私もあなたの過去の惨劇を知っているわ。あなたが憎しみに呑まれたのは同情するけど他人を巻き込み、押し付けるのはただのワガママよ」
ダーク・ミラーとキル・メーラのその言葉を聞いた千夏はフッと笑い二人に笑みを向けて口を開く。
「あなた達……何か勘違いしていないかしら。確かに、私はこの古川千夏という器を奪い彼女と同調している。東の殺人凶であるパパの能力もあってここまで馴染んだけど、それはきっかけに過ぎない。これは彼女が……少しでも私の思いに賛同したからこそ生まれた現実よ……」
「千夏が……いや、嘘をつくな!この偽善者が!」
「そうよ!私は古川千夏の事はよく知らないけど、そんな憎しみの産物を受け入れてしまう少女ではないことくらい分かるわ!」
二人の必死の否定の言葉に最強はさらに話を続ける。
「さっき私の表に出てきて私を邪魔したのはその償いと後悔を悟ったからよ。私は彼女の一部だから……私は彼女の心が理解出来るの」
「それ以上喋るな!哀れな亡霊!」
ダーク・ミラーは日本刀を再び構えて千夏に歩み寄る。
「亡霊……。確かに私は亡霊……。だけど……あなたも似たような者……そうでしょ?ダーク・ミラー」
「なんだと?」
「クスクス、あなた……なぜ名を棄てたの……。偽りの呼び名、それはすなわち生きた亡霊そのもの……本当の名を怖がり、恐れ、逃げている者……貴方に……私を亡霊扱いする資格はないわ」
「ぐ!?」
その言葉に何も言えなかった。彼女の言う事は間違っていなかったから。ダーク・ミラーと言う呼び名は闇の世界に入った時、裏で呼ばれ始めた名である。たった一人の家族を捜すまで闇の呼び名が彼の名であり続けた。
千夏はワンピースを踊らせながらユラリユラリと身体を揺らす。
「もう……話はおしまい。そろそろ私もこの闘いに飽きてきたから……。あなた達二人を倒し、最凶を倒し、私は……突き進む」
揺れる揺れるその身体。
揺らす揺らすこの身体。
水色のワンピースが外の月光を受けひっそりと輝く。その姿はどこか切なく、その姿はどこか寂しい。
―――月の光りに導かれて、彼女は存在を否定する。
―――月の光りに繋がれて、彼女は運命を押し倒す。
―――月の光りに見捨てられた彼女は……なんて美しいのだろう。
そして、身体を揺らして死花を構える最強が……二人に迫る。
「来るわ!ダーク・ミラー、こんな寂しい闘いは終わりにしましょう」
「そうだな。千夏……俺はもう……迷わない!すぐに解放してやる!」
その瞬間、三人が同時に激突して周りに衝撃が走った。
「あはははははは…………私を………私を倒すなんて不可能よ………」
千夏は死花を一振りし、優しく、そして静かにその一撃を振るう。そんな可憐な攻撃だが、その威力は凄まじい。ただの斬撃だが最速にして、最攻。最高にして、最強。近くにいた二人は身体に傷をつけながらあっけなく吹き飛ばされた。
「ぐぅぅぅぅ!?」
「きゃあああ!?」
壁に身体を打ち付け、鈍い音を出しながらを地面へ横たわる。
「寝ている暇はないわ……私はもう……隙をつくらない……」
音歩を使い素早く倒れている二人の前へ姿を現す。
「この至近距離なら外さない。まずはあなたよ」
死花の刃をダーク・ミラーの前で振りかざす。迷いもなく、躊躇もなく、その刃は首筋に襲いかかる。まるで時が止まったかのように全てがスローモーションのような時間だった。 しかし、その命は救われることになる。
「……ぐ……また、……出てきたわね……。あと少しで殺せたのに……また私の邪魔をするのか……」
その最強の刃が首筋に当たる瞬間、千夏の動きがピタリと止まった。死花が手から滑り落ちて地面に落ちる。裏の心に潜んでいた千夏が再び彼女の行動を邪魔してきた。そんなチャンスを逃すまいとキル・メーラは素早く立ち上がり、死花をその場から蹴り飛ばして千夏の身体を後ろから押さえつけた。
「くそ、くそ、くそ、くそ、くそ!くそおおおおおおお!なぜ……なぜ邪魔をする!なぜ私を酷く拒む!お前は私と考えが一緒のはずだ!ちくしょう!ちくしょう!」
「私がこの亡霊を押さえつけてる間に早く殺りなさい!もう、古川千夏を殺すしか手はないのよ!」
「私から離れろ!こいつの邪魔さえなければ私はお前らをすでに殺していたのに……」
ダーク・ミラーは数秒目を閉じた。一瞬の暗闇、一瞬の刻、しかし、その時間は果てしなく長い時間のように感じてしまう。覚悟が揺れてしまう。大切な者をやはり殺すことは出来ない。汗が滲み、体が拒んでしまう。
「弱者が!私に触れるなああああ!」
千夏はキル・メーラの髪を掴み、地面へ叩きつける。倒れた彼女を足で踏みつけ頭を潰そうとする。
「はあ、はあ、はあ、ようやく引っ込んだか……。ふふふ、残念だったわね。私を倒せる唯一のチャンスだったのに……。ダーク・ミラー、お礼にあなたは後で殺してあげる。今は私を押さえつけていたこの殺人凶に苦痛を与えてあげる」
ミシミシと足に力を入れながら彼女の頭に激痛を与える。
「あああああああああああ!」
「もっと悲鳴を……もっと苦痛を……もっと絶望しなさい!私を怒らせたらどうなるか!もっと……叫べ!」
―――
――
―
俺は何をやっているんだ。目の前で悲鳴をあげて叫ぶ彼女を俺はただ見ているしか出来なかった。
なぜ、体が動かない。
なぜ、助けることが出来ない。
なんで……俺は覚悟がないのだろう。
また、消えてしまうのが怖い。
また、居なくなるのが怖い。
俺は……俺は……やっぱり……お前を殺せないよ……。
だって、お前は俺の心の闇を溶かしてくれたから。
だって、お前は俺に笑顔を取り戻してくれたから。
だから…………………………………俺は…………………………………ごめんな…………………………………
「え?」
そんな疑問の声をもらす千夏。いきなり体の力が抜け、両膝を地面にガクンとつける。
「ごめんな、千夏」
目の前には死花を振りおろし涙を流しているダーク・ミラーの姿があった。体から赤い鮮血が吹き出す。生暖かい液体が最強を包みこんだ。
「ゴポ……なぜ……なぜ……お前に私は……私を殺す覚悟は……ゲホゲホ……出来ていなかったはず……」
最強の誤算だった。まさか、彼が私を斬るなんて………。なぜ?先程まで私を殺す覚悟が無かった者が……。
口から、体から血が溢れる。血溜まりが彼女の生気を奪っていく。
また、私は……終わるのか……。
また、私は……棄てられるのか……。
また、私は……死ぬのか……。
死花を地面へ投げ棄て、ダーク・ミラーが千夏に歩み寄る。
「俺はお前の鎌を手に持った時、理解した」
「ゲホゲホ……な……に……」
「この武器は本来、生きる者を斬る武器ではない。死んでいる者を斬る武器だと……。手で掴んだ瞬間、この武器の悲惨な運命と真実が頭に流れこんできた。まるで意思を持ってるかのように俺に語ってくれたよ、普通の武器ではお前を殺せないということ、殺せたとしてもその器だけだと。最強の者を倒すには……最強の武器を……。だが……結局、俺は古川千夏を手にかけた。その事実に変わりはない」
「はあ、はあ、はあ………そうよ………。はあ、はあ、はあ、死花が私を裏切ったのかしら………。まさか……最強の私が……ここで終わるなんて……でも………このままだと………古川千夏の体が死ぬ事になる事実に変わりはないわ………。ふふ、この娘も……道ずれね……ぐぅぅぅぅ…………」
ばたりと血溜まりの上へ倒れる千夏。水色のワンピースが徐々に赤く染まる。暗く濁った目からは視界が薄れてゆく。その姿をダーク・ミラーは悲しく見つめていた。その時、千夏の口が微かに開き小声で囁いた。
「お……おに……おにいちゃん……」
その千夏の声を聞いたダーク・ミラーはすぐに彼女を抱きかかえた。
「千夏……俺だ!戻ったんだな……」
「ごめんね……私……おにいちゃんを……傷つけちゃった……」
「なんでお前が謝ってるんだ。千夏、お前は何も悪くないんだ。だから……だから謝るなよ」
「おにいちゃん……泣いてる………駄目だよ……私なんかで……泣いたら……私は今……救われたんだよ……」
千夏の体が冷たくなっていく。
千夏の意識が静かに揺らいでいく。
お前が……ゆっくりと消えていく。
ダーク・ミラーは千夏を抱きしめ、そして………………大声で叫び泣いてしまった。
―――
――
―
こんなにも涙を流したのは、こんなにも胸が張り裂けたのは、いつ以来だろう。心が痛い、胸が苦しい、本当に自分自身が嫌になってしまう。
俺は千夏と出会って本当に……救われていたんだ。やっぱりお前を死なせたくないよ。だって、お前に逢ってこんなにも俺は……変われたのだから。
「ああ……おにいちゃんの匂い……」
そんな千夏にダーク・ミラーは涙を拭き、静かに口を開いた。
「千夏……俺の本当の名は内田誠。お前のおかげで俺はまた、この名を言えた。俺の名を呼んでくれるか……」
「うん……私が大好きな誠お兄ちゃん ……私を救った誠お兄ちゃん……ああ、私は……やっぱり……し……あわ……せ……」
そよ風が吹き、星の光が二人を照らす。そして千夏は満足そうに笑い、静かに目を閉じた。




