第10話《影の最凶者》
その男は微笑んでいた。一人の暗殺者を見下しながら。
場所は地下の水路。独特の嫌な匂いが二人の鼻を刺激する。
「う~ん、臭い臭い。早く死んでくれ」
「リリーブラッド。なぜ俺を狙う」
リリーブラッドはサーベルをハンカチで拭きながら嫌そうに答える。
「内田麻衣、彼女が逃亡した。その罰だよ。ちょっと私が日本から離れていたらこれだ。君に任せた私がバカだった」
影のように全身が黒いこの男の階級は《凶殺レベル》。コードネームはシャドーという。
「ふん!リリーブラッドよ。俺の実力くらい知っているはずだ。俺を襲った事、後悔しろ」
シャドーは短剣を二つ取り出し身構える 。そしてブツブツと何かを言い始める。
「影を一つ、短剣を拒絶に。影を一つ、短剣を絶望に」
シャドーは両方の短剣を同時に投げはじめる。
リリーブラッドはサーベルを使い短剣を振り払おうとするが…
「短剣に影がない!」
そう言うとリリーブラッドは瞬時に後ろを振り向いた。
影がないという事。それはすなわち偽物。影無き存在をシャドーは生み出す事が出来る。シャドー本人も全身真っ黒のマントで身体を隠している。
そして、リリーブラッドは的確にその技を見極め飛んでくる短剣に対応した。
《ガキィーン!》
シャドーの短剣を弾く。
だが短剣に気を取られていたリリーブラッドの後ろにはすでにシャードーが二つのククリ刀を持ち身構えていた。
「死ね、リリーブラッド」
振りかざしたククリ刀がリリーブラッドの左肩から下を見事に裂いて見せた。
「ち!しくじった」
もう存在しない左腕を右手でおさえながらリリーブラッドは後ろに下がり距離をおく。
シャードーはククリ刀を回しながらリリーブラッドに歩み寄る。
その殺気はさすが凶殺レベル!普通の暗殺者とは実力が違いすぎる強さ。
だがシャードーは思った。リリーブラッドの強さがこの程度のはずがないと。
「どうした、リリーブラッド。まさか貴様の力とはこんなものか」
その問いに無言の笑みをシャドーに向ける。
「…そうか、残念だ。元仲間だったお前を殺す事になるとはな。リリーブラッドよ、俺を狙った事後悔しろよ」
「さすがですね、シャドーよ。この私がここまで追い込まれるなんて。そんなあなたがなぜ内田麻衣を取り逃がしたんですか?あの少女はこれから始まる殺人凶と暗殺者との戦争の鍵となる存在なのに」
その言葉を聞いたシャドーは静かに口を開く。
「取り逃がしたんじゃない。俺が逃がしたんだ」
薄々感ずいてはいたのだろう。リリーブラッドは上を見上げながら溜め息を吐き捨てる。
「あの暗黒の影の暗殺者ともあろう者が少女に情でも移ったのですか?あなたは凶殺の暗殺者の中では《最凶》と言われたほどの人間です。たった5人しいない最高の実力者」
《最凶》とは凶殺レベルとして、いや暗殺者として最高位の証。その実力は並の凶殺レベルの力では勝つ事は困難に値する。
「情か……確かに俺の中の何かがあの少女を助けたいと思ったのかも知れない。なぁ、リリーブラッドよ。貴様は何を望む」
「ふふふ、光を闇に、生を死に変える…かな」
その言葉を聞いたシャドーは再びククリ刀を構えながら呟いた。
「あの頃はよかったな」
「もう昔の話ですよ。そうでしょシャドー」
身構える二人。その威圧感は尋常ではない。足元を見るとネズミ達が怯えながらその場所から去っていく。
先に動いたのはシャドーだった。
「刀剣を西に、刀剣を東に、刀剣を南に、刀剣を北に……終わりだ!《影の支配者》」
シャドーの周りから黒い短剣の影が続々と姿を現す。そして影の短剣はリリーブラッドに向けて複数放たれる。
「影の支配者を使うなんて…本気ですねシャドー」
リリーブラッドは死歩を使いながらギリギリの所で暗黒の短剣をかわしていく。
「逃がさん」
シャドーはククリ刀をマントの中にしまって今度は漆黒の細いワイヤーを取り出す。
「ワイヤー?シャドー、あなたはワイヤーの暗殺術も修得していたのですね」
影の支配者の攻撃により、リリーブラッドの身体は一つ…また一つ傷が増えていく。左腕が無くなったのが戦闘に響いていると思われる。
「義手だったとはいえ左腕がないとハンデが大きいですね」
シャドーは漆黒のワイヤーをこの戦闘空間全体に張り巡らす。
「俺がワイヤーの暗殺術を使うのがそんなに不思議か?まぁ、貴様には見せた事がなかったからな。知らんと思うが俺の一番好きな暗殺術はこのワイヤーでの戦闘だ。おかげで俺の弟子が一人、この技術を憶え一人の立派な暗殺者となった」
「ほー、なるほど。まさかその弟子というのは」
「そうだ。俺と同じ凶殺レベルにして5人の中の一人である最凶の暗殺者、《シン・ハザード》のパートナーだ。そいつが俺の元、弟子だ。まだ階級は富凶レベルだがすぐ凶殺レベルになれる素質を持っている」
シャドーはワイヤーを操り蜘蛛の形にしていく。まるで本当に生きているような漆黒の蜘蛛。そしてシャドーの周辺には影の支配者で造り出された黒い短剣が出てくる。周りはワイヤーが張り巡らされているので死歩での移動が困難である。
だがこの危機的状況を見てもリリーブラッドはいたって冷静でいた。
「さすが最凶にして最高の暗殺者。私もそろそろ本気でいきますよ」
リリーブラッドはサーベルを握り…
「後悔しなさい!漆黒の影」
「後悔しろ!リリーブラッド」