ある小獅子の話
世界大戦が一体なんだったのか。
結局の所、本当にわかっている奴はいなかった。
何かがおかしい――ある歴史学者の呟きが燎原の火になったのは、戦後復興が開始されて3年後だった。
衣食足りて栄辱を知る。それはあるいは、人々に振り返る余裕ができ始めた証拠なのかもしれない。
大戦の発端、それは大陸の西にあるテンペストが隣のトロイメライに攻め込んだ事に起因する。
片や各国の援助を受けなければ立ち行かなかった西の子猫、片や魔法大国としてこの世の春を謳っていた北の牝鹿。援助でポコポコと魔光塔を建てた後、援助の代価として真面目に飛行船を輸出していた子猫が、実は成長を待っているライオンだと誰も気付かなかったのも無理はない――ライオンが突如牝鹿に牙を突き立てた事に驚いたのは誰よりも自国の国民に違いない。
半分だ。世界を縮める希望であるはずの飛行船は、たちまち世界の半分を一つにまとめる絶望と化した。その疾風怒濤ぶりたるや、宣戦布告の前にトロイメライの大会議にテンペスト軍が乱入したと言えばわかるだろう。
おかしい事その1。
面積で言えば10対1。首都を落としたぐらいで一族郎党まとめて首を差し出すほどトロイメライは小さくない。そして各地の要所を一気に抑えるような兵力がテンペストにあるはずがない。
普通は。
彼の国は兵力を武力で補った。聞いて驚け、キルレシオは戦闘ヘリも驚く百対一。平和で緩みきっていたとは言え、制式の魔導装備で固めた大国の兵士千人が、軍団と言うのもおこがましい小隊に制圧された事になる。そんな技術が大国にあればとっくに世界は統一されている。小さな国の獅子王は悪魔に魂でも売ったのだろうか。
世界大戦に勝者はいない。
大陸の残り半分が明日は我が身と右往左往し、大陸以外の世界が異変に気付いて慌て出した頃。
クーデターが起こった。獅子王を弑し奉ったのは僅か十六歳の少年だった。
ただの十六ではない。獅子王が后を亡くした日に、城門の前で獅子王が拾った赤子だ。赤子が頂点である皇帝騎士を頂いたのが弱冠十五。ついに二人目の妻を娶る事なかった獅子王の心中は明白である。
世界大戦の尖兵、そして何よりも次期皇帝として働いていた小獅子が、数ヶ月の失踪を経て突如親に牙を剥いた因果は誰にもわからない――尻穴を掘られた恨みだという下世話な噂をばらまいた奴もいる。それぐらいの陰があってもおかしくないほど、小獅子は誰から見ても完璧だった。
しかしわかっている事として――完璧な小獅子は世界の半分に広がったテンペストを掌握した。
小さな本国に引っ込んだテンペストは侵略以上の速度で矛を納めた。僅か半年で大陸の半分を制圧したテンペストが、突如牙を収め終わったのは更に半分の三ヶ月。
大地を枯らしながら魔力を絞り上げられた諸国は、開放された事を喜んだ。賠償を求めようとする度胸のある奴は一人もいなかった。
しかし事態は想像の斜め上を行く。大地を枯らして作り上げた飛行船の軍団を、小獅子は戦後復興に使ったのである。その力と誠意をどの国よりもまずトロイメライが認め、収束した世界は小獅子を英雄と認めた。
その2。
古今東西。クーデターとは、飽食した猛獣ではなく、腐ったパンダを内から食い破るものだと相場が決まっている。
しかし半年間の悪夢がまだ色濃い世界にとって、獅子王を腐ったパンダと評する者はたちまち村八分にされる。小獅子が姿を消した三ヶ月に何があったのか。何故目の前にぶら下がっていた王位ではなく、ぶら下げていた親を食い殺したか。そもそもその親が食い殺されるようなタマだったのか。そのまま行けば世界が手に入ったかもしれないのに、何故手放して世界の片隅に引っ込んだのか。謎はてんこ盛りだが聞いてみようと思う馬鹿は誰もいない。
誰が好き好んで獅子の口に手を突っ込むのだ。
二十にも満たない青年は、今、世界の頂点にいた。
その3。
それでも世界の中心は、新たな獅子王ではなかった。
皆が知らない、誰に聞いていいのかわからない世界の裏。
謎を追って行こう。