第4話:記憶の晩餐と毒の精製
契約の言葉が屋根裏の沈黙に溶け込んだ瞬間、ゼパルの唇がリリアーナの額に触れた。
氷のような冷たさと、心臓を焦がすような熱狂が同時に彼女の脳を貫く。
リリアーナの視界の端から、色鮮やかだったはずの過去が黒い煙となって溢れ出した。
それは、五年間彼女の命を繋ぎ止めていたはずの愛の残滓だった。
アリステアに初めて微笑みかけられた日の午後の光。
彼の熱を吸い取り、代わりに自分が震えた冬の夜。
自分の爪が割れ、髪が抜けていくたびに、彼が「太陽」に近づくのを誇りに思っていた愚かな献身。
それらすべてが、執着という名の鎖となって彼女を縛り付けていた記憶だ。
ゼパルはそれらを一本の糸も残さず、喉を鳴らして吸い込んでいく。
彼女の脳内から、鋭利な刃物が抜けていくような、痛みを伴う解放感。
あぁ、美味だ。
この裏切りのスパイスが効いた絶望こそ、至高。
ゼパルは彼女の絶望を口の中でねっとりと咀嚼し、その人外の歓喜に身を震わせた。
彼が愉悦を深めるほどに、リリアーナの心は白く、空っぽに、そして凪いでいく。
変化は、彼女の体内から始まった。
五年の歳月をかけて彼女の細胞を蝕み、肌を土色に染め上げていたアリステアの猛毒。
それがゼパルの魔力という触媒を得て、猛烈な勢いで「純粋な力」へと精製され始めた。
澱んでいた血が清流のように澄み渡り、欠けていた生命力が急速に補填されていく。
真っ黒だったリリアーナの髪が、毛先から順に、月の雫を溶かし込んだような銀色へと変貌していく。
カサカサに乾いていた肌は、内側から発光する真珠のような瑞々しさを取り戻した。
毒が力へと書き換えられるたびに、彼女の輪郭は神々しいまでの美しさを帯びていく。
かつては毒を溜め込むための醜い器だった彼女の体は、今や比類なき魔力を湛えた泉へと作り替えられた。
やがて、すべての煙がゼパルの胃に収まった。
ゼパルはリリアーナを抱きしめたまま、満足げな溜息を吐く。
彼女の記憶という重荷は消え去り、そこにはただ、新雪のように無垢で、冷徹なまでの美を纏った一人の女が横たわっていた。
この世で最も尊い、私のための花嫁。
ゼパルは彼女の銀の髪に指を絡め、狂おしい独占欲を瞳に宿して微笑んだ。
夜が明ける。
リリアーナとしての死が終わり、銀髪の魔女としての生が始まろうとしていた。
彼女の目蓋が震え、その下に隠された紫水晶の瞳がゆっくりと開かれる。
そこには、自分を傷つけた世界への恨みも、愛した男への未練も、もはや一滴すら残っていなかった。










