第22話:絶望の副産物
断絶の間の暗闇で、アリステアは血の混じった涙を流し続けていた。
鏡の向こうでは、ゼパルがリリアーナの細い指先に、見たこともないほど深く、鮮やかな紫色の輝きを放つ大粒の宝石を嵌めている。
その宝石が、鏡のこちら側でアリステアが喉を掻きむしり、絶望を叫ぶたびに、より一層怪しく光り輝くことに彼は気づいてしまった。
ゼパルが仕掛けた魔法の鏡は、単なる観測装置ではない。
それは、アリステアという燃料から溢れ出す負の感情を純粋な魔力へと変換し、物質化させる精製炉でもあった。
アリステアが過去を悔やみ、リリアーナの今の笑顔に絶望するたび、その情念は紫色の魔力結晶となって鏡の表面に滴り落ちる。
「見てごらん、リリアーナ。この石は、お前のために特別に用意させたものだ。他者の強い想いが結晶化した、世界で唯一の輝きだよ」
ゼパルは鏡の向こう側で、アリステアと視線を合わせながら、わざとらしくその宝石に唇を寄せた。
リリアーナは、その紫の輝きを瞳に映し、うっとりと頬を染める。
「まあ……なんて深い色かしら。吸い込まれてしまいそうなほど、悲しくて、でも温かい輝きを感じますわ」
悲しいはずだ。
それは、アリステアの魂が削り取られた残滓なのだから。
温かいはずだ。
それは、かつて彼女を部品として使い潰した男が、今、自分自身の全存在を賭けて捧げさせられている償いの熱量なのだから。
アリステアは鏡を殴りつけた。
やめろ、リリアーナ。その石を捨ててくれ。
それは僕の涙だ。僕の、終わることのない苦痛そのものなんだ。
だが、叫びは届かない。
リリアーナはその宝石を愛おしそうに撫で、ゼパルの胸に甘えるように寄り添った。
「ゼパル様、この石を使ったお菓子もいただけると伺いましたわ」
「あぁ。職人に命じて、この結晶を粉末にして甘味料に混ぜさせてある。お前の大好きな、魔界の果実のタルトに振りかけよう」
ゼパルが合図を送ると、銀のトレイに乗った美しいタルトが運ばれてくる。
リリアーナは、アリステアの絶望が変化した紫の粉がふりかけられた菓子を、小さく、優雅に口に運んだ。
「……ふふ、とても甘いですわ。少しだけ、胸の奥が締め付けられるような、不思議な甘み」
幸せそうに微笑むリリアーナの唇を、紫の粉が彩る。
アリステアは、その光景に嘔吐感を覚えた。
自分が彼女に強いた五年間。
彼女の命を吸い取って輝いていた自分。
今は、自分の絶望が、彼女の血肉となり、彼女の美しさを維持するための糧となっている。
彼女は自分の名前も、自分の犯した罪も知らないまま、自分の苦痛を甘美なものとして享受している。
アリステアの涙は止まらない。
そして彼が泣けば泣くほど、リリアーナのドレスを飾る結晶は増え、彼女の肌はさらに瑞々しく発光していく。
彼女を救うためのエネルギーが、自分を永遠に焼き続ける地獄の火であるという事実。
アリステアは、自分という存在が文字通りリリアーナの幸福のための副産物へと成り下がったことを、魂の深淵で理解させられていた。










