第19話:玉座の間の処刑
重厚な黒檀の扉が、アリステアの震える手によって押し開かれた。
そこには、人間界のどんな宮殿をも凌駕する、静謐で圧倒的な美を湛えた玉座の間が広がっていた。
冷たい大理石の床を、アリステアは這うように進む。
鎧は砕け、かつての太陽の王子の面影はない。
右顔面からは腐敗した膿が滴り、引き連れてきた騎士たちの返り血と泥にまみれた姿は、まさに地獄から這い出してきた亡者のようだった。
「リリアーナ……リリアーナ、助けてくれ……っ!」
玉座の間に、アリステアの絶叫が響き渡る。
視界の先、一段高い玉座には、漆黒の衣を纏ったゼパルがゆったりと腰掛けていた。
そしてその膝の上には、この世の光をすべて集めたかのように輝く、銀髪のリリアーナがいた。
彼女はゼパルの胸に背を預け、まるで喉を鳴らす猫のように、幸せそうに目を細めている。
アリステアは、その眩しさに目を焼きながらも、必死に手を伸ばした。
「リリアーナ、僕だ! 迎えに来たんだ! ああ、君がいないと僕は……僕の体はもう限界なんだ! 昔のように僕を抱きしめて、この毒を吸い取ってくれ! 君がいれば、僕はまた太陽になれるんだ!」
それは、愛の告白ですらなく、ただの「機能」の要求だった。
死の恐怖に支配された男の、身勝手な生存本能。
だが、その叫びを聞いたリリアーナは、かつての献身的な彼女なら見せたであろう涙も、慈悲も、見せることはなかった。
リリアーナは、自分に縋り付こうとする泥まみれの怪物を、ひどく不快そうに一瞥した。
そして、アリステアの手が彼女のドレスの裾に触れる寸前、彼女は嫌悪感に顔を歪めてゼパルの胸に顔を埋めた。
「ゼパル様、この卑しい生き物を早くどこかへ捨ててくださらない?」
その声は、かつて夜会の雨の中で、アリステアが彼女に向けたものと全く同じ、氷のような冷たさを帯びていた。
「私に馴れ馴れしく触れようとするなんて、吐き気がしますわ。その汚らしい手も、鼻を突く不潔な匂いも……すべてが耐え難いのです。早く、私の視界から消して」
アリステアの時が、止まった。
今、彼女は何と言った。
卑しい生き物。
吐き気がする。
視界から消して。
それはすべて、彼がリリアーナに浴びせ続けてきた毒の言葉だった。
その言葉が今、かつてないほどの美貌と魔力を手に入れた「自分を忘れた女」から、無自覚な刃となって自分を貫いている。
「あ、ああ……リリアーナ……君は、僕を……」
「貴方のことなど存じ上げませんわ。不作法な害虫と同じです」
リリアーナは一度もアリステアと目を合わせることなく、ゼパルの首に腕を回して甘えた。
「ゼパル様、せっかくの午後の安らぎが台無しです。この方を片付けてくださるなら、今夜は貴方の好きな果実を用意させますわ」
ゼパルは勝ち誇ったようにアリステアを見下ろし、その細い喉を鳴らして笑った。
「聞いたか、王子。お前はもう、彼女にとって不快なゴミでしかないのだよ」
アリステアの精神は、そこで音を立てて砕け散った。
──絶望
自らが種を撒き、リリアーナに育てさせた絶望が、今、完熟した果実となって彼自身を飲み込もうとしていた。










