第17話:悪魔の庭の観劇会
魔界の空は、今日もどこまでも深く、美しい紫色に染まっていた。
ゼパルの城の最上階に位置する白亜のバルコニーでは、心地よい微風がリリアーナの銀髪を優しく揺らしている。
テーブルの上には、精緻な彫金が施された銀のティーセットが並び、最高級の茶葉が放つ芳醇な香りが、テラスの空気を甘く満たしていた。
「リリアーナ、お代わりはいかがかな。今日は人間界の東の果てでしか採れない、貴重な新芽を煎じさせてみたのだが」
ゼパルは至極まっとうな執事のような手つきで、陶器のカップに黄金色の液体を注いだ。
その琥珀色の瞳は、リリアーナの小さな一挙手一投足を、宝物を愛でるような狂おしい熱量で見つめている。
「ありがとうございます、ゼパル様。とても素晴らしい香りだわ。……でも、あちらの煙は何かしら?」
リリアーナが白い指先で指し示した先。
城の防壁のはるか彼方、人間界との境界線付近で、どす黒い砂埃が舞い上がっていた。
それは、アリステア率いる王室騎士団が、重い鎧を鳴らしてこちらへ侵攻してくる合図だった。
リリアーナの視力ではまだ個々の兵士の姿は見えないが、死の予感に震える馬の嘶きが、かすかに風に乗って届いてくる。
ゼパルはリリアーナの背後に立ち、その細い肩を愛おしそうに抱き寄せた。
「あぁ、あれか。リリアーナ、見てごらん。愚かな人間たちが、自分たちの分際もわきまえずに、私の宝物を奪おうと足掻いているのだよ」
ゼパルの声には、怒りさえなかった。
ただ、子供が蟻の巣を観察する時のような、無機質で残酷な好奇心だけが滲んでいる。
リリアーナは、運ばれてきた焼き菓子を小さく口に運びながら、遠くの砂埃をじっと見つめた。
かつて、その騎士団の中に、自分に石を投げた者がいた。
自分の衰えた姿を見て、「アドラー家の恥晒し」と嘲笑った男たちがいた。
だが、今の彼女にとって、それは自分とは無関係な「歴史書の向こう側の出来事」ですらなくなっている。
「宝物を奪う……? 私のことかしら。でも、私はずっとここにいるのに」
リリアーナは、首を傾げて不思議そうに呟いた。
彼女の紫水晶の瞳は、進軍してくる軍勢を、まるで庭の隅を這い回る虫の行進を見るような、無邪気で冷淡な光で捉えている。
「あの方たちは、どうしてあんなに必死に壊れようとしているのかしら。放っておけば、すぐに砂になって消えてしまうほど、小さくて脆い存在なのに」
彼女の言葉は、悪意がないゆえに、この世の何よりも鋭い刃となって空気を切り裂いた。
自分のために命を懸けていると信じ込んでいる騎士たちへの、これ以上ない冷酷な死刑宣告。
記憶を失ったリリアーナにとって、自分を救いに来るという軍隊は、平穏なティータイムを邪魔する「不快なノイズ」でしかなかった。
「その通りだ。彼らは壊れるためにやってくるのだよ、リリアーナ。お前のための、ささやかな供物としてね」
ゼパルは満足げに目を細め、リリアーナの耳元に唇を寄せた。
「さあ、観劇を続けよう。もう少し近づけば、彼らが自分の内側に抱えた『罪』に食い破られる、最高に美しい断末魔が聞こえてくるはずだ」
リリアーナは微笑み、再び温かい紅茶に口をつけた。
遠くで響く軍靴の音は、彼女にとって、ただの退屈な余興の始まりに過ぎなかった。










