第15話:再会という名の絶望
魔界の夜は、人間界のそれとは異なり、紫色の月が毒々しくも美しい光を放っていた。
ゼパルの城、その大広間は、水晶のシャンデリアが放つ魔力光によって、昼間よりも眩く照らし出されている。
そこに集うのは、優雅な羽を持つ悪魔や、闇に堕ちた高位貴族たち。
その豪華絢爛な空間に、場違いな腐臭を漂わせた一人の男が足を踏み入れました。
アリステアは、自らの痣を隠すために仮面をつけ、異臭を消すために浴びるほどの香水を振りかけていた。
だが、その努力も虚しく、彼が歩くたびに周囲の貴族たちは扇で鼻を覆い、露骨に顔を顰めて避けていく。
アリステアはそんな視線に気づかないふりをして、広場の中心、一段高い玉座の横に立つ「彼女」を探した。
そして、彼は息を呑んだ。
そこにいたのは、雨の夜に捨てたあの衰えた女ではなかった。
月の光をそのまま紡ぎ出したような、輝く銀髪。
内側から真珠のような光を放つ、瑞々しく白い肌。
そして、かつては自分への献身で濁っていたはずの瞳が、今は紫水晶のように澄み渡り、ゼパルを見上げて幸せそうに細められている。
「……リリアーナ」
アリステアの喉から、掠れた声が漏れた。
彼女は生きている。
それどころか、自分から奪い取った魔力で、以前よりも遥かに神々しく、手の届かない存在として君臨している。
彼の中で、醜い独占欲と、自分を救ってほしいという浅ましい渇望が爆発した。
アリステアは周囲の視線も構わず、ドレスの裾を翻して笑う彼女の元へ駆け寄った。
そして、その足元に、自尊心もかなぐり捨てて膝をついた。
「リリアーナ! ああ、リリアーナ、君なのか……!」
アリステアは、彼女の靴の先に額を擦り付けるようにして叫んだ。
香水の匂いと混ざり合った強烈な死臭が、リリアーナの周囲に立ち込める。
「すまなかった、リリアーナ。僕が間違っていたんだ。君の価値を理解していなかった僕を許してくれ。さあ、一緒に帰ろう。君こそが僕の真の王妃だ、僕を……僕を元の姿に戻してくれ!」
必死の、そして身勝手極まりない謝罪。
アリステアは、彼女が泣いて自分を許し、再びその身を削って毒を吸い取ってくれると信じて疑わなかった。
だが、返ってきたのは、彼が想像していたどんな言葉よりも残酷な一言だった。
リリアーナは、自らの足元に縋り付く「何か」を、不思議そうに見つめた。
彼女の瞳には、かつての愛も、自分を捨てた男への恨みも、一滴すら宿っていない。
ただ、見知らぬ泥棒か、迷い込んだ野良犬でも見るような、純粋な戸惑いだけがあった。
「……ゼパル様、この無礼な方はどなたかしら?」
鈴を転がすような清らかな声が、アリステアの心臓を直接凍りつかせた。
リリアーナは、ゼパルの腕の中にそっと身を寄せ、アリステアから顔を背けるようにして眉をひそめた。
「私を誰かと間違えているようですし……何より、漂ってくる匂いがとても不快ですわ。不浄なものが混ざり合ったような、ひどい臭い。早く、あちらへやってくださいな」
アリステアの思考が停止した。
怒りではない。嫌悪ですらない。
彼女は、自分を「知らない他人」として認識し、かつての太陽の王子を、ただの「臭う不審者」として処理したのだ。
「聞こえたか、王子」
ゼパルがアリステアを見下ろし、獲物をなぶるような冷酷な笑みを浮かべた。
「私の婚約者が、お前を不快だと言っている。お前が彼女に刻みつけた傷、彼女がお前のために流した涙。その記憶はすべて、私が美味しくいただいた。今の彼女の中に、お前の居場所など一寸たりとも残っていないのだよ」
アリステアは絶望に打ち震え、床に手をついたまま動けなくなった。
自分が愛し、そして踏みにじった女性は、もうこの世界のどこにも存在しない。
目の前にいるのは、自分を「いなかったこと」にした、美しく冷酷な他人の顔をした救済者だった。










