第14話:悪魔からの招待状
暗い書庫の隅で、アリステアは自らの腐りゆく指先を見つめ、絶望の淵にいた。
鼻を突く異臭はもはや香水では隠しきれず、王宮の使用人たちも彼を避けて通る。
かつて国民が跪いた太陽の光は、今や見る影もなく濁り、膿となって流れ出していた。
不意に、閉ざされたはずの書庫に冷たい風が吹き抜けた。
松明の火が大きく揺れ、背後の影から一人の使者が現れる。
それは、人間離れした美しい顔立ちをしながらも、背中には夜の闇を切り取ったような漆黒の翼を持つ、悪魔の使いだった。
使者は声もなくアリステアに歩み寄り、一通の封筒を差し出した。
漆黒の紙に、銀のインクで綴られた優雅な筆致。
「……何だ、これは」
アリステアが震える手でそれを受け取ると、使者は冷ややかな笑みを浮かべて消え去った。
封を切ると、そこには隣国を統治する悪魔公爵、ゼパルからの招待状が記されていた。
──我が領地にて、新たな婚約者を披露する宴を執り行う。
新たな公爵夫人となるその女性の名を目にした瞬間、アリステアの息が止まった。
銀髪の美姫、リリアーナ・フォン・アドラー。
「リリアーナ……? 嘘だ、あんな醜い女が、美姫だと?」
アリステアは激昂し、招待状を握りつぶした。
雨の中に捨てたあの「役立たず」が、生きているだけでなく、自分を差し置いて他の男、それも強大な力を持つ悪魔の寵愛を受けているという。
彼の脳内で、都合のいい解釈が急速に組み上がっていく。
そうだ。
あいつは悪魔にそそのかされ、私から盗んだ魔力で自分を飾り立てているのだ。
私をこんな姿にして、自分だけ美しくなり、他国の公爵に寝返るなど……。
リリアーナは私のものだ。
私の毒を吸い取り、私を輝かせるために存在する部品なのだ。
アリステアの瞳に、濁った、けれど強烈な執着の光が宿った。
それは愛などではない。
失った「機能」を取り戻したいという、飢えた獣の執念だった。
あいつさえ取り戻せば、この醜い痣も、抜けた髪も、暴走する魔力もすべて元通りになる。
彼女は私の浄化装置だ。
誰にも渡してなるものか。
「待っていろ、リリアーナ。今すぐに救い出してやる。そして、再び私のためにその身を削らせてやろう」
アリステアは歪んだ希望を抱き、狂ったように笑った。
彼は自らの本当の罪から目を逸らし、さらなる地獄へと続く魔界への門を、自ら叩こうとしていた。
彼を待っているのは再会という名の救済ではなく、永遠の断絶という名の処刑であることも知らずに。










