第13話:禁書の記録と遅すぎた後悔
国民の罵声と、変わり果てた愛人の絶叫から逃れるように、アリステアは王宮の最深部、地下書庫へと足を踏み入れた。
松明の火が、カビと埃の匂いが立ち込める空間を不気味に照らし出す。
厚く塗りたくった化粧が剥がれ、右顔面の痣からは絶えず不快な膿が溢れていた。
彼は、震える指先で「アドラー公爵家」と記された、古びた黒革の禁書を引き抜いた。
その書物には、王家がひた隠しにしてきた残酷な真実が綴られていた。
アドラーの血を引く令嬢が持つ特異体質
──「浄化の素養」
それは、契約した伴侶の魔力に含まれる猛毒や不純物を、自身の肉体へと一方的に吸い取り、無害化するというもの。
だが、その力にはあまりにも過酷な代償があった。
吸い取った毒は、浄化する側の肉体を内側から破壊し、急速な老化と醜悪な変貌、そして最後には命そのものを削り取る。
アリステアは、血走った目でその一文を何度も読み返した。
五年前、彼が魔力の暴走に苦しみ、死の縁を彷徨っていたとき。
婚約したばかりのリリアーナが彼に触れた瞬間、嘘のように苦しみが消えた、あの日のこと。
以来、彼は「太陽の王子」として輝き続け、彼女は反比例するように輝きを失っていった。
「そんな……それじゃあ、あの日々も、この力も……」
アリステアの脳裏に、記憶の中のリリアーナが蘇る。
最初は黄金に輝いていた彼女の髪が、次第に艶を失い、枯れ果てていったこと。
瑞々しかった彼女の肌が、土色に淀んでいったこと。
彼女が衰えるたびに、彼は「見苦しい」「だらしがない」と彼女を罵倒した。
だが、その醜さはすべて、彼の中に溜まるはずだったゴミを彼女がその身で受け止め、浄化した結果だったのだ。
彼は、彼女を愛していたのではない。
彼女という、自分を完璧に保つための「便利な部品」を愛でていただけだった。
彼女が差し出していたのは、単なる献身ではない。
彼女の人生そのもの、女としての美しさ、そして未来。
それを彼は、当たり前の権利として貪り、最後には「汚らわしい」と嘲笑って、雨の中に放り出した。
「あああ……ああああああああっ!!」
書庫の静寂を切り裂くように、アリステアは獣のような咆哮を上げた。
リリアーナという浄化装置を失った今、彼の肉体は文字通り、自分自身の「不浄」によって腐り落ちようとしている。
彼は初めて、自分が何一つ持たない、空っぽの寄生虫であったことを理解した。
遅すぎた。
すべてに気づいたときには、彼を唯一愛してくれた女性は、もうこの世界のどこにもいなかった。
アリステアは冷たい石の床に額を打ちつけ、嗚咽した。
だが、その涙さえもが毒に侵され、彼自身の頬を焼く。
後悔という名の猛毒が、彼の歪んだ自尊心を、ゆっくりと、確実に侵食し始めていた。










