第11話:腐敗する王子の目覚め
王宮の最上階にある、アリステア王子の寝室。
そこは、国中で最も贅が尽くされた聖域であり、太陽の光を最も美しく取り込むように設計されていた。
しかし、その日の朝、窓から差し込む黄金の光は、部屋に満ちた異様な光景を無慈悲に照らし出した。
アリステアは、重い頭を抱えながら目を覚ました。
何かがおかしい。
鼻を突くような、生臭く、それでいて何かが発酵したような不快な臭いが漂っている。
まるで、真夏の炎天下に放置された肉が腐り果てたような、そんな強烈な腐臭だ。
「……何の臭いだ。衛兵、誰かいないのか」
掠れた声で呼ぶが、返事はない。
彼は隣に眠っているはずのイザベラの温もりを求めて手を伸ばした。
だが、彼が触れたのは、絹の寝具の上に散らばった「何か」だった。
それは、黄金色に輝いていたはずの、彼自身の髪だった。
指の間をすり抜け、枕一面を覆い尽くしている大量の抜け毛。
アリステアは戦慄し、跳ね起きようとした。
その拍子に、隣で眠っていたイザベラが目を覚ます。
「……様? アリステア様、おはようござい……ひっ!?」
甘ったるい声を上げようとしたイザベラの顔が、一瞬で恐怖に凍りついた。
彼女は弾かれたようにベッドから飛び起き、口元を押さえて後ずさる。
「な、何、その顔……その臭い……! 近寄らないで!」
「イザベラ? 何を言っている。私だ、アリステアだぞ」
アリステアが手を伸ばすと、彼女は悲鳴を上げて寝室の扉へと走り出した。
「嫌! 怪物! 誰か、誰か助けて! 王子のお部屋に化け物がいますわ!」
愛人の絶叫が廊下に響き渡る中、アリステアはふらつく足取りで全身鏡の前に立った。
そこに映っていたのは、もはや「太陽の王子」などと呼ばれた男ではなかった。
顔の右半分には、どす黒い痣が地図のように広がり、そこから膿がじわりと滲み出している。
自慢の金髪は半分以上が抜け落ち、残った毛も湿った藁のように変色していた。
何より恐しいのは、その肌から立ち上る、視覚化できそうなほどの濃密な腐臭だ。
それは彼がリリアーナに押し付け、彼女が自身の命を削って浄化し続けてきた「魔力の毒」そのものだった。
「嘘だ……こんなはずはない。これは何かの呪いだ……!」
アリステアは自身の顔を両手で覆ったが、その指先が触れた肌は粘土のように脆く、容易に形を崩した。
浄化装置を失った彼の肉体は、蓄積された数年分の毒素に耐えきれず、内側から急速に腐敗を始めていた。
リリアーナを「醜い」と嘲笑い、雨の中に放り出したあの日から、わずか数日。
彼が守ろうとした「輝かしい運命」は、その土台から音を立てて崩れ去ろうとしていた。










