8.○○の婚約者さまに出会いました
「じゃあ、アレク行ってくるよ」
「うん。姉さん気をつけて」
「はいはい。じゃ、行ってきます」
アレクに送り出され、私は馬車の中に乗り込んだ。
私は叔父一家とは別の馬車に乗るため馬車の中には誰もいない。しかし、その中には白い紙が落ちてあった。
馬車の席に座りその紙に書かれてあることを読む。
(兄さんから?夜会で第二王子に護衛を密かにしろ?やってくれたな)
どうやって護衛をしようか悩んでいると、とある崖の上の道に出た。前回もこの道を通ったためこの道で行くのが正解なのだろう。そう考えていると急に馬車が止まり扉が開く。
「お前にはここで死んでもらう。馬車ごとな」
御者はそう言うと扉を閉め、魔法だろうか、馬車を崖から落とした。
(今日の天気は雨。雨で地盤が緩んでいたと言う理由で私を消すにはもってこいだろう。残念だが、私はここで’表舞台’からは消えておいた方がよさそうだ)
空間魔法で兄の元に声を届けると私は落下している馬車から出てきて、闇魔法を使って着地する。馬車が落ちたのを確認すると、偽装のためにその辺で猪を狩り、血をまく。猪の肉は血抜きして保存食として活用できるようにして、空間に入れる。
(ここは、河か?)
崖の上のを見る限りかなり下まで落ちてきたらしい。落ちてきた場所は河岸。猪がいるあたり、近くの森の動物たちの水飲み場になっているのだろう。
(とりあえず上流の方に行ってみるか。今の私の姿は恐らく獣人。あの人たちの領地から出たはずだから特に何もされないとは思うが念のため警戒しておこう)
そうして、私が上流の方へと向かっていると橋が見えた。その近くには盗賊らしき集団に囲まれた豪華な馬車が。そして、すぐそばの木の上には顔見知りの姿が。
(ん?あれは、リューか?)
おおかた、この馬車の護衛だろう。
(だとすると、第2王子の婚約者、かな?)
自分の陰から雷光を取り出すと盗賊らしき集団に切り掛かる。いつのまにか、リューも参戦していたようで呆気なく片付く。
「フィオルさん、なんでここに?!」
「馬車ごと落とされた。恐らく叔父の策略だ。だから、しばらく表舞台からは姿を消す。リューは?」
「この馬車の護衛を。気づいているかもしれませんがルーシャス王子の婚約者様です」
そう言って馬車の中に入る。そこには水色の髪に同色の瞳を持つ人物がいた。その姿は怯えてもおらず凛としていて物事を冷静に見極めていた。彼女の目は私、リューの順番で動いていき、リューを見た時に初めて声を発した。
「あなたは、殿下の従者の方ではなくて?」
「ええ。そうでもありますね。お怪我は?」
「ありませんわ。ーーそちらの方は?ドレスを着ているから夜会に?」
「ああ、気にしないでください。たった今、ただのフィオルとなりました。種族は狼の獣人です」
「まさか、あの侯爵家の?」
「さあ?どうでしょうか?」
聡い人だ。一瞬で物事を理解し、それでいて周りをよく見ている。これは王子の婚約者にも選ばれるであろう。
(第2王子の婚約者の年齢はアレクと同じ13歳。属性は水、光。人としては2属性というのは珍しい……将来どうなるのか)
なんてことを考えていると馬車は領地に帰る途中だったようで乗せていってもらえるらしい。
「フィオルさん、急ですがしばらくロイスリーネ様のそばで護衛を頼みたいそうです」
「あの、脳筋野郎」
「いや、あれでも国王陛下の信頼できる人物の1人なんですよ!あの人」
「知るか」
そう話す、リューは珍しくフードをとっていて普段は見えないリューの素顔が明らかになる。長い銀髪は一つに括られ、吸血鬼族の特徴である赤い瞳はリューの裏社会での二つ名に相応しく『血の月』に思えた。
「リューは吸血鬼だったのか」
「ええ、妻子持ちですよ!これは50年前からルークさんにも自慢してます!」
「えっ、兄さんまだ結婚してないのか」
「はい」
(遅い。遅すぎる。いや、エルフの時間的にまだ4分の1だからあり、なのか?人間で言えば20歳くらい。だから大丈夫、か?)
私が思案顔で唸っていると反対側に座っていたロイスリーネ様が声をかけてきた。
「あの、ルーク様はエルフでは?兄というのは……?」
「ふふふ、秘密です」
ここでは話せないが、この先話せるかもしれない。この方も何か奥底に秘めているものがあるのだろうから。
△▼△
一方叔父一家は夜会が終わり、フィオルの暗殺が成功したと思い込み歓喜に震えていた。
「遂に、遂に。あの目障りなあいつをーー」
「やりましたね、旦那様!」
「ええ、お父様!」
(これで、あの目障りだったあいつが消えた!これで私は殿下の婚約者になることに専念すればいいだけ!……でも、)
ソフィアももちろんのこと歓喜に震えていた。
あの義姉は何度も恥をかかせようとしても一切表情を変えず、両親の躾にも動じない。
(あの義姉とその親がいなければお父様はもっと早く侯爵家を継げたのに!私だって侯爵令嬢として振る舞えたのに!)
だが、そんな義姉はもういない。この日のために、あの吸血鬼の一家を殺害して息子だけ残して後継者として育てるために引き取ったのだから。
しかし、計画とは思う通りにいかないものである。彼女の中にはあの別邸に行くたびにあの憎き義姉にまとわりついていた義弟の姿が思い浮かんだ。
あの義弟はどのような表情をするのだろうか。少なくとも笑うことはないだろう。会うたびに睨まれていたから。
「お父様、あの吸血鬼にはどうお伝えするおつもりで?」
「ふん。ただ淡々と起こったことを説明するだけだ」
△▼△
屋敷に着くと、お父様は別邸に向かい使用人全員に義姉が崖から落ちて行方不明だと伝えた。それはあの義弟にも。
「聞けアレクシス。フィオルが行方不明となった」
「……は?」
それまで無言だった義弟が1番最初に発したのは怒気を帯びたたったの一音。
義弟の顔は今にもこちらに殴りかかりそうだったが、幸いにもそれはなかった。
父が話している最中、義弟は何も話さず、聞いているのかもわからなかった。
「ーーアレクシス、フィオルがいなくなったのは残念だけれどもこれからは私がいるからね」
そう、私が声をかけると義弟からは殺気のこもった声でこう言った。
「その口で俺の名を呼ぶな、フィオルの名を呼ぶな。俺の祝福がわかっていないのか?ーーああ、わからないか。だってお前たちは人間以外の種族が死ぬほど嫌いだからな」
私には義弟の言っている意味が理解できなかった。
そして、さらに義弟はこう続けた。
「今に見てろ。お前たちだけは絶対に許さない。簡単に死なせてやるものか」
父でも私にはあそこまで怒らない。私は初めて感じる恐怖に声が出なくなり、急いで本邸の方へ向かった。




