寮対抗試合ー魔獣対決ー
二試合目の競技内容は、なんと使役する魔獣同士による「魔獣召喚対決」だった。
フローレンスには不安があった。ニグレスがドラゴンであることを隠して学園に潜伏しているので、彼を試合に出すのは危険ではないかと心配していたが、当の本人――いや、当の魔獣は、自信満々な様子で言った。
「僕に考えがあるから任せて」
その一言により、予定通りニグレスを試合に出すことが決定した。
試合当日。フローレンスは、ニグレスを伴って競技場に姿を現す。いつも学園でそうしているように、仲睦まじく歩いて入場する二人の姿に、会場がざわついた。
「あら、ヴィオレッタ様ったら、どうして他の生徒なんかと一緒に来たのかしら?」
「知らないの? 彼、実は人間じゃなくてヴィオレッタ様の使役魔獣なんですって」
まるで恋人同士のような雰囲気に、嫉妬と好奇の視線が飛び交った。
「あとは僕に任せて、君は安全なところに隠れていて」
そう言って、ニグレスは自信に満ちた微笑みを浮かべた。
「なんだお前たち、ここはダンスパーティの会場じゃないんだぞ。部外者は出て行け!」
対戦相手の火属性の生徒"カルロス"が、柄の悪い口調でフローレンスたちを威圧する。
だが、ニグレスは黙って一歩前に出た。カルロスはようやく彼を対戦相手だと認識して、再び鼻で笑う。
「ふん、お前みたいなぼんくらが、俺の使い魔の相手になるものか。今日の俺はとっておきの僕をを連れてきたんだ」
カルロスが手をかざし、契約魔獣召喚の呪文を唱える。
「出でよ、深紅の大蜥蜴!」
すると競技場に土煙が立ち上がり、大地を揺らしながら出現したのは、人の3倍はあろうかという巨大なトカゲ型の魔獣。鋭い爪と牙、そして紅く燃える瞳が観客たちの恐怖を煽る。
サラマンダーは舌なめずりをしながらニグレスに向かって突進し、勢いよく大口を開けて食らいつこうとした――が。
次の瞬間、そこにニグレスの姿はなかった。
「鈍いトカゲだな。図体ばかりでかいくせに、動きはこの程度か」
振り返れば遥か後方から、ニグレスがひょっこりと顔を出す。
「チッ、ちょろちょろと……! サラマンダー! 炎の息吹で焼き尽くせ!」
サラマンダーが橙色の炎を吐き出す。しかしニグレスはこんどは逃げることなく、正面からそれを受けた。
辺りにたちこめる煙の中から現れたニグレスは、まるで無傷のまま、悠然と立っていた。
「な、なんだと!? サラマンダーの炎を……受け切った!?」
「ふん、この僕に炎が通じるとでも思ったのか?」
ニグレスは笑った。
「貴様……いったい何者だ!」
問いに応じて、ニグレスの目が妖しく輝く。深紅の瞳が光り、次の瞬間、彼の姿は巨大な黒竜へと変貌した。
サラマンダーの倍以上の巨体。鋭い爪と牙、広げた翼は競技場を覆い尽くすほどに影を落とし、観客席が悲鳴に包まれる。
「な、なんであんな低学年の生徒がドラゴンを!? 怯むな、サラマンダー! もう一度、炎で焼き払え!」
命令を受け、サラマンダーが攻撃態勢に入る。しかし、ドラゴン――ニグレスは大きな翼を広げ、空へと舞い上がった。
「ニグレス、お願いだから攻撃は最小限にして。サラマンダーをあまり傷つけないで。」
隠れて様子を見守っていたフローレンスが地上から牽制する。そして、右手をかざして呪文を唱えた。
「――我が僕である黒竜ニグレスへ命じる。『紅蓮の炎よ、諸悪を焼き尽くせ』」
フローレンスの命令と共に、ニグレスは空中から紅蓮の炎を吐き出した。競技場全体が炎に包まれるかのような威力。
火属性の魔獣であるサラマンダーでさえ、その一撃には耐えられなかった。
「くそ……! この魔物は、あのお方が……」
そのとき、厳かな声が競技場に響いた。
「そこまでだ!」
立ちはだかったのは、大魔導士ラファエルだった。
「たとえ寮対抗試合とはいえ、生徒を危険に晒すことがあってはならない。カルロスは運営判断により棄権。勝者はヴィオレッタだ」
場内がざわつく。恐怖と驚愕に満ちた視線が、フローレンスとニグレスに注がれる。
「まさか、ヴィオレッタ様があのドラゴンを使役しているなんて……!」
「どうやって……あんな伝説の魔物を……」
「噂じゃ、大法廷から逃げた時も、ドラゴンの力を使ったらしいわよ」
怯えつつも、生徒たちはニグレスの人間の姿に釘付けだった。
「ドラゴンよ。お前は本当に、ヴィオレッタに従っているのか」
ラファエルが問う。目の前にいるのは、かつて魔法裁判所に出現したあのドラゴンだ。
「そうだ」
「なぜだ。お前ほどの存在が、なぜ彼女を……」
ラファエルはあの日、魔法裁判所での襲撃のことを思い出していた。本来、人とは関わりを避けるはずのドラゴンが、どうして。
「私は、人の魂が見える。彼女の魂は清らかで美しい。真実が見えていないのは、お前の方だ」
「なんだと……!」
狼狽えるラファエルを見据えながら、ニグレスは言い放った。
「私は、あの裁判のやり直しを提案する。悪女に誑かされ、真実が見えなくなっている情けない大魔導士め。真実が明らかになるまで、僕は彼女の元を離れない」
* * *
試合終了後――。
フローレンスとニグレスは、生徒たちからの畏怖と尊敬の入り混じった視線を受けながら迎え入れられていた。
「なんとか、無事に勝ててよかったわね」
フローレンスは胸を撫で下ろす。
「君が『手加減しろ』なんて言うから、逆に力加減が難しかったよ」
「でも、誰も怪我しなくて本当に良かったわ。――さあ、行きましょうか。次は、最終決戦よ」




