決勝戦前夜
決勝戦は翌週に行われることになった。
進出する二名の選手は、それまでの間に備えを整え、心身のコンディションを万全にすることになっていた。
前日の劇的な勝利を経て、フローレンスたちは久々に授業に顔を出した。扉を開けた途端、教室内は大きな歓声に包まれた。
「ヴィオレッタ様!」
「竜使いの大魔導師様!」
「一度でもあなたの力を疑った私たちを、どうかお許しください!」
「黒竜様に軽口を叩いた愚か者をお許しください……!」
「い、いいのよ。わかってもらえれば」
フローレンスは戸惑いながらも、その歓迎を受け入れた。これまでの冷遇が嘘のような、手のひら返しとも言える反応だったが、それでも素直に嬉しかった。
「この調子なら決勝戦も楽勝ですね!」
「相手は光属性寮のエース、フローレンスらしいけど」
「でも、あの子じゃさすがに勝ち目ないでしょ!」
その名前を聞いた瞬間、フローレンスの心がきゅっと強張る。
――そう、決勝戦の相手は“フローレンス”。
だがそれは、彼女に成り代わっている《偽りのヴィオレッタ》その人だった。
「あの子、ラファエル大魔導師様にちょっと気に入られたからって、調子に乗っちゃって」
「ヴィオレッタ様がいない間、本当に好き放題してましたよ」
「いっそニグレス様の炎で焼き払っちゃってください!」
心ない言葉が飛び交う中、フローレンスはただ黙ってそれを聞いていた。
そして、自分自身と対峙しなければならない運命に、内心は穏やかではなかった。
学園の雰囲気は、今や完全に変わっていた。
「……大丈夫かい?」
小声で尋ねたのはニグレスだった。
「も、もちろんよ。
私は――あの子が真実を語るまで、戦うつもりよ」
その瞳には、確かな決意が宿っていた。
「いつか全てが明るみになれば、みんなもきっとわかってくれる……」
* * *
午後。フローレンスは空き時間を使って、図書室にこもって課題に取り組んでいた。
一方、手持ち無沙汰になったニグレスは、気晴らしに中庭を歩いていた。
人の少ない中庭をぶらついていると、ふいに背後から声がかけられる。
「こんにちは。あなたがニグレスね?」
振り返ると、そこにいたのは明るい金色のショートヘアを持つ、見覚えのある少女だった。
「……ヴィオレッタ」
ニグレスが名を呼ぶと、少女はにっこりと笑った。
「その様子だと、あなたも全部知っているのね。」
「今すぐに彼女に体を返すんだ」
ニグレスは威圧的に言い放つが、ヴィオレッタは余裕そうな笑みを崩さなかった。
「そう簡単には行かないわ。
それより教えてくれない?あなたほどの力ある魔獣が、どうしてあの平凡な小娘なんかに従う気になったのかしら?」
ヴィオレッタは心の底から疑問に思っていた。元の自分の姿に擦り寄ってくるならまだしも、あんな世間知らずなフローレンスなんかに、ドラゴンが付き従っていることが到底理解できないでいた。
「君には関係のないことだろ。
それよりも、そうやって余裕そうにしていられるのも今のうちだ。」
凄むニグレスに、ヴィオレッタは悪戯っぽく笑う。
「あら?私にそんな態度を取っていいの?私は今、“フローレンス”として生きているのよ。
大事なこの体がどうなってもいいのかしら?」
その言葉に、ニグレスは眉を顰めて言葉を失った。
「_この子がとっても大事そうね。
フローレンスにドラゴンの知り合いがいるなんて知らなかったわ。」
ヴィオレッタは意味深に笑いながら、ゆらりと歩み寄ってくる。
その様子に、ニグレスは思わず一歩だけ後退した。
「私は案外この姿、気に入っているの。だから、そう簡単には返してあげない。
でも、そうね――交渉の余地はあるかもしれない」
「……何が望みだ」
「それは、あなたがよく考えて?
この体を返す代わりに、あなたは私に――何を差し出してくれるのかしら?」
「僕が……?」
その言葉を残して、ヴィオレッタは妖艶に笑いながら中庭を後にした。
そこに残されたニグレスは、しばらく立ち尽くしていた。




