第15話 メリア
メリアルリド・クルスタインはクリアから解散の号令を告げられると、一目散に空に飛び立つクリアの姿を見上げた。
本当は付いていきたい気持ちを抑え、少しだけ時間を置いてから自身も飛び立つ。
その背中には魔法で作った風の翼が接続されていた。
魔力で圧縮した風を段階的に解き放つことで空を飛ぶ。
クリアにも褒められた使い方だ。
「今度ボクも使うね」と言われたことでメリアの自己肯定感は爆速で上昇した。
「あ、敵だ」
飛んでいるうちに、三キロ近いメリアの魔力探知範囲内に箱持ちの反応が引っかかった。
その反応はどうやら二等級サイボーグのようだった。
クリアの奪ったブラックボックスの魔力を何度か感知したことで、メリアは既に等級の判別も可能になっている。
風の翼を震わせて、その二等級サイボーグのいる地点にメリアは向かった。
「もう戦いは終わったみたい」
その場には十数人のサイボーグの死体や自動機械の残骸が転がっていた。
そこはパープルマスクの拠点の一つだったようで、建物の屋上には紫の仮面が描かれた旗が掲げられていた。
立っているのは一人のサイボーグ。
緑の時計の描かれた腕章を付けたグリーンクロック所属の兵士のようだ。
その魔力の波長を見るに、彼女が二等級サイボーグらしい。
「初めまして。メリアルリド・クルスタインです」
空から降り立つとメリアはまず挨拶をした。
何においてもまずは挨拶が大事だ。
人と人とのコミュニケーションにおいて、挨拶こそ初歩の初歩。
たとえ相手が倒すべき悪の手先であったとしても、礼儀を欠いては正義の魔法少女の弟子として申し訳が立たない。
メリアは同時刻にマミがサイボーグ兵士を口汚く罵っていることをまだ知らない。
「……初めまして、メリアさん。あたしの名前はリンス・ウィンドバーグ。あなたは一体何者なのかな?」
リンスは警戒を宿した目でメリアを見据えた。
当然のことだろうとメリアは思う。
いきなり何の変哲もない少女が空から降り立ったら、たとえサイボーグでなくても警戒はする。
「わたしは正義の魔法少女の弟子です。あなたやあなたの組織がこの国に混乱をもたらして、多くの人を傷つけているので、それを止めに来ました」
「そう……つまり、敵ってことでいいのね。でも、あなたは随分と幼いように思えるけど、本当に戦う力を持っているのかな。何もせずこの場を去るのなら、あたしは見逃してあげるけど」
「お構いなく。わたしは正義の魔法少女の弟子なので、悪を見逃すことはできないのです。たとえあなたが子どもを見逃そうとするちょっした善心を持っていても、それを打ち消して余りある大きな悪を為している以上、わたしはあなたを打倒します」
「……子どもらしいその真っすぐな正義感に免じて、殺しはしないと約束するわ」
リンスがブラックボックスの力を使ったのが分かった。
彼女のブラックボックスから取り出された魔力が彼女の腕を伝い、メリアの方へと一直線に放射される。
メリアは風の翼を震わせ、わずかに横にスライドした。
彼女が元いた場所に、まるで空間そのものにひびが入ったかのような亀裂がはしる。
その『裂け目』は五メートルほどの長さで、リンスとメリアの位置を結ぶように伸びている。
「これがあたしの力よ。『裂け目』。たとえ相手が鋼鉄の機械だろうと、空間ごと相手を切り裂くことができるの。さあ、力の差は分かったでしょう? メリアさん。早くおうちに帰りなさい」
「はい。確かに力の差は分かりました。あなたではわたしに敵いません。なので、痛い目を見る前にご退職なされてはいかがでしょうか?」
「この……っ」
飛んできた『裂け目』を風の翼で避ける。
今度はメリアがクリアボックスの力を発動させた。
「『自認』の上書き、です」
自認、すなわち自己認識、自分が自分を何者と思うか。
クリアがこのクリアボックスをメリアに渡した理由は、メリアがクリアのことをどう思っているかが知りたかったからだ。
メリアがクリアを正義の魔法少女として信奉し、クリアを崇拝していることは分かるが、断片的に語られる言葉だけではメリアの中のクリア像は完全には分からない。
ちゃんと現実のクリアを見てくれているのか、完全に妄想を見ているのか。
『自認』の上書きなんて力をメリアに与えれば、クリアを崇拝する彼女がどんなふうに使うかなんて目に見えている。
その結果をクリアは知りたかったのだ。
要するに興味本位であげたのだった。
「『ボク』の名前はクリアクレイド。薄汚れたこの世界を清める正義の魔法少女」
メリアの『自認』がクリアに書き換わるのと同時、リンスが『裂け目』を放ってきた。
メリアはその『裂け目』を「カルマ・ディバイド!」と叫んで、打ち消す。
「なっ……!」
「『ボク』にそんな攻撃は利かない。正義も因果も世界も全て『ボク』にひれ伏すために存在しているのだから!」
まだ中学生なだけあって、メリアの中のクリア像は過分に歪んだものとなっていた。
もちろんメリアが本当に因果断絶を用いたわけではない。
『裂け目』の上書きに用いられる魔力を無理やり魔力の奔流で押し流して相殺しただけだ。
厳密には完全に打ち消し切れておらず、空間の『裂け目』も残骸のように散らばっている。
「メリアは魔力だけで言えば、ボクを既に超えてるよ。尋常じゃない魔力量だ。だから、大量の魔力で押し流すだけでも、十分にブラックボックスに対応できるんじゃないかな」
クリアは以前メリアにそうアドバイスしていた。
メリアの魔力は常人の千人分まで到達している。
クリアの二倍ほどだ。
しかも、その魔力量は成長とともにさらに上昇している。
二等級ブラックボックスは十万人分の魔力が詰まっているとはいえ、その全てを一度に放出するわけではない。
魔力の操作に不慣れなサイボーグが使うために、一度のカルマ・リライトに消費される魔力自体は常に一定で、そう多くない。
メリアの魔力量でも押し流すくらいは可能なのだった。
「『自認』の上書き」
メリアはさらに『自認』の上書きを発動させる。
その対象は自身ではなく、周囲の空気。
メリアの周囲半径十メートルほどの空気に『自認』を与えた。
このカルマ・リライトの真骨頂はむしろこちらにある。
非生物への意識の付与。
そしてその『自認』もまたクリアに設定した。
これにより形を持たない半径十メートルほどの空気が自身をクリアだと認識することになる。
さらにメリアは『自認』を与えた空気に自身の魔力を分け与えた。
『自認』クリアである以上、その空気たちは与えられた魔力を自在にコントロールすることができる。
形のない空気はリンスの周囲に展開し、一斉に雷球を展開した。
「な、なによこれ!」
リンスは放たれた十個ほどの雷球を自身の周囲に『裂け目』を展開することで辛くも耐え忍ぶ。
だが、雷球の防御に気を取られているうちに、風の翼で接近したメリアはゼロ距離から雷球をリンスに浴びせる。
「がっ……!」
あっけなく意識を刈り取られたリンスは倒れ伏し、『自認』を解除したメリアは小さくガッツポーズをした。
「正義は勝ちました」
微笑んで、メリアは次の現場に飛び立つ。




