第8話 病と魔力
一応ネマネスの情報について、彼が他の一等級サイボーグを売ったことを伝え、ミミに何か知ってはいないかと聞いてみた。
「そういうの興味なかったから他のサイボーグの情報なんて知らない。他の一等級も知ってるとは思えない。逆にネマネスの奴がそこまで熟知してるのが驚きだね」
ということだった。
知らないはずの情報を彼が知っているというのはつまり、それが彼のブラックボックスの力に由来していると考えるのが妥当だろう。
他人を操作する力のようだし、情報収集には使えるのだろう。
逆に直接戦闘には不向きなのかもしれない。
だからこそ彼はどうにかしてクリアを他の一等級に焚き付けようとした。
それでクリアの怒りを買ったのだから、完全に裏目に出ているのだが。
「じゃあ、バイバイ」
出発地点の港まで戻ってくると、ミミが手を振って離れていこうとする。
その背中にクリアは声をかけた。
「待ってミミちゃん。連絡先交換して?」
「……は?」
「裏切りたくなったらいつでも裏切れるようにさ」
「裏切らねえつってんだろ」
はあ、とため息を吐いたミミは呆れ顔で続ける。
「お前分かってんのかよ。今は様子見で六大企業も手を出してないだけで、状況が変わればまたミミもお前を殺しに行くんだぞ。そんな相手と連絡先交換する馬鹿がどこにいるんだよ」
「ここにいるよ」
クリアが胸に手を置いてそう言うと、ミミは言葉を失ったように口をぱくぱくと動かした。
ややあって再度のため息とともに彼女が自らの端末を差し出す。
「AIの方が話通じるぞ、お前」
「やった。機械には再現できないボクの個性の勝利だね」
「……」
もはや無言のミミと連絡先を交換し、その場は解散となった。
※
クリアはネマネス・スエルスという一等級サイボーグを当面の敵として据えることに決めたわけだが、ミミやウォードのときと違って、クリアには向こうの居場所も分からず、また相手にこちらと戦う意思があるかどうかも分からない。
この間、連絡先を書いたメモ紙を渡されはしたが、そこに連絡したところで、来るのはネマネス本人ではなく、彼のカルマ・リライトによって操られた人間だろう。
それでは大した意味はないし、変に相手を警戒させ、より本体を見つけづらくするだけかもしれない。
だから、直接連絡するというのは最終手段にしておきたい。
「でも、他に手がかりがないしなー」
叩き潰すと決めたはいいものの、その手段が見つからない。
「まあ、備蓄魔力もないからちょうどいいか」
ウォードとのあれこれで消費したせいで再び溜め直しとなった魔力は未だ五千人分くらいしか溜まっていない。
三等級や二等級を相手にするなら十二分だろうが、一等級相手には少々心もとない。
ゆえに、当面の方向性としてはネマネスに関する情報収集と次なる戦いへの備えを行うということになる。
並行して本土側の三人の弟子やアイアンガーデンの約千人の弟子を指導したり、人助けとしての魔法少女活動を行ったりして時間をつぶす。
その間にまたネマネスからのちょっかいがあれば、居場所を突き止める足掛かりを得られるかもしれない。
それなりにやることの多い準備期間。
「……のはずだったんだけどな」
十二ツ月中旬、ミミとのコラボ配信を終えて数日経ったその日、クリアは体調を崩していた。
朝起きた瞬間から体がだるく、起き上がる気力すら湧いてこない。
「三十八度九分ですね」
カレンに差し出された体温計で熱を測ると、そんな数値が計測された。
「それって高いの? 低いの?」
「どう考えても高いでしょう……ああ、そういえば、平熱が何度なんていう概念とは無縁の世界から姫様は来たんでしたね」
「そうだよ。体調崩したことなきゃそんなの知らないって」
赤い顔に荒い息を吐きながら、クリアは文句を垂れる。
そんな彼女の頭をカレンが撫でた。
「病院行きましょうか。今日はわたしも仕事を休むことにします」
「……ありがと」
カレンに支えられ、体を起こす。
パジャマがはだけ、覗いたクリアの首元に目を留め、カレンが表情を変えた。
「姫様、ちょっと失礼しますね」
「え、なに……うわっ」
カレンに無理やりパジャマの上とインナーを脱がされ、上半身裸になるクリア。
その肌にはまるで巻き付くように帯状の発疹が現れていた。
「包帯発疹っぽいですね」
「……なんかそれ、聞き覚えあるような」
「イーリスで冬に流行る三つの感染症のうちの一つですよ。包帯を巻くように発疹が現れることからそういう名前が付いているんです」
「あー、ユリアと研究所見学に行ったときに聞いたかも」
ホワイトクロスを調べようと思って行った研究所の中で確かそんな話を聞いたはずだ。
「対処法は確立されているはずですから、それほどひどくはならないでしょう。さ、下も脱がせますよ。すぐに着替えて、病院行きましょう」
「……自分で脱ぐからいいって」
着替えを手伝おうとするカレンを部屋から追い出し、重い体を動かして外出着に着替える。
それからカレンに付き添われて、最寄りの病院に向かった。
クリアがカレンに連れて行かれたのはホワイトクロス傘下の白雲病院という名の病院だった。規模はそれなりに大きく、床数(ベッドの数)五百。
イーリスの医療を支配しているのはホワイトクロスなので、病院に行こうと思えばホワイトクロスと無関係の場所に行く方が難しいらしい。
それなら、変に小さな診療所よりもでかい病院の方が安心できるとカレンは言っていた。
何より一番近いのがその病院だったのもある。
その白雲病院の玄関をくぐったとき、クリアはふと体から力が抜けるのを感じた。
「……?」
一瞬、症状が悪化したのかと思ったが、どうもそういう感じではなかった。
「……まさか」
隣でカレンも眉をひそめているところを見ると、それはクリアだけに起こった変化ではなかったらしい。
「今のってさ、カレン……」
「帰ってから話しましょう」
「……うん」
神妙な表情のカレンに連れられて、受付を済ませ、待合室で診察を待つ。
幸い、診断自体はすぐに終わった。
カレンの見立て通り包帯発疹と診断されたクリアは処方箋を受け取り、薬局で薬をもらってから帰宅した。
その間カレンは無表情でほとんど口を利かなかった。
病気でしんどかったクリアもあえて聞こうとはしなかった。
それから、薬を飲み、発疹に塗り薬を塗ってクリアは眠った。
再び目を覚ますと、ちょうど昼時になっていた。
「少しは楽になりましたか?」
「うん。だいぶいい感じ」
だるさは少し改善し、痛みのあった発疹も随分ましになっている。
胃腸にくる病気ではないようで、お腹自体は空いていた。
それから、カレンの作ったあたたかいそばを食べ、人心地ついたところでクリアは聞いた。
「さっきのあれ、何だったの?」
「さしもの姫様も病気では感覚が鈍りますか」
「そりゃね。熱で頭がぼーっとしてたら分かるものも分からないって。で、何だったの、あれは」
「あれは魔力が吸われたんですよ」
カレンが淡々と言った言葉にクリアは首を傾げた。
「魔力が吸われた?」
「はい。わたしはサイボーグですから、体内の魔力も歪になっています。なので、余計に敏感に感じたのだと思いますが、量にして大体〇・五人分は吸われてましたね」
「それって病院に来た人全員からってこと?」
「少なくとも、あの後わたしが感知した限りでは全員です」
「……何のためにそんなことをしてると思う?」
「姫様の想像している通りではないかと」
「……だよね」
クリアは呆れとも怒りともつかない感情を声に滲ませた。
ブラックボックスには魔力が必要だ。
その魔力を黒腐による強制徴収だけで賄っているとは到底思えなかったのだが、それ以外にどんな手段があるのかは分からなかった。
その手段の一つがこれということなのだろう。
病院に訪れる者から魔力を強制的に徴収する。
恐らくはホワイトクロス傘下の病院ではどこも同じことをやっているのだろう。
吸収イコール死を意味する黒腐よりもむしろこちらの方が効率的とさえ言える。
生きている人間であるがゆえに、吸っても魔力は回復し、病院を訪れる限り何度でも徴収できるのだから。
「用がないと病院なんて行きませんからね。わたしも今まで気づきませんでした」
「病気にでもなんないと分かんなかっただろう……ね」
「どうしました?」
「いや、別に」
ふとクリアの頭にある考えが浮かんだ。
普通、病気や怪我でもしないと病院には行かない。
それは当たり前のことだが、より多くの魔力を回収したいホワイトクロスとしてはそれでは都合が悪い。
そのための手段として意図的に病気をばらまくとしたら、どうだろう。
定期的に流行るという三つの感染症。
それがそのための手段だとしたら。
「可能性はあるかも」
確証はないから口にするつもりはないが、ウイルスを研究すればそういうこともできるだろう。
より多くの人間を病院に訪れさせるために定期的に感染症のウイルスをばらまくことが。
自分たちで作り出したウイルスなら治療法を確立するのも容易いだろうし。
黒腐を災害と言っているのと同じマッチポンプだ。
「またちょっと休んでくるね」
「はい。ゆっくりとお休みください」
部屋に戻ってベッドに潜り込む。
ネマネスにホワイトクロス、そして、三つの感染症。
またぞろ調べたいことが増えたが、今は体を治すことが先決だ。
元気になれば奔放にクリアは暴れるとしよう。
不義には正義を。
正義の魔法少女として。




