第9話 機嫌取りと決意
カレンが一通り全員の魔法指導を終えたところで、クリアが広場に帰ってきた。
表面上は無表情で、いつもと変わりがないように見えるが、目元は赤いし、足取りも重い。
「クリアちゃん! もう、どこ行ってたの! 見て見て! わたしの特訓の成果!」
そんな彼女に真っ先に歩み寄っていったのは、クリアが偶然出会ったというユリアという少女で、意気消沈した様子ながらも彼女とぽつぽつと会話を交わすクリアを見ていると、ああした友人ができて本当によかったとカレンは思う。
そうして二人を遠巻きにするカレンのもとにバルクセスが歩み寄ってきた。
「随分しょげた面してるな、姉ちゃん」
「そう見えますか?」
「ああ。負けたあの子よりあんたの方が苦しそうだ」
「……それはないでしょう。どう見ても姫様の方が悔しいはずです」
「悔しさはそりゃな。でも、苦しそうなのはあんたの方だぜ」
「別にそんなことは……」
確かにカレンは勝ったが、それはあくまでクリアからもらった『クリアボックス』があったからだ。
自分の力だけで勝ったとは言い難く、それなのに、戦闘中好き放題にクリアを煽るような言葉を繰り返してしまった。
調子に乗っているのはどちらだという話だ。
クリアのおかげで失った魔力をもう一度使えるようになって、カレンも少々気持ちが上ずってしまっていたらしい。
戦闘を終え、クリアのひどく傷ついた顔を見て、それから少し冷静になる時間を持った今、それがよく分かる。
「……わたしも久々だったんですよ、魔力が使えるのは。だから、少し盛り上がりすぎてしまったようです」
「まあ、難しいわな。手を抜いて戦うっていうわけにもいかねえだろうし。あんたらの関係はよく分からねえが、それでも、嬢ちゃんと姉ちゃんが深く信頼し合ってるのは分かる。そんな相手と戦うっていうのはそりゃ難しいだろうよ。勝っても負けてもどっちもな」
「まあ、今回は姫様の方が少々入れ込み過ぎていたというのはありますが」
毎日のように訓練でやり合ったりなどしていればまた違う感情もあっただろうが、数カ月ぶりの再戦で、それもクリアはリベンジに燃えていたわけだから、それで負ければショックを受けるのは当然だ。
それでも、バルクセスの言う通りわざと負けるなんていうことをすれば、クリアは絶対に根に持つだろう。
それゆえに、全力で戦うしかなかったのだ。
「少々自己嫌悪に陥ってはいますが、わたしも姫様のことはよく分かっていますので、フォローはしっかり行うつもりではありますよ」
「ああ、そうしてくれ。あの子があんな顔してるのは、助けられた俺たちにとっちゃ自分らが捕まるよりもつらいことだからな」
「ありがとうございます。そこまで姫様を大事に思っていただいて」
「当然だろ。命の恩人だぞ」
どうやらそれだけが言いたかったようで、満足した様子でバルクセスは離れていった。
ユリアにバルクセスにトーマスにカイモスと、クリアがいろいろな人間に愛されて、誇らしい限りだとカレンは思う。
だが、だからこそ、もっともクリアを理解し、そして、愛している人間は自分でありたいと思う。
傍らに立ち、彼女を支えるのはカレンでなくてはならないのだ。
それがカレンのもっとも根源的な望みで、純粋な喜びだ。
おもむろにクリアに近づいたカレンは少しだけ息を吸って声を掛ける。
「姫様」
「……なに」
「夕飯はハンバーグでよろしいですか?」
「……チーズインで。あとじゃがバター」
「デザートはアイスケーキでも買っていきましょうか」
「……ドーナツも追加で」
クリアの頬が少し緩んだのを見て、ほっと胸を撫で下ろす。
こういうときは大抵おいしいものを食べさせればすぐに気分を持ち直す。
それがクリアという人間だ。
「あ! スイーツなら最近おすすめのお店があるんだよ! アイス・クーキースっていう最近人気のパティシエさんが作ったケーキがとろけるような生地でおいしいの!」
「帰りにそこも寄って、カレン」
「了解いたしました」
さらに追い打ちの助け船を出してくれたユリアにカレンはとても感謝した。
その後、少しだけ気分を持ち直したクリアが全員の進捗を確認して、その場はお開きとなった。
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それから数日間、メンタル的なリセットも含めて、家に引きこもってひたすら因果工作にいそしんでいたクリアは、その日数日ぶりにアイアンガーデンを訪れた。
用事があるということで、今日はユリアはいない。
森の中の広場にやってくると、そこにいたのはカイモス一人だった。
「他の者には少し席を外してもらっている。君と二人で話がしたくてな」
自作の木の椅子に座っていたカイモスは神妙な表情で顔を上げた。
真向かいにもう一つ椅子が置かれていたので、クリアは無言でそこに座る。
「この前、君に言われたことを俺の中で考えてみた。そして、俺なりに思うところがあったんだ。聞いてくれるだろうか?」
「別にいいよ。あと、この前きつい言い方しちゃってごめんね。負けたばっかで気が立っててさ」
「いや、いいんだ。敗北の後すぐに話しかけた俺も悪かった」
お互いに謝罪を済ませると、これ以上は引きずらないという暗黙の了解が生まれたように感じた。
それから改めてカイモスがクリアを見据えると、生真面目な顔で口を開く。
「結論から言おう。俺のブラックボックスを壊してくれ」
「いいの?」
「ああ。君に提案されて初めて気付いたんだ。今までの俺はただ単に七大企業に復讐したかっただけなのかもしれないと」
カイモスが完全に語る姿勢になったのを見て、結構自分語りが好きな人なのかもしれないとクリアは思った。
「表面的には、俺と同じように七大企業の犠牲となる者をなくしたいという思いで奴らに反抗していたが、心の奥底では、きっと奴らを殺すことで俺自身の鬱憤を晴らしていたに過ぎなかったのかもしれない」
「あー、そういえば、議員みたいな人をいっぱいやっちゃったんだっけ」
「ああ。正直すっとしたよ。どいつもこいつも権力に胡坐をかく愚か者ばかりで、その下敷きになる弱者の気持ちなど想像したことのないクズばかりだった」
暗い笑みを浮かべるカイモスをただ見つめるクリア。
「だが、その程度で気分が晴れた気になる俺も愚か者だ。結局、何十人殺したところで組織そのものに大きな影響はない。代わりなどいくらでもいるからな。俺はただ憂さ晴らしに人を殺す快楽殺人者だった」
「……それは言い過ぎだと思うけど。別に何の罪もない人を殺したわけじゃないでしょ」
「確かにそうだが、だからといって、むやみに肯定できる行いでもない」
「それはそうかもしれないけど」
胸に手を当てて、カイモスは真摯な目をクリアに向ける。
「だから、壊してくれ。その方がきっと俺はましな生き方ができると思うんだ」
「……なるほどね。まあ、ボクから提案したんだから、別に構わないけど。ちなみにカイモスさんのブラックボックスってどんな力があるの? 薄らとは想像つくけど」
「『重み』を上書きする力だ。小石でも鉄球並みの破壊力にできるし、本来持ち上げられないような重い物体でも軽々と持ち上げることができる。もちろん上限はあるが」
「へー、便利じゃん」
戦っているところを見た限りだと、がれきを投げつけた際、当たった壁にやけに大きく衝撃が残っていたので、それが『重み』の上書きだったということだろう。
「それなりに使える力だと思うけど、それでも本当にいいの?」
「ああ。もはや後悔はない。心は決めた。ブラックボックスなどなくとも、俺はこの体制を壊してみせる」
「おっけー」
クリアは背負っていたリュックサックからクリアボックスを二つ取り出す。
中に入っている魔力量は、常人を1とすると、両方ともおよそ1000ほど。三等級のブラックボックスに匹敵する量の魔力が詰まっている。
一つはブラックボックスを破壊するのにこれぐらいはいるかなという目安の魔力量。
もう一つは――。
「はい、これあげる」
「これは?」
「ボクが作ったクリアボックス。ボクの魔力がいっぱい詰まってるよ。量で言うと、ちょうど今カイモスさんの胸に埋まってるブラックボックスに入ってる魔力と同じくらいの量が入ってるよ」
「……俺にくれるのはなぜだ」
「ブラックボックスの代わりにこれ使って戦えばいいじゃん」
「しかし……、君は簡単に言うが、これはかなり貴重なものなんじゃないか?」
「んー、まあ、今は別に他にあげる人もいないし」
クリアボックスのことを思いついたのが二カ月ほど前で、大体一日400は魔力を溜めているので、400×60日で計24000ぐらいの魔力は溜まる計算だ。
ちょこちょこ実験などにも使っているので、今ある分は20000程度。
1000や2000あげたところで支障はない。
カイモスはクリアが差し出した透明な箱を見て、困惑した表情をしている。
「本当にもらっていいのか?」
「いいよ。ちなみにこの魔力は正真正銘ボク一人の力によって溜められた魔力だから。他の誰に気兼ねすることなく使っていいです。ほら、まるでボクの心のように透明な色をしているでしょ。えっへん」
「確かにその通りだな」
「……あのー、真面目な顔で肯定されると対応に困るんだけど」
心が汚れているとは思っていないが、別に透明だともクリアは思っていない。
「はい、どうぞ」
「……済まない」
無理やり押し付ける形で手渡すと、カイモスは申し訳なさそうに受け取った。
ほっといても湧いて出てくるものなのだから、別にそれほど気にするものでもないのだが、どうしても罪悪感がにじみ出るのが彼の人間性ということだろう。
「じゃあ、ささっと壊しちゃうからね」
「……頼む」
もう一つのクリアボックスを手に彼の胸を指差して言うと、覚悟を決めたようにカイモスが唇を引き結んだ。
クリアは何の気負いもなく、淡々とカルマ・クラフトを発動させる。
「因果断絶」
瞬間、黒い火花が迸ったようにクリアは錯覚した。
カイモスの中のブラックボックスに収められていた歪んだ魔力が一斉に弾け、霧散して消えていく。
当のカイモス本人は何が起こっているか分からないという表情で、ただ自分の手のひらに視線を落としているだけ。
黒腐が発生することもなく、ただ静かに黒い澱みが消えていく。
それと同時にクリアが持っているクリアボックスからもまるでブラックボックスの魔力と対消滅するかのように魔力が失われていく。
やがてすべての歪んだ魔力が消え去ると、クリアボックスの魔力も空っぽになった。
残ったのは、機械を埋め込んだことによって多少の魔力の歪みが生じただけの単なる一人のサイボーグだ。
「……消えた、のか?」
「うん。消えたよ。間違いなくね」
「そうか……」
どこかすっきりしたような、少しは名残惜しくもあるような、そんな複雑な表情でカイモスが胸をさすっている。
クリアはそんな彼に嗜虐的な笑みを向けた。
「じゃあ、これからカイモスさんはボクの弟子十何号とかね。精々厳しく指導してあげるから」
「……お手柔らかに頼む」
苦笑したカイモスからはすっかり毒気が抜かれたようだった。
※
「ああ、二人そろっているならちょうどいい。一つ報告をしに来たよ」
カイモスとの件が片付くと、狙いすましたようにヨークが広場に現れる。
「報告?」
「こないだ彼が襲撃した施設だけどね、警備が厳重になった」
「うん、まあ、それはそうなるだろうけど」
あれだけ正面からカイモスが戦って、そうならない方がおかしいとさえ言える。
「守っているのは君が戦った一等級サイボーグ、ミミ・ストミミス。一報が届き次第、彼女が現場に駆け付ける体制になっているようだ。もはや襲撃は不可能だろうね」
「――」
「……なるほど。確かにそれは不可能だな」
黙り込んだクリアの代わりにカイモスが頷き、ヨークの姿がまるで夢幻のように消え失せる。
どうやらそれだけを告げに来たようで、清々しい消えっぷりだった。
「……毎回煙のように消えるんだな、あの男は。一体なんなんだ」
「……」
カイモスのつぶやきを聞き流しながら、クリアはひっそりと歓喜の笑みを浮かべていた。




