第10話 日常と努力
「ふぁのふぁほぉってふぁ、ひふみふぉうふぁってふの?」
「なんて?」
魔法指導の休憩中、ドーナツを頬張りながらしゃべったユリアにクリアは首を傾げた。
クリアの差し出したパックのジュースを飲み干したユリアは改めて言い直した。
「この魔法ってさ、仕組みどうなってるの!」
「仕組み?」
「ほら、こうやってさ、火球出すじゃん!」
右手を広げてその上に火球を出すユリア。
「で、こうやって水球出すじゃん!」
左手を広げてその上に水球を出すユリア。
「水は分かりやすいんだよね! 魔力を水に変換してるんだって分かるから! でも、火は物質じゃなくて現象じゃん! 魔力を何に変換してるんだろうなって!」
「ああ、そういうことか。確かに考えてみればちょっと変か」
物理や化学の勉強なども進めているクリアにはユリアの疑問も何となく理解できた。
水は単純に水分子を作っているんだと考えられるが、火というのは燃焼という化学反応に伴う副次効果であり、火という物質そのものは存在しない。
魔力をどう使ってそれを引き起こしているのかということになると、仕組みとしては分かりにくい。
「まあ、それで言うなら、風球も雷球もどうなんだっていうことにはなるけどね」
「あ、そっか! 風も雷も物質って言えるかどうか微妙だもんね!」
風は大気を作っているとすれば物質かもしれないが、どこまでその組成を再現しているのかは分からない。窒素八割、酸素二割的なそのまんまの組成を再現しているのか、それとも、窒素だけや酸素だけの組成なのか。
雷は電子の移動なら、その電子はどこからどこへ移動しているのかなど、実態として分かりにくい。
「これはボクの想像でしかないけど、魔力を物質に変換してるんじゃなくて、魔力が別の何かの役割を代替してるんじゃないかな」
「役割を代替!?」
「……ユリアが聞き返すと、まるで全部が衝撃の事実みたいに聞こえるよね」
彼女の声の大きさに驚きながら、ユリアは自分の考えを言葉にする。
「たぶん火球も水球も雷球も風球も氷球も全部そうだと思うんだけど、物質を作ってるんじゃないと思うんだよ。あくまで火や水という役割を与えられた魔力がそこにあるだけで、それそのものがそこにあるわけじゃないというか、魔力が全部他の現象の肩代わりをするんだけど、正確にはそれは魔力でしかなくて、別の物質じゃないというか、そういう感じ」
「ごめん! 何言ってるのか分かんない!」
「説明が下手でごめんねー」
思ったままを口にしたら全然まとまっていない内容が口から出てきて、クリアもさすがに謝った。
「要は物質でも現象でもないってことね。魔力が物質かどうかは分かんないし。結論を言えば、水の役割を果たす魔力とか、火の役割を果たす魔力をボクらは作っているだけってこと」
「なーる! 分かった!」
元気のいい返事が返ってきたが、ユリアが本当に分かったのかどうかはクリアにも分からない。
「ボクに言えることは、ユリアはそんなことを気にする前に魔法の練習を頑張ろうねってことかな」
「……すみません師匠! 自主練してきます!」
急いでドーナツを口に放り込んだユリアはクリアにどやされる前に自主練に戻っていった。
※
カレンにクリアボックスを渡してからというもの、カレンは仕事が休みのときは必ずアイアンガーデンに赴くようになった。
自然、クリアと行う魔法訓練も多くなる。
実戦形式の訓練は負けたら悔しいのであまりやらないが、児戯程度の魔法戦は日常的に行うようになった。
今行っているのもその一つ。
クリアの右手には火球、左手には障壁、それに向き合うカレンの右手には障壁、左手には火球。
お互いに片手で火球を打ち合い、片手の障壁で防ぐ。
一球打ったら左右を入れ替え、クリアの場合は右手が障壁、左手が火球に変わる。
それを何度も何度も繰り返す。
こうすることで魔法発動も魔力の練り上げも自然に行えるようになる。
カレンと訓練を行ううちに自然と行っていた方法だが、きっと記憶を失う前のクリアも同じようなことを日常的にやっていたのだろう。
練習相手も練習目的も同じなら似たやり方に落ち着くのは当然の帰結だ。
「そういえば、最近、姫様はやけに燃えて訓練に励んでいるように見えますが、何かあったんですか?」
「ん? 別に何も。単にリベンジに燃えているだけだよ」
「……そうですか」
腑に落ちない顔をしたカレンの隙を突くように、火球の速度を二倍にして放つ。
慌てたカレンは何とか障壁で防ぐが、わずかに防ぎきれず、炎の切れ端が彼女の髪の先端をわずかに焦がした。
「っ……!」
「負けたボクが真剣に訓練してて何かおかしいの? 模擬戦だろうが、不意の遭遇戦だろうが、ボクは敗北とカウントするよ。勝ったのはカレンだけどさ、そうやって何も知らない振りするなら、四六時中、カレンの隙を狙うことになるからね」
「――申し訳ありません。不用意な発言でした。お許しください」
「許すよ」
機敏な動きで頭を下げたカレンにクリアもすぐに謝罪を受け入れた。
友人関係には不似合いなやりとりだが、クリアとカレンは主従。しかも、それを求めたのはカレンなのだから、クリアもこういうときに遠慮することはしない。
黙ってクリアが再び火球を繰り出すと、カレンも受け止めて訓練が再開される。
「それに基礎をもっと大事にしろって言ったのはカレンだからね。敗者は勝者のアドバイスを甘んじて受け入れるべきでしょ」
「そうですね。そう言ったのはわたしでした。もう少し自身を省みます。申し訳ありません」
「そうだよね」
言いつつ、火球の数を二発に増やして放つ。
軽く目を見開いたカレンが障壁の範囲を広げて防いだ。
お返しとばかりに二発の火球が返ってくる。
それを難なく障壁で防ぐと、カレンが不服そうな目を向けた。
「それはそれとして、基礎訓練で不意を突くのはどうかと思いますが」
「カレンを信用してるんだよ。これくらいはらくらく対処できるって」
「買い被られても、いつでも期待に応えられるわけではありませんよ」
「保険をかけるなんてカレンも弱気だね。ボクに勝っといてその態度むかつくからもっと堂々としてくれない?」
「……今日はやけに突っかかってきますね。わたしに謙虚にいてほしいのか、自信を持ってほしいのかどちらなんですか」
「えー、時に謙虚に、時に自信満々に?」
「……分かりました。今日のあなたは機嫌が良くないということですね」
呆れ顔になったカレンが黙って魔力の制御の方に集中し始めると、クリアももう突っかかることはせずに訓練に励んだ。
※
カイモスにもクリアボックスは与えたが、カレンと違って、カイモスはその扱い方は不慣れなものだった。
ブラックボックスを使っていたのだから、多少は魔力の扱い方も分かっているのかと思ったのだが、クリアボックスとブラックボックスでは全く勝手が違うらしく、そこから魔力を取り出すことさえ難しいようだった。
「難しいな……。正直言って、どこから手を付けていいか全く分からない」
「サイボーグって体の中の機械のせいで魔力の流れが阻害されてるっぽいからね。自分の魔力さえ使えないのに、さらに人の魔力を使うなんて、難しいのは当然だよ。カレンは例外として」
魔法を使う感覚を元から理解していたカレンと違って、完全にゼロベースからクリアボックスを使おうとすると、普通に魔力を使うよりも何倍も難しいのは明らかだ。
「とりあえずカイモスさんは魔力を感じ取るところから始めないとダメだね。箱から魔力を取り出す以前の話だ」
「……情けない限りだが、できる限り早く熟達するよう努めよう」
殊勝に努力する姿勢を見せたカイモスの肩にクリアは両手を置いた。
「まずはボクがカイモスさんの体に魔力を流すから、その感覚を感じ取れるか試してみて」
「……了解した」
肩から魔力を流し、胴体を通って足に至り、地面に流れる。
カイモスがその感覚を掴めるよう、かなりの量の魔力を彼の体を筒代わりに流し続ける。
「どう? 感じる?」
「……確かに、体の中を何かが流れているという感覚はある。流れた部分が軽く熱を持ち、脈打つような、血液に近い何か……」
「その感覚だよ。しばらく流し続けるから、それを感じ取ることに集中し続けて」
それからしばらくの間、カイモスの体に魔力を流し続け、彼の体の中の魔力が反応を示したところでそれを止める。
「何かつかめた?」
「……少しだけだが。もしかすると、俺の体の中はものすごく歪な状態になっているのか?」
「そうだよ。あっちこっちで魔力の伝達が阻害されて、それこそ血液で例えるなら、いろんなところで血管が切断されている状態」
「それは深刻な状態だな。どうりで苦労するわけだ」
納得したように頷き、改めてカイモスはクリアボックスに手をかける。
数分そうしていた後、やがてうんざりするように首を振った。
「やはり分からないな。自分の中に入ってくるものを感じ取るのとは別個の能力のように思える」
「焦っても仕方ないよ。普通に魔法を覚えるのでも、みんな時間かかってるのに、カイモスさんはハンデを背負った状態からのスタートだからね」
「だが、言い訳はできない。やらなければいけない理由もある。結局これはやり続けるしか答えはないんだろう」
「そうだよ。この世の全てのものと同じようにね」
物理法則の外にある魔法であっても、この世の因果には逆らえない。
一朝一夕で得た力が大事な場面で力を発揮することはなく、結局、物を言うのは費やした時間と汗。
どれだけそのために時間を費やしてきたか、どれだけそのために心血を注いできたか。
付け焼刃は付け焼刃でしかなく、最後に勝つのは続けた者だけだ。
だから、クリアも努力する。
負けないために努力する。
努力しないで負けたところで理由ははっきりしている。
努力した上で負けたならば、それは死ぬほど努力していなかっただけ。
死ぬほど努力した上で負けたとしても、運や才能を理由にするのはクリアは嫌いだ。
この世にどうにもならない運命があるとしても、それでもなお、敗北だけは拒絶したい。
そのためにクリアができることはただ日々積み重ねることだけだ。
「負けるのは悔しいよね、カイモスさん」
「それは誰でもその通りだと思うが、何の話だ?」
「でも、一番悔しいのは自分に負けたときだと思わない?」
「……そうだな」
「なぜあのときこうしておかなかったんだとか、なぜあのときあんな行動を取ってしまったんだとか、なぜあのときサボってしまったんだとか、そういう小さな積み重ねが全て自分への敗北なんだよ」
だから、クリアは他人に負けるのも嫌いだが、自分に負けるのがもっとも嫌いだ。
すべての言い訳が嘘だと知っているからこそ、自分への敗北だけは取り返しがつかない。
「勝とうね、カイモスさん。世界にも、自分にも」
「ああ! もちろん負けるつもりは毛頭ない!」
クリアの負けず嫌いが伝染したように、カイモスもまた時間を忘れて努力を始めた。




