8話 隠されていた者
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記憶領域が破損しています。想定されていない動作が行われています。今後の戦闘行動に影響を及ぼす可能性があります。
D-roidの群れは死を運ぶ。新人類に選ばれなかった者たちの営みを踏み潰すために。誰がそれの旗を振っているのか。現実は報道されない。それが実感として伴ってしまえば、彼らは自分たちの行いに堪えられない。
新人類は作り出したものの目指した本物の「善き人」たりえなかったけれど、それでも良心無き者というわけでもない。
であれば、誰かが蓋をするしかなかった。自分たちの忌まわしき行いを呼び起こすそれを忘れ、まやかしの平穏を作り出すことに腐心した。旧人類を踏みにじるというこの行いを。いつか現実を思い出させる物すべてを葬り、まやかしを現実と取って代わらせようとしていた。
そうでなければ、新人類が今度は新人類同士で争う。避けなければならなかった。誰かが生み出してしまったこの状況があふれ出てこないように。新人類を生み出した始まりの男の望みを、叶えるために、旧人類は必要な供物だった。
「ゼラニウム!!」
声と共に同調する。一体感はあの日の彼には程遠い。しかしあの日に勝る充足感だ。私の新たな名は、私自身を高めているらしい。
私は彼女の操作に従い、新人類に躍り出る。横には同じ旧人類の反逆者たち。
自分の船を守らんとD-roidは襲い掛かる。少女達の決死の覚悟を新人類の執行者は迎え撃つ。
新人類の彼らにも家族がいるかもしれない。生活も。彼が目をそらしていたものから、脳裏によぎる哀しみから、彼女は決して目をそらさない。それにからめとられれば失うのは自分か、そうでなければ肩を並べて戦う仲間になるとしても、目を伏せ耳をふさげば、眼前に立つ悪魔どもとかわらなくなってしまう。
だが、自分たちが倒れれば後ろにいるすべての旧人類は変わることすらできずに地獄へ押し戻される。
殺す必要はない。彼女が私を信じるなら、彼にできなかった力が彼女にあるなら。
「行くわよ!」
打ち出される火線を巨大な盾で防ぎながら執行者に肉薄する。振りぬかれるプラズマブレードよりも素早く、盾を捨てた機拳が敵の顔面に突き刺さる。
かつての私(彼)が実証してきた。旧人類が束になっても新人類を相手にするのは難しい。しかし、私と彼女なら。力関係は逆転する。有象無象の新人類などなんの意味も持たない。
「はぁぁああああ!」
「敵戦力の無力化を確認。」
一つ。また一つ。機体は火を噴くライフルも装甲で受け、敵の機能を停止する。無駄だ。私達は止められない。そして、私達の目的はこのD-roidの破壊ではない。
「輸送機が離脱する!!早く!!」
焦りを帯びた通信が入る。
「ああもう!!わかってる!!」
さらに加速する。躯体が悲鳴を上げる。しかし問題ない。彼女は間違いなく送り届ける。
踏みにじられる者の叫びを、人間の声を。人の心を見失った新人類に。
拳が叩き込まれ、ナノマシンはリンクする。
日本の傭兵というのは実質的な裏稼業だ。政府にこそ黙認されているが、国民にその存在が公にされることは許されない。
日本人……新人類にとってはあくまで根も葉もないうわさの存在でなければならない。しかし、諸外国の旧人類にとっては傭兵というのは実質的な侵略者であり、実態をもった悪魔そのものだ。
だからこそ抵抗がはげしく、憎悪の目で見られる。そう。気分のいい仕事だった試なんてただの一度だってありはしなかった。けれど、それを大して苦に思ったことはない。どうせそれが俺の価値なのだ。
だからいつかは自分もくだらない死に方をすると、そんな風に思っていた。
「ああああああ!」
だがこの光景はなんだ。
たった一機だ。たった一機のD-roidが同僚たちの戦闘力を瞬く間に奪っていく。朱色の翼の機体が拳を叩き込むたびに、僚機の動きが止まる。機体に異常は見られない。敵のカメラが俺を捉える。逃がさないと言わんばかりに。
「クソッたれ!!」
死ぬのは怖くなかった。いや、怖くないと思っていた。傭兵に義務付けられる特殊なナノマシンは恐怖を抑制する。死に対する恐怖さえ克服できるからこそ、新人類は傭兵という狂った仕事を当たり前にできるのだ。
機銃をかいくぐり、腹部に突き刺さる拳によって、その前提は覆る。新人類であれば例外なく体内に宿す倫理機構。傭兵のナノマシンによって休眠させられた声を持たぬ誰かへの想像力。
「なんだよ……なんだよこれは!!」
これは、怒りの声だ。新人類としてのナノマシンが旧人類としていままで受け続けた痛みを、その光景を、その絶望の声を、機体の壁を貫いて俺に届ける。
怒りと悲しみの声。こんなものは聞いていない。こんなことを俺は知らない。踏みにじられる営み、消えていく命、焼けていく日常、炎に彩られ、血塗られた鉄巨人。
俺は俺がこんなにもおぞましいものであることを知らなかった。殺しがこんなにも度し難いものであることを知らなかった。戦いがこんなにも残酷であることを知らなかった。
俺は旧人類が人であることを、知らなかった。
いつの間にか、目からは涙があふれていた。




