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悠斗に打ち明けた事で心の整理がついていた俺は、彼の言う通り仙人みたいに悟りを開いたのかもしれない。
自分の命の炎が……もうすぐ燃え尽きてしまうのではないかという恐怖もあった。
だからこそ、今まだ自分で喋る事が出来るうちに、自分の意思が、しっかりと伝えられるうちに、やるべき事をやらなきゃいけない。
そして、覚悟を決めた瞬間から、不思議な事にあれだけ苦しめられた負のスパイラルから釣り上げられたように解放されたのだ。
今胸にあるのは、全てへの感謝の気持ちと、今出来る事を全力でやろうという意思。
故に、美咲に連絡するのも、躊躇いがなかった。
「美咲、行きたいところがあるんだ。一緒に行ってくれる?」
『オッケー! 任せて!! すぐそっち行くね!!』
美咲に電話をした後、母さんにこれからしようと思っている事を全て話した。
最初は驚いていた母さんだったけど、涙を流しながらも何度も頷いて俺の背中を押してくれた。
俺の決断を、肯定してくれた。
やがて家のチャイムが鳴り、美咲が笑顔で顔を覗かせた。
そんな彼女を、俺も笑顔で迎え、二人で家を出た。
「春樹~。今日はどこへ行こうか! どこでも連れて行ってあげるよ~!」
「……うん、ありがとう。じゃあそのまま真っ直ぐ進んで?」
「りょうかーい!」
俺が道を指示して、到着したのはあの思い出深い河原敷だった。
美咲が「お嫁さんになるつもりだった」と、泣きながら言ってくれた、あの場所。
秋の日は釣瓶落とし。もうすぐまたこの河川敷も夕日に染まる。
――あの日と、同じように。
「ごめんね、こんな所まで」
「ううん! あのベンチの横でいい?」
「……うん、お願い」
奇しくも、この前と同じベンチの隣に車いすを横付けし、美咲もすぐ隣のベンチへ腰掛ける。
いつも見上げている美咲の顔が、同じ高さのすぐ横にある。
その同じ場所に居られるという感覚が、俺の胸を温めていた。
「大丈夫? 寒くない?」
「ああ、大丈夫。……美咲は心配性だな」
「そりゃもう! 大事な春樹の事だもん!」
……いつもの、美咲の笑顔だった。
俺はその笑顔を目に焼き付けた。
——これから、きっと俺が曇らせてしまう、その笑顔を。
「美咲」
「なぁに?」
「聞いてほしい話が、あるんだ」
俺はできるだけ穏やかに言った。
覚悟は、もう決まっていたから。
だから不思議と心は凪いでいた。
* * *
俺の真剣な顔を見て、美咲の顔に不安の色が浮かぶ。
……もう、笑顔を曇らせてしまった。その事に罪悪感を抱きながらも、何度か咳払いをして、しっかりと美咲の目を見た。
「俺さ。美咲の事が……好きだ」
美咲の目が驚愕で見開かれる。
「っ……!? え、あ……?」
「ずっと、好きだった。多分、自分で思ってたより……ずっと前から、美咲の事が好きだった」
「は……る、き?」
じわ……と美咲の目に涙が浮かび、今にもこぼれそうなくらいに瞳が揺れていた。
喜びで口元がぐにゃりと歪み、両手を口元に当てる。
「——でも、違うんだ」
俺は優しく、穏やかに続けた。
「好きとか。付き合いたいとか。恋人になりたいとか。……そういうのじゃ、ないんだ」
「……え?」
「もっと、こう……上手く、言えないけど……」
やっぱり口にするのは、中々恥ずかしい。
手が動くのなら、照れ隠しに頭を掻いていたのだろうが、仕方なく指先でふとももを掻いた。
「……俺は、美咲を……愛してるんだ。心の底から」
その言葉を口にした時。美咲の顔がくしゃりと歪んだ。
「だからね、美咲」
穏やかに、まっすぐに、彼女へ笑いかける。
「君の人生を、君に返したい」
* * *
「……何、それ?」
冗談でも聞いたかのように、美咲は小さく笑った。
「返すって、何? 私、春樹に人生貸した覚えないよ?」
「……うん。貸したんじゃない」
俺は静かに首を振る。
「美咲は、自分で選んで俺のそばにいてくれた。それはちゃんと分かってる」
「でも、その選択をさせたのは俺なんだ」
美咲が、眉を寄せる。
「あれは、俺の我が儘を美咲に飲んで貰っただけなんだ。だから、俺は……責任を取らなきゃいけないんだ」
「責任って……」
美咲の声が、小さく震えた。
「それは私が願った事だから!」
美咲は身を乗り出し、俺へ顔を寄せた。
「言ったよね? 春樹は私の半分なんだって」
「春樹がいない人生なんて、この先考えられないんだよ?」
その瞳に、涙が溜まり始める。
俺はゆっくり息を吸った。
「……分かってる。痛いくらい分かってる」
「……だからこそ、なんだ」
言葉を選びながら続ける。
「俺はきっと、美咲よりずっと早く逝く」
「その日が来るまで、美咲を縛り続けたくない」
「そんなの……!」
美咲が首を何度も横に振る。
「すぐじゃないでしょ!? まだ一緒にいられるじゃん! だったら最後まで付き合わせてよ!」
彼女の目から溢れた涙が、ぽろぽろと頬を伝う。
「春樹のそばに、最後までいさせてよ……!」
縋るように握られた腕に、少しずつ力が籠もっていく。
痛かった。
……でも、その痛みが嬉しかった。
「……身体が教えてくれるんだ」
ゆっくりと、自分の手を見る。
「昨日できた事が、今日はできなくなる」
「朝、目を覚ますたびに、少しずつ動かなくなっていく」
「そのたびに思うんだ。……ああ、残された時間は、そんなに長くないんだって」
美咲の瞳が、大きく揺れる。
「っ……なに、それ……」
掠れた声が漏れた。
「そんなの……」
首を振る。
いやいやをするように、何度も、何度も。
「意味、分かんないよ……!」
美咲は泣きながら首を振り続けていた。
俺は、その姿をただ見つめる。
本当は、今すぐ抱きしめたい。
俺が死ぬまで、一緒に居てくれ。
俺と同じ名前になってくれ。
きっとそういえば、美咲は泣きながら笑う。
そして何度でも頷いてくれる。
「うん」って。
「ずっと一緒にいる」って。
文字通り、死ぬまで……愛してくれるだろう。
でもそれを言った瞬間。
美咲の未来を、本当に奪ってしまう。
だから、離れなきゃいけないんだ。
「今の美咲は、俺の為に夢を諦めようとしてる」
「保育士も。母親になる事も。普通の幸せも」
「全部、俺の為に手放そうとしてる」
「ッ……」
「……でも俺は、そんなの望んでない」
「君には、君の人生を、生きてほしいんだ」
精一杯の微笑みを浮かべる。
彼女の目を見て、逸らさない。
「……俺の、いない所でも」




