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天井の高いチャペルは、静寂に包まれていた。
空気は澄みきっていて、息をする度に胸の奥まで冷たい光が流れ込んでくるようだった。
磨き上げられた大理石の床には、ステンドグラスの光が淡く落ちている。
青、赤、金――色とりどりの光が揺れ、まるで太陽が祝福してくれているようだった。
光の粒が床の上で震え、ゆっくりと形を変えながら、静かに時を刻んでいる。
祭壇の両脇には白い百合が飾られ、ほのかに甘い香りが漂っている。
その香りは、緊張で張り詰めた空気をほんの少しだけ柔らかくしてくれていた。
並び立つ聖歌隊は、皆胸の前で手を組み、花嫁の入場の時を静かに待っていた。
パイプオルガンの前に座る奏者が、そっと鍵盤に触れた。
天から降り注ぐような大きな音色がチャペル内に反響し、聖歌隊が美しい旋律を紡ぎ出す。
そして――大きな扉が、ゆっくりと開かれた。
光が差し込み、花びらのように舞う埃がきらめく。
その中心に立つ彼女へ、参列者達の視線が一斉に吸い寄せられた。
純白のウェディングドレスに身を包んだ彼女が、ゆっくりと歩いてくる。
柔らかなベールの向こうに見える少し俯いた顔は、昔よりずっと大人びていて。
それでいて、俺の知る面影をちゃんと残していた。
緊張からか、きゅっと結ばれた唇には、薄く引かれたピンク色のグロス。
瞬きする度煌めく、宝石みたいな輝きを宿した瞳。
白いベール越しでも分かる、綺麗に結われた濡れ羽色の美しい髪。
そのどれもが、美しくて。
そのどれもが、眩しくて。
(綺麗だ……)
そう、心の中で呟く。
本当に……天使みたいだ。
新婦——美咲は、彼女の父親にエスコートされ、参列者の拍手の雨の中、レッドカーペットをゆっくり進んでいく。
一歩。
また一歩。
純白の裾を揺らしながら、静かに、確かに、俺との距離を縮めていく。
そして。
美咲は俺の前で立ち止まる。
――はずだった。
だが、彼女はそのまま俺の横を、ゆっくりと通り過ぎる。
そのまま俺の横を、ゆっくりと通り過ぎる。
僅かに香った花のような匂い。
昔から変わらない、どこか甘い香り。
それが一瞬だけ俺を包み込んで。
そして離れていった。
俺はゆっくりと正面へと向き直り、祭壇へと向かう美咲の背を見守る。
その先には神父がいる。
そして――。
「……緊張してるな」
タキシード姿の男が、幸せそうに笑っていた。
黒沢悠斗。
俺の親友。
そして今日、美咲の夫となる男だ。
悠斗と目が合う。
あいつは一瞬だけ眉を下げた後、小さく笑った。
俺も笑い返す。
大丈夫だ。
そんな顔をするな。
今日は、お前達の晴れの日なんだから。
美咲は悠斗の隣へ立つ。
二人の肩が並ぶ。
あまりにも自然で。
あまりにもお似合いで。
——胸の奥が少しだけ痛んだ。
だけど、それ以上に思う。
良かったな、と。
幸せになれよ、と。
そう願っている自分がいる。
神父の言葉が静かに響く。
参列者達は前を見つめている。
誰も俺なんか見ていない。
だから俺は、そっと視線を落とした。
膝の上に置いたままの、動かぬ両手へ。
そして、その下にある車椅子へ。
もう随分長い付き合いになった相棒だ。
昔はどこへでも走っていけたのにな。
そんな事を思う。
ぼんやりと美咲の後ろ姿を見つめながら、遠い昔を思い出した。
まだ俺達が小さかった頃。
王子様とお姫様になって遊んでいた頃を。
あの日から。
俺と美咲は、本気で結婚するつもりだった。
そうなるのが当たり前だと、疑いもしなかった。




