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誓いのキスは手の甲に  作者: 濃厚圧縮珈琲


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1

 天井の高いチャペルは、静寂に包まれていた。

 空気は澄みきっていて、息をする度に胸の奥まで冷たい光が流れ込んでくるようだった。

 

 磨き上げられた大理石の床には、ステンドグラスの光が淡く落ちている。

 青、赤、金――色とりどりの光が揺れ、まるで太陽が祝福してくれているようだった。

 光の粒が床の上で震え、ゆっくりと形を変えながら、静かに時を刻んでいる。


 祭壇の両脇には白い百合が飾られ、ほのかに甘い香りが漂っている。

 その香りは、緊張で張り詰めた空気をほんの少しだけ柔らかくしてくれていた。



 並び立つ聖歌隊は、皆胸の前で手を組み、花嫁の入場の時を静かに待っていた。


 


 パイプオルガンの前に座る奏者が、そっと鍵盤に触れた。

 天から降り注ぐような大きな音色がチャペル内に反響し、聖歌隊が美しい旋律を紡ぎ出す。

 


 そして――大きな扉が、ゆっくりと開かれた。



 光が差し込み、花びらのように舞う埃がきらめく。

 その中心に立つ彼女へ、参列者達の視線が一斉に吸い寄せられた。

 純白のウェディングドレスに身を包んだ彼女が、ゆっくりと歩いてくる。



 柔らかなベールの向こうに見える少し俯いた顔は、昔よりずっと大人びていて。

 それでいて、俺の知る面影をちゃんと残していた。

 

 緊張からか、きゅっと結ばれた唇には、薄く引かれたピンク色のグロス。

 瞬きする度煌めく、宝石みたいな輝きを宿した瞳。

 白いベール越しでも分かる、綺麗に結われた濡れ羽色の美しい髪。


 そのどれもが、美しくて。

 そのどれもが、眩しくて。


(綺麗だ……)

 

 そう、心の中で呟く。

 本当に……天使みたいだ。



 新婦——美咲は、彼女の父親にエスコートされ、参列者の拍手の雨の中、レッドカーペットをゆっくり進んでいく。


 一歩。

 また一歩。

 純白の裾を揺らしながら、静かに、確かに、俺との距離を縮めていく。




 そして。

 

 美咲は俺の前で立ち止まる。


 ――はずだった。


 だが、彼女はそのまま俺の横を、ゆっくりと通り過ぎる。


 そのまま俺の横を、ゆっくりと通り過ぎる。


 僅かに香った花のような匂い。

 昔から変わらない、どこか甘い香り。

 それが一瞬だけ俺を包み込んで。

 そして離れていった。


 俺はゆっくりと正面へと向き直り、祭壇へと向かう美咲の背を見守る。

 その先には神父がいる。

 そして――。


「……緊張してるな」


 タキシード姿の男が、幸せそうに笑っていた。


 黒沢悠斗。

 俺の親友。

 そして今日、美咲の夫となる男だ。


 悠斗と目が合う。

 あいつは一瞬だけ眉を下げた後、小さく笑った。

 俺も笑い返す。


 大丈夫だ。

 そんな顔をするな。

 今日は、お前達の晴れの日なんだから。


 美咲は悠斗の隣へ立つ。

 二人の肩が並ぶ。

 あまりにも自然で。

 あまりにもお似合いで。


 


 ——胸の奥が少しだけ痛んだ。

 だけど、それ以上に思う。


 良かったな、と。

 幸せになれよ、と。


 そう願っている自分がいる。


 神父の言葉が静かに響く。

 参列者達は前を見つめている。

 誰も俺なんか見ていない。


 だから俺は、そっと視線を落とした。


 膝の上に置いたままの、動かぬ両手へ。

 そして、その下にある車椅子へ。


 もう随分長い付き合いになった相棒だ。

 昔はどこへでも走っていけたのにな。

 そんな事を思う。




 ぼんやりと美咲の後ろ姿を見つめながら、遠い昔を思い出した。


 まだ俺達が小さかった頃。

 王子様とお姫様になって遊んでいた頃を。


 

 あの日から。

 俺と美咲は、本気で結婚するつもりだった。

 そうなるのが当たり前だと、疑いもしなかった。

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