アデュート帝国の受難 その5
一言に獣人族と言っても、その種類は多岐にわたる。
一般的に良く見るのは、気まぐれな旅人が多い猫人族や従順で人懐っこい犬人族。その他にも、孤高を好む狼人族や獣人族の王である獅子人族。
動物的な特徴を持ち合わせている様々な部族の総称こそが獣人族であり、人類種の中でもその種類の多さは群を抜いて多い。
人類族で言えば、白人、黄色人、黒人が代表的だろう。妖精人族では風、水、炎、地に相当する。
そして多様な獣人族の部族毎に、ある種の伝説的な話があった。
大抵は部族で最も活躍した者がどれ程の偉業を成したのかを伝えるモノが殆どであったが、その獣人族の中で異例中の異例。
最弱の獣人族と呼ばれ、虐げられ続けて来た兎人族の逸話が存在する。
曰く、何者にも勝てず、洞穴で逃げ隠れした臆病な兎人族はこの地を捨てて空に浮かぶ紅・白2つの月へと昇った。
そして、冗談みたいな話であるが、ある日を境にぱったりと兎人族の姿が消え、数百年間の長きに渡りその存在が確認されて居らず、兎人族の存在自体が伝説ともなって近しい。
歴史学者たちは「狩られ過ぎて数が減少したのでは?」との通説を信じていた。
要は、兎人族と言う種族が滅びた為にその様な話が出来上がったので無いのかと。
言うまでも無いが、空を飛ぶ技術が法も秩序も無い時代に生まれる筈もない。技術とは安全な所で時間を掛けて行うのだから兎人族の伝説は寓話に過ぎなかった。
しかし今、昔の人間が宣った冗談に、現実味が帯びてきたのだ。
過去、獣人族を統一し、国を打ち立てた王である獅子族は『力の下に国民は平等である』との政策を打ち出している。
元来、弱い性質を持ち合わせた獣人族はその政策に飛びつくようにして獅子族の下へと集まり、労働の対価として安全を買ったが、其処に最弱の兎人族の姿は無かったのだ。
それが、今になって目の前に現れた。
虐げられ続けた最弱の存在が、恐ろしい程の力を付けて戻ってきたのだ。
私の心の中に不安の種が生まれる。
『戻ってきたのは復讐の為かもしれない。』
勇者が活躍する前。人類種は『力こそ全て』であり、弱肉強食極まる時代があった。
弱い者が全てを失い、強き者が全てを奪う。
そんな時代の最中、最弱と呼ばれていた兎人族の扱いは想像に難くない。
様々な人類種から受けた暴力と凌辱に対する彼らの恨み辛みは想像を絶するモノであるだろう。
其れを知っているからこそ、私が感じた不安の種は心の内で次第に成長していく。
戦争は有るものの、弱き者を守るための法が出来て国が出来た。
そんな最中に法の無い、前世代の闇を孕んでいる可能性がある兎人族が現れたのだ。
今頃になって前世代の弱肉強食を持ち出されたら、国が崩壊してしまう!
そして、そうなる可能性は十分にあった。
相手は『弱き者は従え』と骨身に染みて理解している兎人族であるのだから。
白騎士の中身。思ったよりも若い。いや、幼ささえ残る美しい少女の姿を再度確認する。
非常識的に完成された美しさを持った少女だった。
白く長いロップイヤーに透明感のある柔らかく長い白髪は光を浴びてその角度によって様々な色に輝き、虹色を纏うようであり、白く透けるような肌は比喩ではなく、輝きを放っている。
身体付きは女性が最も求められる年齢の最上位の物であり、貴族達が息をのむ程に洗練されて・・・ある種の芸術作品の様。
その装いは・・・煽情的な、其れこそ黒い下着さえ見え隠れする様は娼婦の様であるのに、白く輝く光のヴェールは皇帝として様々な贅を尽くして来た私でさえも見た事のない生地で出来ており、その衣装の前では皇帝としての衣装さえ見窄らしい。
そして、私が恐怖するその眼窩。
赤く、青い紫色。眼窩の奥に魔術的な模様さえ見え、物事を俯瞰的に見つめて居るかのような落ち着きを孕んでいる。
透き通り、真っすぐ私とセレナを見つめるその支配者の眼こそ、この場に居る誰よりも上位的な存在である事の証明であった。
静まり返った会場に・・・。ん?静まり返った?
主役の入場には必ず、楽曲隊が演奏する。会場に居る全ての人間に本日の主役を認識させるための物であり、その音楽の演奏と共にパーティーが開催されるのだ。
このパーティーは皇帝主催の最上級の物。
当然、演奏を途中で中断するなど言語道断なのだが。
「そうか・・・。そうなのか。」
皇帝の楽曲隊はその役職柄、多くの人と出会う。
それは他国の王族や知識人であったり、皇帝に面会を許された大貴族、大商人、聖人である。
アデュート帝国が主催として行う会場であるからこそ、その威信を見せつける為に楽曲隊は何があろうとも演奏を中断してはならない。
そう。何があろうとも・・・。
会場で貴族を狙った暗殺があっても、民草による革命が起きようとも、戦争が始まろうとも。
そのように教えられてきたエリート中のエリートが演奏を中断した・・・。
敗北である。
皇帝の威信と尊厳の。
貴族の名誉と血統の。
市民の忠誠と労働の。
アデュート帝国が孕む全ての信頼と努力の敗北である。
何故なら・・・アデュート帝国が存在する時代全てで、この神聖な白銀の王城『アレステリア』の皇帝が主催する会場での失敗を起こしたのは歴史上、始めての事だったからである。




