白い絶望 その4
「------。」
吹き飛ばされ、地面に頭を打ち付けた衝撃を受けて私は目が覚める。一瞬気絶していたらしい。
私は意識が朦朧とする中で撤退の為に声を出そうとしたが、先の指示の時に声を出していたのが原因であの熱波の中で呼吸をしてしまったのだろう。喉が焼けて擦れた音しか出ない。
耳の鼓膜が破れてしまったようで轟々と耳鳴りがするにも拘らず周囲の音が聞こえなかった。
私が満身創痍で立ち上がると他のニカイア帝国兵達も軽くない怪我を負っているのを確認した。
近くに転がっていた望遠鏡を拾い上げ、平民軍が戦っていた場所を覗き込むと、私の心が折れる音がした。
地面は隕石が落ちたかのように大きく凹み、その表面はドロドロに溶けている。広く茂っていた草々の面影は全くない。見える限り全ての地面が捲り上がっていた。そして、溶けた地面が大きく巻き上げられたのだろう。空からボトボトと雹か何かの様に降って来ている。
大きく凹み、熱せられた溶岩の中央。白騎士が少しの息切れも見せずに悠々と立って居た。
望遠鏡を覗き込む手が離せない。白騎士の様相を見て全身が硬直してしまったのだ。そして白騎士が私を見た。
「!!?」
直ぐに望遠鏡を捨て去り指示を出す為に声を張り上げる。
「-----!!」
声が出ない!こんな時間が惜しい時にっ!
早く撤退しなければ。余波だけで我が国の軍隊全てに負傷させる程の威力だ。あの攻撃を喰らえば魂一つ残らずに消滅する事だろう。
近くにいた兵士を叩き起こして退避をするようにジェスチャーをするが伝わらない。倒れて負傷している兵士達を起こして回っていると副官を見つけたので駆け寄って叩き起こす。
「んんん。」
副官を叩いても意識が戻らない。軍は未だに混乱状態にあった。
私は起き上がっている兵士達にジェスチャーで倒れている兵士を叩き起こせと指示を出して回復ポーションを飲み込む。身体が活性化して少しずつ回復していくのを感じるが、喉の直りが遅い。元々、身体の内側は回復ポーションでは治りにくい物だが、これ程回復が遅いのを考えると、深く焼け爛れているのだろう。
白騎士が空を飛ぶようにして迫って来る。平民軍が何故叫んでいたのかがようやく解った。
この威圧感に恐怖。目が合った瞬間から私は思う様に動けていない。白騎士に認識されるだけで呼吸さえ儘ならない。平民軍が叫び、勇敢にも白騎士に向かって行ったのは間違いではない。
(如何に楽に殺してもらえるのか・・・か。)
白騎士にこの程度の戦力では先ず勝てない。これは確定的で、ならば如何にして逃げるのかだが、此れも不可能。相対しただけで本能から恐怖し真面に動く事さえ出来ないのだから、後退すら出来ない。
ならば弄れる可能性がある逃走よりは、向かって行った方がまだ楽に死ねる可能性があった。
(あり得ん。と言いたいが実際に身に起きてしまっては。)
四方に展開しやすいように陣形を組んでいた兵士達が枯葉を蹴り上げたかのように舞って逝く。こうなれば、後は如何に多くの情報をコンスタンス帝に届ける事が出来るのかが問題になる。兵士には私共々死んで貰う他無いが、ニカイア帝国兵は唯では死なない。
「左翼が壊滅!将軍。ご指示をっ!」
副官が起きたようだ。遠目に、其れこそ望遠鏡を使わなければ見る事が出来ない程遠くにいた白騎士は左翼の、陣形の中で最も兵士が多い処で兵士達を斬り喰らっている。大剣を一振りすれば20人程度の兵士達が天高く飛び、頭から地面に叩きつけられて死んで行く。
そして、不自然な間合いで意味不明な踊りを挟み、全身に紅い覇気を身に纏ったと思えば急激に攻撃速度が上昇した。私の知る流派では無い。少なくともニカイア帝国には存在しない流派だった。
技と技の間には剣を回すがそこに何の意味があるのか。剣とは無駄を無くしていくモノでは無いのだろうか。効率的に敵を斬り、自分を守る為の流派では無いのか?
私の積み上げて来た事とは正反対。しかし、だからこそ。
(斬り合って見せよう。ニカイア帝国最強の私が、お前を止める。)
戦時中に情報を伝える役割を持つ諜報の男にハンドサインで「出来るだけ多く敵の情報を送れ」と指示を出す。これは自軍から諜報を離れさせ、遠くからこの戦いを見せる事で少しでも多くの情報を皇帝に送る、軍の壊滅前提で送るハンドサインだ。
敵は国だけではない。時には強大なモンスターから国民を守るために討伐に向かわねばならない時が有る。
属性竜のブレス1発で軍が全滅する事さえあるのだ。その為の対策を講じていない国は無い。兵士の死を無駄にしない為に様々な緊急策がある。
諜報の男は一瞬驚きを見せたが直ぐに頷き背後の森に向かった。諜報は特殊な技能で足が速い。
装備も軽く、あの男が持っていたのは短刀と望遠鏡のみである。1人を逃がす為に全ての兵士が隠れ蓑となるのだから情報の伝達は成功するだろう。
(兵士達も半数は散った。私で何分持たせられるか・・・。クククッ死ぬというのに血が滾る。)
国の為に、毎日剣を振るって来た。貴族として、領主としてそれは当然の事。幼い頃から勇敢で自由な冒険者に夢見て、其れでも国の重責の為にこの身を捧げて来た。
私にとっては剣を振っている時だけが自由で様々な束縛から解放される瞬間だったのだ。
私は・・・自由になりたかった。
(今がそうなのだろう?強大な敵に何物にも縛られず戦う事が出来る今、この瞬間が・・・。)
「------!!」
獣の様に吠える。
騎士として、戦士として、兵士として。模範として在れと自らを縛って来た鎖を全て引き千切って。
国も皇帝も兵士も民も。全てを守りきるべしと言う重責を振り払って。
今、ニカイア帝国将軍、双竜剣ディズル・ムアが双剣英雄へと覚醒した。




