仮面の男
後数時間で夕方に差し掛かろうとする時間帯の事だった。
白騎士が現れてからギルド内は非常に静かだ。彼の存在は明らかな上位存在的なものであり、例え白騎士が我々と同じ人類種であっても気を抜くことが出来ない状態になる。対面するだけでも呼吸が止まりそうになるのだからその危険性は察しても余りあるだろう。
さて、2度目の白騎士の来訪。1度目はギルドカードを手渡しした時、2度目は大猪の討伐成功時。1日でたった2度だけの対面だったが今、ギルド内に居る冒険者達の精神を削り切るのは十分過ぎた。
彼の存在の近くにいる事はあまりにも精神力を使う。
新人冒険者は頭一つ抜けている奴以外は全員顔を青くして吐きそうになっており、上級冒険者。ギルド内で飲んだ暮れている冒険者達でさえ俯き、声を上げようともしない。
もし、声を上げて白騎士を刺激したら何が起こるのか想像しただけでも腰が抜けそうになるのだから。
俺は受付嬢のロアの体調を気遣うようにして声を掛ける。
「ロア。白騎士は今日のうちは恐らく、来ないだろう。明日の事を考えると新人受付嬢のお前ではアイツの対応は出来ねぇ。俺が白騎士の対応をするからお前は白騎士が来たらギルド員休憩室に引っ込め。」
ロアは震えながら頷き、肯定の意を示した。いまだに震えて声が出ないらしい。
毎日死が身近にある冒険者でさえ顔を青くしているのだから一般人なら良い方だろう。
ギルドマスターとして振舞う為に一息入れる事にした。ギルドの受付前の食事処で給仕に紅茶を頼む。
普段はギルドマスター室でゆっくりとティータイムを洒落込むのだが、凍り付いた様なギルド内の空気を緩和すべく冒険者達と同じ部屋で優雅さを見せつけようと考えた為だ。
冒険者や戦士と言うものは単純だ。自分たちの上司が緊張を解いたのであれば、その雰囲気は伝染していく事だろう。
俺が紅茶を飲んで、一息入れていると急に芯の底から冷えるような悪寒に襲われた。
優秀な冒険者は気配察知に秀でているのだ。その事をこんなにも憎んだことはない。
ガチャリ、とギルドの扉が開かれる。
「ひぃっ。」
微かに聞こえたのは俺自身の悲鳴。声を上げなかったのは幸運だった。
扉の前に立つのは鳥の様な嘴が付いた仮面を被った黒い装備の人物。黒い襤褸には何の冗談か金糸で幾何学模様が縫い付けられており、明るいギルド内の光をキラキラと反射している。
襤褸は貧民が着る物であり、服に加工されていない布を着込むのは一種の軽蔑さえ受ける。しかも金糸を縫い込むのは貴族の中でも上位の貴族しか加工を許されていない。金糸を服に縫い込むのはその身分を表す為に国の許可が必要なのだ。
それを堂々と着込んだ・・・呪術師だろうか。アデュート帝国の伝統に真っ向から喧嘩を売り、それでも罰を受けていないのは何の冗談か。平民が貴族と名乗るのは貴族への侮辱として重罪。最低でも市中引き回しの後に火炙りだ。しかし、それを指摘できる人類種は居ない。白騎士の様に意識を向けられただけでも体調に不具合をきたしている。間違いなく白騎士と同様の格に居る事は嫌でも分かった。
俺は震える足に気合を入れて、黒い襤褸を着た呪術師に声を掛ける。ギルド内の不和はギルドマスターの責任だ。明らかな不審人物を放置できないし、重罪人に対して何も行動を起こさなければ其れこそ皇帝への不敬になる。
「おい、呪術師。貴様何をして居る。」
呪術師は振り返り俺の顔をまじまじと見つめる。その時点で俺は一瞬、気絶していた。禍々しい見た目に邪教徒を思わせるが邪教徒と言われるよりも邪神と言われた方がしっくりくる。
「◆■◆■〇◎▼△△・・・。◆▼△△■〇◎」
呪術師は一度頷くとクエストボードから1枚の依頼を引き剥がしロアの方へと向かったのだった。
俺の角度からロアの方を見るとロアは小水を垂れ流していた。元Aランク冒険者の俺でもこのザマなのだから、直接意識を向けられたロアが未だに意識を保っている事を称賛するべきだろう。
呪術師は何かを口遊むとロアに受注書を渡した。ロアは苦々しく無理やりに笑顔を作り出すと、粛々と依頼書の処理を行った。判子を押し、自分の名前を書くだけだが呪術師の前でそれが出来るのは精神力的にタフと言う事だ。
未熟な冒険者は顔を隠して、俯き泣いている者も居る。声を上げないのは下手に刺激すると何をされるのか解らないからだろう。皆、呪術師については忌避なく接する事が出来るが人格的に異常が有る人間が呪術師の職に就きやすい事は共通認識だった。
呪術師は依頼の処理を終えると何故か俺に近付いてくる。
「◆〇◎■▼△」
「な、なにを言っている。」
白騎士と同じように何を言っているのかは解らない。しかし、俺は自身の身の危険を感じ取った。
呪術師の手がゆっくりと近付いてくる。俺は小さい手に、手を握られながらギルドの外。大通りの中央に連れて行かれた。
抵抗する気すら起きず、恐怖感からか嫌に疲労が溜まり、神経質になっているのを感じる。
「俺に何をする気だ。」
俺の声は・・・擦れていた。
「△■◆▼△〇」
呪術師が何かを唱えると大通りの地面に巨大な魔方陣が現れた。と理解した瞬間に魔方陣は当たりを真っ白に染め上げ収束した。
そして巨大な威圧感。敵意。死を濃厚に煮詰めた様な気配が周囲を包み込んだ。
「カハッ!」
思わずに跪く。重力が急に重くなり耐える事が出来ない。跪いただけで済んだのは冒険者の意地だろうか。片膝を付き、一応の回避行動を取る事が出来るであろう格好だ。
重力に全力で逆らい顔を上げるとそこには漆黒の身体の中に紅い炎が燃え滾る竜種がいた。
声を上げる事は出来ないが、昔話で読んだことが有る。
アレが、滅亡竜。別世界を破壊しながら星々を渡る絶望。
ギルドの周辺に居た市民たちは威圧感から気絶している。その様は死屍累々と言っても過言ではない状態になっていた。
「△■▼△■〇△◆」
普通に立って居る呪術師は何かを言うと俺を担ぎ上げて滅亡竜の背中に乗り込んだ。
魂さえ焼き焦がして消滅させると言われる炎が滅亡竜の周りを渦巻いている。それを自覚した俺の意識はブツリと途絶えた。
【黒金糸の聖骸布】
世の中全てを憎み、死んだ聖人が着ていた布服。
憎しみは白い布を黒く染め上げ、背に描かれた神の印のみが光り輝いている。




