はじまり
Dランクになったばかりの私はモンスター達の間引きに来ていた。鬱蒼と茂る木々をかき分けモンスターの領域に足を踏み入れる。Fランクから薬草の採取やモンスターの討伐で何百回も通ってきた道なだけに大した警戒はしない。そもそも王都付近のモンスター達は冒険者に狩り尽くされている。モンスター達の領域とは言え初心者から上級者がこの道を通るのだから警戒する程モンスターが居る訳ないし、もし鉢合わせたとしても中央の領域から逃げた低位モンスターだ。なり立てとは言え装備も駆け出しの比では無い。低位モンスター程度にダメージを負うような装備はしていないし、腰に差したショートソードも金貨80枚の業物。Fランクが使うような木の棒の先にナイフを括りつけたような貧弱な装備ではないのだ。戦闘にならない。
「まったく。あのバカ」
暇な道中パーティーメンバーの愚痴が飛ぶ。斥候のリゼは今日、宿屋の食事に当たったのだ。明らかに変色したジャガイモをもったいないからと言う理由で食べ、そのまま体調を崩した。
パーティーの斥候が居ない中でダンジョンに潜るわけにもいかないので今日は休みとなったが、急に休日が増えても予定等無いし、体を動かすくらいしか無い。毎日トレーニングは欠かしていないが本日の最高の調子を明日に維持するためにはそれだけでは足りない。という訳で1人で出来て怪我の心配も殆どない間引きに参加した。報酬は歩合だがすばしっこい角兎か魔犬でも追いかけていれば良い運動になるだろう。
目的地は領域の中域程。普段立ち入る深部より2ランク下の領域だ。安全第一で無理な討伐をしない事さえ気を付けていればそこそこ稼げるだろう。
獲物を見つけるために森の中に耳を立てる。獲物を見つけるコツは目ではない、小型のモンスターは茂みに隠れている事が多いのだ。つまり音や鼻で判別しなければならない。この技術を身に着けるのに大変な苦労をしたが、私の耳は狩り人の耳になった。風が起こす木々のざわめきと動物が起こす草木の擦れの音の違いを聞き分ける事が出来るのは所謂1人前になる為の技術である。
ガサガサ。
「聞こえた」
明らかに角兎の物ではない。もっと大型の、魔犬か?
私は背中にかけていた弓を引き出し矢をつがえる。普段はショートソードに盾を装備するが、小物は未発覚の状態で不意打ちするのに限るし魔犬程度の弱いモンスターなら牽制になる。遠距離攻撃は本来リゼの役割だが、止まっている相手に当てる位であれば練習さえすれば出来る様になる。仕事で死なずに生き残るのが仕事と言える冒険者業をやっているのだ。もしも、があった時に対応できなければ冒険者ではない。
茂みに向かって矢を引き絞る。背中の筋肉を使って思いっきり引き絞ると弦がギチギチと音を立てて鳴いた。
バシュッ
私が放った矢は空気を裂き、獲物に飛んでいく。
ガキィン
甲高い金属音が森に響く。木々に隠れていた鳥がバサバサと音を立てて空へ飛び立っていった。
「は?」
僅かな空白の後、自分がやらかした事に顔を青くする。
ヤバいヤバいヤバいっ!
この領域内で金属を纏う程知能の優れたモンスターはいない。つまり、
「...他の冒険者」
消え入るように言葉が森に消えていく。
そう、答えは冒険者。誤射の言葉が脳裏に浮かぶ。当たり所にも依るがここ辺りで活動する冒険者の装備であったら重症か下手したら死である。
そして、誤射とは言え冒険者に傷を付けたのだ。たとえ生きていたとしても明らかに敵対行動である。基本的に冒険者同士の戦闘行動は禁止されているとは言え相手に正当防衛の言い訳を与えた。相手にとって自身は盗賊になったという事だ。何方にしても牢獄行である。
「ごっ、ごめんなさい」
声が震えた。自身が犯罪者になった自覚が遅れて湧いて来たのだった。
卑しい事に相手よりも今後自分に降りかかるであろう不幸に震えていた。ああ、自分はもう犯罪者だなと。
私が声をかけた後、ゴソゴソと茂みが揺れたと思うと茂みの周囲の木々が一瞬で倒れた。
「は?え?」
訳が分からない。一抱えできない程太い木々がまるで雑草を大鎌で振り払うように打ち倒された。
木々に遮られていた視界が広がる。
そこには、白い騎士が居た。
白を基調とした鎧の端には流れるような金字のラインが走りフルフェイスの頭頂部から赤い髪を束ねたような飾りが風に靡いている。背にかけるマントは腰まで長く、紅を基調とし内側に散りばめられているのは大粒の宝石。背面に幾何学模様が金糸で縫われていた。
「あっ、あぁ」
死んだ。
これは、無理だ。
人間がドラゴンに会った時体が硬直し動けなくなるというが、これがそうに違いない。
人は明らかな力量差、存在感を見ると動けなくなるのだ。
先ほどまで震えていた身体が嘘のように凍り付き血の気が引いて全身が寒くなる。
ゆらり、と白い騎士が私に迫ってきた。フルフェイスのヴァイザーから見える目が赤く燃える様に揺らめく。私の体が自分の物でなくなっていく様な感覚さえ覚えた。白い騎士は何かを言っている様だったが、私が硬直しているとその白い騎士は何もせずに私の脇を通り過ぎた。
完全に白い騎士が見えなくなり、暫くしてから漸く体の震えが戻って来た。足の震えが止まらずその場で崩れ落ちた自分の体を認識して安堵したのか下半身が温かく濡れた。
「な、なんだったの?あれは」
誰に問うた訳でも無い。自身の身に起こった不可思議を確認するための問答。
昼間の温かい風が全身を撫でる。
近場の川に入ると言う簡単な事にも気付かずに震えながら宿屋に帰った私をパーティーメンバーは笑うのだった。




