透明な都市
シャンズンが蘇ってみると。もう日が暮れていた。つい先ほどまで燃えるようにあかあかとしていた空が嘘のようであった。もう春なのに、と彼は呟いた。それはまごうことなき冬の名残に思えた。
存命のさなかにはずっとぺたんと腰を抜かしていた姿しか見えなかった少女、ナイテーンはもうショックから立ち直り、三人への(と思いたいとシャンズンは思っていた)感謝の言葉を口にした。薄暗いただなかにもその顔が耳まで真っ赤なのがはっきりと三人には見えた。意気地のない姿を見られたと思い恥じらっているのか、それとも礼を言うときには誰でも感じざるを得ないような熱を顔に帯びたのか、正確なところは誰にもわからなかったが、それでも今一番大事なのは彼女の無事であったから、気にすることはない、と実際に口に出しても言ってみた。
「強い。強い。あなたたち強いね」感嘆符混じりでしきりにナイテーンは称賛した。そこまで実直な言葉を耳にするとこの三人も少々顔が赤らむのをおのおの感じた。あんまり人に褒められたことのない三人であった。
「大したことでは。ええ本当に。ぜんぜん大したことでは」とオリゾンが言った。
「でもあの声を聞いた? ドラゴンの咆哮。あれは苦しんだときのものだったよ。あのドラゴンはあなたたちの攻撃が驚異だったんだよ」
「でも、本当に」
「いいえ。大したことだったんだよ」ナイテーンはうなずき、そのときやっと名乗りすら不履行であったことを思い出したのか、あわてて自分の名前を教えると、三人の目的地が自分の故郷そのものであると知って、はしゃいで案内を申し出た。断る手はなかった。三人とも、とっくに自分たちがどこにいるのか、わからなくなっていた。スライムやらアメーバやらと違い、方向音痴は三人集まっても方向音痴のままである。
進む道はナイテーンが所持していたランプとシャミテクスアの<光芒>に照らされ、月と星の助力もあったからそれほど心細くはなかった。<光芒>はシャンズンの手のひらに乗るほどの大きさの光球を召喚するものであった。初めて見る魔術だから彼をけっこう驚かせはしたが、ナイテーンが持っていたランプには叶わなかった。
「ガラス」思わずシャンズンは声を出した。
「うん」ナイテーンはうなずく。「特別製」
そのランプはガラスから作られていた。知識に乏しいシャンズンにも、ガラスをふつうこんなふうには扱わないものだという認識はあった。何かの本の挿絵で見たのか、どろりとウーズの体のように溶ける赤熱した液体が思い浮かんだ。しかし、今目の前にあるそれは一向に変質の気配を見せることはなく、火をおとなしく内にはらんでいた。もう十分、驚嘆に値するかと思われた。が、本当に三人を感動させたのはちょっとした科学的不可思議ではなく、そのランプに施されたいくつもの趣向であった。
「天界にもない。ないです」とシャミテクスア。「ないです」
「美しいですな。いや美しい」オリゾンも。「初めての」
「はー」シャンズンは急に、自分の出自が田舎であることがひどく恥ずかしく思われ始めた。「知らなかった……」こんなにきれいなものがあるなんて。
「えへへ。きれいでしょう」自分自身に投げかけられたのように、ナイテーンは三人の言葉ひとつひとつに反応した。「名産・ガラス細工」そうして向こうにそびえる丘を指さした。「向こうの向こう」ウインドウはそこにあるのだと。不思議なことにそれはぼおっと光っているように見えた。
絢爛な器に灯されると火までが尊いもののように見えた。四人が進む道には花咲くようだった。そうなってもおかしくないなとシャンズンには思えた。月も星も、今はかすんだ。
草と土を踏み、今彼らは丘の頂上に立つ。あれが、とナイテーンが言いかけたが、その説明がまったく不要なことにすぐ気が付き、それより三人の反応を眺めることに愉快を見出した。
「宝石ですね?」とオリゾン。
「て、天界……」とシャミテクスア。
「あれ」シャンズンは指をさした。「ほんとに街?」
あのぼんやり光っていたのは<ウインドウ>のせいだった。この街が光源となり周辺を見境なく照らし出していた。<ウインドウ>はガラスで作られているように見えた。月や星が地上へ投げかけるわずかな光を捉え、透明の面でいくつも反復させ強化してから放っていた。先ほど既に三人はランプの衝撃を受けていたのに、もう二度目が放たれ、ちょっと気持ちの整理に手間取って、とりあえずあそこにあるのはどでかい宝石か何かだろうと、場をやり過ごす比喩を見つけだそうとした結果出た声のようだった。
「わたしの故郷へようこそ」早ばやと歓迎の言葉。「あそこが<ウインドウ>です」
教訓:もうちょっと考えてから書き始めよう!