ブレスレット作りとポテトチップス
眉間にシワを寄せ、人差し指と親指をプルプル震わせてつまんだビーズを金糸に通していく。
机に置いたクッション付きのトレーをはみ出して、また一つ床に転がっていった。
一区画できたところで、カイル様は大きなため息をついた。集中力が途切れたようだ。
「これ、あと何個作らないといけないんだよ。」
ここまでで30分かかっている。
「あと4ブロックと言ったところですかね」
「もっと大きなビーズを使いますか。一から作り直すことになりますが」
「いやだ」
「でもコツはつかんだでしょう?次からはもっと早くできます」
私は二三個ずつ糸に通しているので、ちょっとだけ進んでいる。
自分の目の色をイメージしたアメジストでブレスレットを作っている。実際はつけることはないだろう。
姉は真っ赤なルビーだ。こっちはもう半分くらい出来上がっている。
(だって色違いをつけてたらあらぬ疑いをかけられかねないじゃない)
「休憩にしましょう」
指差されたテーブルでは、ブレスレット作りには参加していなかった護衛が茶菓子をぼりぼり食べ一人くつろぎまくっていたのだが、この時点で適度にお腹が満たされたのか、寝息をたて始めていた。
「おいこら」
「あ、殿下もう終わったんですか?ああ、お嬢さんこのペンダントお土産にしたいのだが」
護衛さんが選んだのは繊細な矢車菊唐草の金細工のペンダントだ。ペンダントトップ以外は革紐だが、ヤグルマギクの中心には紫・白・ピンクと小さな宝石の粒がついている。
「恋人さんにですか?」
「まあ、その・・・」
「恋人なんかいたのか?」
護衛さんはカイル様には何も答えなかった。 プライベートはあまり知らせたくないのだろう。
「かわいいリボンお付けしますね。今後ともご贔屓に」
ここ二、三日で姉から一応接客の心得を教わっていたのだが、色々試して結局『あ~全然ダメ。無理に微笑みすぎないで。プレゼントされる人の笑顔を思い浮かべれば自然に笑顔になるわよ』ってのが、姉の教えだ。
護衛さんの少し嬉しそうな反応を見る限り、うまくできたようだ。
その短いやり取りの間に、冷たいジュースやお茶やら茶菓子やらに加え、私の故郷の菓子とポテトチップスが並べられた。
まだ残暑が厳しい。王子様は出された甘めのレモンウォーターを一気に飲み干したあと、菓子に手をつけた。
「なんだこれは?」
「こっちは私たちの郷土のお菓子でロクムといいます。こっちは薄くスライスした芋でして」
「芋!? おまえ、王子に芋、それもこんなぺらぺらのを食べろというのか」
「ひっ!お、王子?」
ビーズ講師兼給仕もしてくれた女性が悲鳴をあげる。
「この人、あだ名が王子なんです。『王子様』。普通のお菓子もご用意していますけれど、一口食べてみてください」
それで彼女はカイル様のことを地方貴族だと勘違いしてくれたようだ。ほっと一息つく。
「うす塩味、ハーブソルト味、藻塩味、チーズ味、ガーリック味、ケチャップ味、ピザ味、チキンコンソメ味、オイスターソース味、トマト味、ホットチリ味、山わさびステーキ味といろいろ取り揃えています。お好きなのをどうぞ。一番のおすすめはうす塩です。チリ味と山わさステーキは私はおすすめしませんけれど」
一応、味ごとに皿を分けてラベルいるので、嫌いな味を誤って食べることはないだろう。
「塩だけでなんで三つも...うす塩ってなんだよ」
王子様の疑問ももっともだ。
「姉のこだわりです。うす塩の意味は知りません」
「私もよく知らないわ」
「よく知りもしないものを王子に食べさせる気か。まずはあなたたちが食べるのが礼儀だろう」
今まで黙って控えていた護衛が言う。さっきまで優雅に茶をしばいてたのに、一応仕事は忘れてないようだ。・・・寝てたけれど。
私たちはトマト味を一枚食べた。おいしい。
「全種類だ」
言われて私たちはちょい苦手な山わさ味とチリ味のはしっこをパリッとかじった。
続いて護衛が一口ずつ味見...毒味をする。難しい顔をしながらもう一巡。さらに.....
「おい。俺はいつまで待てば良いのだ」
「殿下。どうぞ」
「うまい」
「うまい」
「うまい」
うす塩味を胡散臭げに一枚ぱりぱり食べたあとは、次々ポテトチップスを食べていく。トマト味除く。
カイル様のお気に入りはガーリック味と山わさステーキ味だった。故郷のお菓子は甘すぎると一個食べた後は手をつけていない。
もう護衛兼従者さんと最後のガーリック味を睨みあってる。
私はうす塩にたらこチーズソースをつけて食べ、姉はプラムソースをつけて食べている。
試作品はまずソースを少量つけてみて試食するのだ。
「王子様の方が三枚多く食べてたわよ」
「ぐっ」
毎回私の枚数制限をしているだけはある。試食しながらもしっかり数は数えていたようだ。
「まあまあね」
「私も...すっぱ! けど慣れたらおいしいかも」
姉は未知の味を次々と産み出している。 まあ最近は変わり種に走りすぎているような気もしないではないが。
「そっちも食わせろ」
「ちょっとくせが強いですよ。ソースはちょっとだけポテトチップスの端にー」
王子様はせっかくの忠告を無視してポテチにソースを結構どぼっとつけた。
「う?なんだこれは!」
「すっぱいのも食べたくなったんですよ。」
姉がこともなげに答える。
カイル様がすっぱいポテトチップスは一枚だけにしている横で、私は梅ソースを先程よりも少し多めにつける。うん、すっぱいけれど美味しい。良い塩梅だ。わさびステーキ味よりも私はこっちの方が断然好きだ。
「いくつ味があるんだ?」
「さあ?」
「この料理を考案した料理人に会わせてくれ」
「あら~。そんなに私の手料理を食べたいんですの?あ・な・た?」
「....」
「お姉ちゃんはお嫁にやりませんよ」
考案したのは姉だが、朝から頑張って準備してくれたのは、うちの料理人だ。一応、姉の悪のりにニッコリ笑顔で乗っかる。
「い、いらん。一人だけでも面倒なのに、二人目なんて、ましてやおまえの姉なんて絶対ごめんこうむる」
「こんなの欲しがらなくても、芋よりか良いもの食べてるんじゃありません?」
「匂いの強いものや味の濃いものは王宮では好まれないのだ」
「?」
「ほら、薬が混入していたとき分かりにくくなるでしょ」
姉が耳打ちしてくれた。
ああ、毒か。
カイル様が焼きパスタパン(ソーセージ入り)の熱心なファンなのはそういったわけか。
「油でべたべたした手でブレスレットを触っちゃだめよ。しっかりフィンガーボールで手を洗って。ていってもニンニクの臭いがしっかりこびりついちゃってるわね。今日は残念だけれどここまで」
その言葉を聞いてカイル様は明らかにホッとした顔になった。
そんな彼に姉がそっと何かを握らせる。
「究極のレシピよ」
「って、こんなに簡単なのか!」
カイル様の驚き具合が面白い。
一応うちで使っている芋をスライスするためのカンナと、芋を揚げるときに使っている箱形網の絵もついている。姉の絵は下手だから分かりにくいかもしれないが。
「作る方はこの残暑の中、揚げるの大変だと思うけれど」
姉がレシピに載せたのはうす塩のみ。
「後はいろんな味を塗ったり、ふりかけたり....うまく味がつかないのなら、ディップを後づけしたり
でも、そのうち商品化する予定なんだから、勝手に広めないで下さいよ」
「わかった」
商品化する予定なんてない。
◆
元気よくてを振って帰る王子様を、小さく手を振り返して二人で見送る。彼と護衛が背を向けたのを確認してから私は背を思いっきり伸ばした。一時間三十分も王子様のお相手するのはさすがに肩が凝るわ。って言ってもほとんど姉が応対してくれたのだけれど。
「あの二人今日芋何個分平らげたと思う?」
姉が呟く。
「さあ?」
「王子様がたの味覚にも十分合うことが証明されってことは、貴族の舞踏会や茶会やらでブームになってみなさいよ」
「うちが儲かる?」
私の答えに姉が肩をすくめる。
「儲かりすぎるほどになってしまうかも」
父はたかが芋が売れるか?と懐疑的だから商品化は今まで見送られていた。姉自身も色々な味を試しているわりには商品化に乗り気ではない。従業員の評判は良いのに。
「ポテトチップスが下手に広まったら、芋しか買えない多くの人が、芋さえ買えなくなってしまうかもしれないじゃない。
芋が豊作な年ならともかく、需要と供給のバランスを崩して余計な恨みは買いたくないわ。」
姉がぶるりと震えた。温い空気にほんの一瞬秋の風が吹く。
「儲けすぎるのもほどほどに。利益とリスクは分散しなくちゃ。
ー小麦が西でパスタになるか東でうどんになるか。ちょっと早いか遅いか。時が来れば誰かが思い付くものよ。」