心のこもったもの
集合時間の三十分前に王城広場の噴水前にたどり着いたが、カイル様はすでに待っていた。
王子様の格好は一応変装用の度が入ってないめがねとか鬘をつけたけれど、高級そうな服装からいいとこのおぼっちゃんであることが丸分かりである。
注意しなくても護衛の人が付いてきていると思ったのに。目に見えている護衛は一人だ。いつも教室の後ろで王子様を護衛している人だ。
まあ、うちにも用心棒はいるし、大丈夫だろう。
◆
「藁頭君の件のときは、ご挨拶もろくにせず、申し訳ありませんでした。私はタルジェ商会のナイラ・タルジェ。ライラの姉です」
私なんぞよりよほど優雅に挨拶をした。が、姉がしとやかだったのはそこまでだった。
店内は私の故郷の南大陸の民族衣装やらアクセサリー、菓子などの輸入雑貨が半分以上を占めており、宝飾品はまばゆいばかりの金銀の指輪やらネックレスが並んでいる。それについている宝石もいちいち大きい。
菓子の隣に普通に陳列されているから、お客様は偽物だと思って手に取り、値札を見てビックリするのである。
「レペンスのものとはデザインが変わっていて、面白いな。この店でイッチバン高い宝飾品をもってこい」
鈑金技術をほめていただいたことは良い。が...すぐに高いものに頼るのは今回のプレゼントの趣旨とは違う。
まあ、店の金庫の中にはゴールドスークに並んでそうな前掛け見たいな重い金の首飾りがあるけれど。
「それは、ちょっっと待ってください」
「スゲー高い宝飾品を渡したらそれでいいのではないのか?」
「一応、一番高い宝飾品となりますと」
姉がカイル様の耳に唇をよせてぽそぽそと例の首飾りお値段を伝える。
「妹のお友だちですから多少割引はできますが」
「い、いらん。というかぼったくりではないのか」
むっとした姉は「今回は特別ですよ」と言って、金庫から例のブツを運ばせた。
カイル様は精緻な細工を施された金の首飾りを見た瞬間ポッカーンとした表情になった。
金貨どころか金塊で頬を叩かれたような衝撃だろう。
激しく打ちのめされた彼に姉は優しく諭す。
「マリー様は『心のこもった』とおっしゃっていたのですよね」
「うっ」
「まずは店内をお好きにご覧になってください」
◆
「どれがいいかさっぱりわからん」
宝飾品の数々を手に取ってはは戻しを繰り返すこと三十分。
王子様は目に見えてイライラし始めている。
姉が適宜、商品説明を入れているが、しまいには「うるさい」と言われてしまう。
「カイル様、いつまでかかっているんですか? あ、これおいしいな。」
護衛が出された茶を飲みながら、すっかりくつろいだ風で言った。
店の中には小さいながらも丸テーブルと椅子が置いてある。お客様は当店の茶と菓子を食べながら、休憩なり値切り交渉なりするわけだ。
「そちらにお茶もお菓子も並んでいます。良かったらご覧になってください」
まだまだ先は長いのだから。
手持ちぶさたな護衛さんは立ち上がって、私が指差した方に近づいていく。
「王子様はブックカバーを強請った――強請ったそうですね」
カイル様のイライラが頂点に達する前に姉は助け船(?)を出した。
王子様がプレゼントを決められなければ、このタイミングで助け船を出すことは事前に決めていたのだが...。
「おい」
カイル様は怒り心頭といった風にこちらを睨む。
ナイラ、数カ月前の話のことを持ち出さないでくれ。
「彼女が欲しいのはそういうものです」
「そういうもの?」
「高くなくても想いがこもったものです。もっというと・・・」
十分にタメを入れてから、
「絆ですね。これから二人で支えあっていくための」
マリー様が、婚約者以外の人に恋愛感情が残っているのは仕方がない。
それでもほんの少しでも、カイル様に心を向けて欲しいのだ。
「でも、何を贈れば良いんだ」
「簡単なビーズブレスレットなどはいかがでしょうか?」
「ビーズなんて子供の遊びだろう? それにブレスレットだってたくさん持っているだろう。」
「ビーズブレスレットは同じデザインでも、選ぶビーズ、選ぶ石、チャームなどによって大きくその表情を変えます。世界に一つだけのブレスレットになるんですよ。」
姉は力強くそれっぽく言った。
「世界に一つだけ」
カイル様はちょい前向きにな表情になった。
「誕生日は10月。まだ一ヶ月もあるから。簡単なものは作れるでしょう。
もちろん難しい金具をつけるところはお手伝いします」
◆
王子様の気が変わらないうちにさくさくと王子様を姉が使っている客間に案内する。王城広場からここに誘導するまで40分弱か。
部屋の隅には女性が控えていて、カチコチに固まった状態でぎこちなく礼をした。
部屋にはすでにテーブルがいくつかセッティングされている。
「我が家にはグラス工房のビーズも取り揃えています。宝石を加えることによって気品のある品になります。
「宝石」
中央のテーブルには仕切り箱に入れられた宝石がいくつか。
「天然石のビーズも取り揃えています。貴族のちょっとした趣味ですね。」
私は水晶を丸く加工したビーズや形の不ぞろいなバロック真珠を手にとってみる。
「あ、でも結構面白い形のが……これハート型に見えません? ちょっといいかも」
◆
「まずマリー様の好みの色や好きな宝石をお聞きしてもいいかしら」
「知らん」
姉の笑顔がほんの少しひきつる。
出直してきなさいって言いたそうなお顔だ。
「では王子様の好みの色を」
「なぜお前に教えなければならない」
「...王子様の好みをさりげなく婚約者様に教えるのに使えます。マリーさまは次の王子様のお誕生日にはそれに合わせたものをお返しするということになりましょう」
姉は忍耐強く接することを止め、さっさと次の段階へ進めることにしたようだ。手持ちの情報を惜しげもなく開示する。
「マリーライト様は毎回ドレスの色を変えています。特に好きな色というのはなさそうです。」
「なんで知ってるんだ」
「これでも商人の娘ですから。目に入ったもの、耳にしたすべてが商品ですわ」
夜会だか舞踏会だかにこまめに出て、収集していたのだろう。
「当然信用も重要な商品です。妹の友達の情報を軽々しく売ったりしませんわ」
くすりと笑って付け加える。
「本当にこれに頼んで大丈夫か」
カイル様に言われてもこっちは肩を竦めることしかできない。
手作りで見映えもして...ってことでー
「宝石。輝石。ストロークビーズも豊富です。どんなものにいたしましょう?」
「手短にできるものを頼む」
「はあ」
「これなんか第二王子の正妃にふさわしいのではないのかしら」
示したのは、紫水晶だ。紫は高貴な色とされているが、石自体はさほど高価ではなかったはずだ。
「妃に正妃も側室もないだろう。女なんて一人でもめんどくさいのに。にしても地味すぎないか。ここは見映えのする石をボンボン繋げてだな」
「あまり高級ですと貧相に出来上がったとき、使いどころがなくてプレゼントされた方が困ってしまいますわ」
王子さまは姉のあまりの物言いに言葉失っている。
「お、お姉ちゃん。カイル様。姉は多少言葉がキツイ、じゃなかった刺々しいところがありますが、決して悪い人間ではないんです」
「...。」
「10月の誕生石はオパール、トルマリン、ローズクォーツ、だったかしら」
そういって、その三種の宝石を指差してみせる。
ちゃんと誕生石を用意しているあたり商売人だ。
「ど、どれを選んだらいいのだ」
「わからないんだったら、宝石言葉で選ぶといいですよ」
「ほ、宝石言葉?」
「ローズクォーツの宝石言葉は美、優しさ、愛。
オパールは希望の石と呼ばれていて、トルマリンも希望、忍耐と言った意味があったと思います。」
「どれが良いんだ?」
「そこで挫折しないで。ここで決められなければ、来週にまた時間を作れますけれど、カイル様はお忙しいのでしょう 」
とりあえず数ある石の中から三つ候補に絞ったのだ。
あとは適宜姉が上手に誘導していくだけ。
「女性らしいローズクォーツははずせないですわね」
姉がゆっくりとした動作で丸く艶やかに磨かれたローズクォーツを手に取る。
「留め具部分には要石として少し色のはっきりした石を使いましょう」
そう言って、赤と青が複雑に混じりあった小さなオパールを指差す。
「白いオパールの方が合ってないか。」
「米粒ほどの大きさですからさほど主張しません。
ふだん使いのブレスレットなどでしたら、最悪輝石をいくつか選んで紐に通せば完成です」
淡紅のバロック真珠のブレスレットを見せる。バロック真珠は一粒一粒形が違うから、世界に一つだけのブレスレットではある。
「それじゃ、味気なくないか?」
(簡単に済ませたいのか、済ませたくないのか、どっちなんだよ)
「二つ作って絡めると豪華にみせることができます。このようにチャームを付け加えるとまた違った雰囲気になりますし」
擦れ合って真珠層が傷つかないか心配だが。取り外し可能な金の蓮華唐草のチャームを付け加える。唐草の先端赤いルビー粒が散らばっていて、それを付けるとブレスレットの印象はがらりと変わった。
「いや一応、思いを込めたもの。って言われているんだからさ。明らかに手抜きなのはダメだろう」
「いくつか簡単な図案をご用意しました」
カイル様が姉の差し出した図案を見て眉をよせる。
「さっぱりわからん」
「職人が手取り足取り教えるので、簡単にできますよ」
「平面的過ぎて、図だけではどんなのができるのかさっっぱり想像できん」
「完成したものでしたら、そちらに。色違いですので印象がずいぶん違いますが」
指し示したのは銀の管ビーズとアクアマリンでできたブレスレットだ。
「...これ、買うのだったらダメか?」
その隣にはちょうどローズクォーツのブレスレットもある。
「...。」
私と姉は無言で頷いた。




