1.「身の程をわきまえなさい」と言われたので、お義母様の水分不足を指摘してみた
「身の程をわきまえなさい、卑しい田舎娘が」
まだ日も登り切っていない早朝、金糸の刺繍が施された豪奢なサロンに
氷のような声が響き渡った。
声の主は、このオースティア帝国を陰から牛耳る皇太后ソフィア様。
眉間に刻まれた深い縦ジワ、扇子を持つ手の鋭い角度、
そして何より「絶対に嫁の粗探しをしてやる」というギラギラした眼光――。
なるほど。 これが、宮廷中の貴族が震え上がるという『帝国最恐の姑』か。
テンプレ通り過ぎて笑っちゃう。
長年、クレーム対応の最前線で理不尽なモンスターたちを笑顔で葬り去ってきた
元・中間管理職の私からすれば、
この程度の嫁いびりは痛くもかゆくもございません。
っていうか、お義母様。
「お義母様、大変申し上げにくいのですが……そのお顔のシワ、
完全に水分不足ですわよ?」
「……は?」
「あと、先ほどから血管が浮き出ていらっしゃいます。
血圧、かなりお高いのでは? 朝からそんなに興奮なさると脳の血管に障ります」
「……な……」
うんうん、こんなこと人に言われたことないんだね。そりゃそうだ。
王国一のモンスターリーダーとして恐れられている(らしい)んだものね。
でもさ、ばあさん、いつもこんなにカリカリしてるとマジで早死にするよ?
「はい、これ。宮廷の厨房で作らせた『減塩・
昆布出汁の具だくさん野菜スープ』でございます。
まずはこれを飲んで、カリウムと食物繊維を摂取してください」
ドン、と差し出された湯気立つスープを前に、
最恐の皇太后が鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まる。
その横で、母親の顔色ばかり窺っていたマザコン気味の若き皇帝――
つまり私の夫が、顎が外れそうなほど口を開けてプルプルと震えていた。
「エ、エリシア……!? 母上に、なんという無礼を……!」
「あなたもお黙りなさい! 母親の影に隠れてオロオロする暇があったら、
自分の妻と国の予算書くらい堂々と守りなさいな!」
「ひぃっ……!」
ふん、と私はドレスの裾を払って胸を張った。
理不尽な嫁いびり? 息の詰まる宮廷儀礼?
そんなもの、日本の過酷な社会を生き抜いてきた女の敵ではない。
この帝国、今日から私の健康管理とスルースキルで、
徹底的に叩き直して差し上げますわ!
*
一方その頃、二〇二六年の東京。
「ちょっと恵美子さん! 洗濯物の畳み方が雑よ!
タオルは端を揃えてっていつも言ってるでしょ!」
下町の木造一戸建てのリビングで、お姑さんの鋭い小言が飛び交っていた。
だが、その場に立っていた本物の皇妃エリザベート――
中身が入れ替わった彼女の瞳には、大粒の涙が浮かんでいた。
「な、何と……温かいご指導なのでしょう……!」
「……はあ!?」
「私の部屋に見張りも置かず、子供を強制的に奪うこともなく、
ただ『タオルの端を揃えよ』とのお言葉だけで済ませてくださるなんて……!
お義母様は、天から遣わされた慈愛の天使であらせられますか……!?」
「え、ええっ!? な、何よ急に気持ち悪いわね……!
ま、まあ、分かればいいのよ、分かれば……!」
監視兵のいない自由。スーパーの半額シール。
過酷な宮廷で心をすり減らしていた絶世の皇妃にとって、
現代日本の嫁姑生活は、文字通りの「地上の楽園」だった。




