表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/33

07 アドリア海3

2023/08/26 空想科学[SF]日間5位ありがとうございます。 て、今は1位!?

評価・ブックマークありがとうございます!

―ユリウス暦一〇七七年八月八日午前 ヴェネツィア領リード島沖。


 軍船の一隻を任されている船長のバジーリオは現場からの叩き上げである。ドージェからの(実際には部下によって忖度された)謎の巨船捜索と拿捕の命を受けてヴェネツィア湾周辺の捜索を担当していた。

 これまでに、他の船が水平線に僅かに帆を見たとか、曳き波を見たとかの報告が上がっていたが謎の巨船そのものを見たと言う報告は聞かれていなかった。

 この日、他の船が上げた報告を聞いていたバジーリオは経験と勘で、ここと思えた海域へと北西の風に任せて港から船を出した。

 そして沖に進んで陸が見えなくなってすぐの事である。


「船長! 前方に何か見えます!」


 舳先に居た見張りが声を上げた。


「何かじゃねえ! ちゃんと報告しろ!」


「船のように見えます! 帆柱も見えるけど帆が張られていない!」


 それを聞いてバジーリオは自身も舳先の方へと向かった。


「なんだありゃ? 見た事が無い船だ……!」


 彼らが見ているうちにその船影が急速に大きくなってくる。見る見る近付くその船の船首に勢い良く白波が立っているのがはっきりと見えた。


「ば、ばかな? 帆も無くて風上に向かって来てるだと!?」


 目の前に圧迫するように接近してくる不明船。目視で舷側の高さはバジーリオの背丈の倍はある。


「でかい! でかすぎる!」


 あわや衝突かと言う距離で相手の左舷から猛烈な水飛沫が上がった。すると相手が横滑りしてズレて行く。そしてバジーリオの船の左舷をすれ違う時に水飛沫が襲いかかった。


「うおおおおお!」


 バジーリオは必死に船縁にしがみついて水圧に耐えた。一瞬の出来事だったが息が出来ない程だった。水飛沫が収まり、見ると見張員の姿は消えていて、船のそこかしこでは、誰それが流されたや、怪我をしたなどの叫び声と怒鳴り声、甲板に倒れる者のうめき声が聞こえて来る。

 船尾の方を見ると、不明船は信じられない速さでヴェネツィア方面に遠ざかって行くところだった。


 濡れたままで呆然と立ち尽くすバジーリオに、副長を任されているカルロが声をかける。


「船長、左舷のオールと漕手の半分近くがやられた。あと何人か姿が見えない。海に落ちたと思うが……? おい? 船長! 聞いてんのか!?」


 そう言うとカルロは茫然自失のバジーリオの肩を掴み激しく揺さ振る。


「……! すまん、カルロ。無事な者は落ちた者を出来るだけ早く探して引き上げろ! それと右舷のオールと漕手の四分の一を左舷にまわす。あの船を追うぞ!」


 正気を取り戻したバジーリオは矢継ぎ早に指示を出した。


 乗員総出で海に落ちた者を探せるだけ探して救助し、怪我人には応急処置を施させて、バジーリオは指示を出す。


「今からでもあの船を追うぞ。このままじゃ納まらねぇ」


 漕手の減って速度の出ない船は、それでも巨船を追ってヴェネツィア方面へと急ぐ。


 彼らがリード島沖合に着いた時に目にしたのは、船首が破壊され沈没しかかる三隻のガレー船と、それらの乗員の救助している何隻かの味方の船。

 そして船尾をこちらに向けて佇む件の巨船だった。


「拿捕、されたのか? それとも……」


 巨船がゆっくりとその場で回頭し、こちらに船首を向けつつあるのを見たバジーリオの背中には冷たい汗が流れた。



―ユリウス暦一〇七七年八月八日午前 ヴェネツィア領リード島沖八〇〇メートル。


「港から出て来たのが三隻、一時と六時の方向から一隻ずつ、と。帆は張らないでオールで来るか」


「がううがうがう(さっきの奴が来たら包囲されるね)」


「接舷されて乗り込まれなきゃ問題無いでしょ。それじゃ警告といきましょうか。その前に射線の確保だな。『シンタ』スラスターを使ってこの場で左九〇度旋回」


 射線を確保する為に船首が港から向かって来る船へ、ゆっくりと向いて行く。タケルはマイクを手にすると警告の文言を告げ始めた。


『当方に接近する船に告ぐ。直ちに停船せよ。当方に交戦の意志は無いが、警告を無視して接近するなら自衛の攻撃を開始する。繰り返す。直ちに停船せよ』


 大音量で響く声に、ガレー船の乗員達は驚いた。しかし若い女の声で告げられたそれは、彼らには失笑ものだった。弓矢でも届かない距離で、どうやって攻撃すると言うのか。現に「ばっかじゃねーの?」とか「投石器でも積んでるのかねぇ」と馬鹿にした声や嘲笑がガレー船の上で聞かれる。

 各船の船長たちも、どうせハッタリだろうと思ったのか停船の指示を出さないでいる。


「止まらないね」


「がうごあ、がうがぁうぐぅおがう(そりゃ彼らからしたら、この距離だと攻撃は無理筋だと考えても可笑しくないよ)」


 再びマイクに向かいタケルは警告を発した。


『停船せよ。それ以上近付くなら攻撃する』


 港から出て来て先頭を走る船との距離が三〇〇メートルを切ると、タケルは黙って砲口をその船に向け照準を合わせると発砲のトリガーを引いた。

 毎分八〇〇発の速度で発射されるのは着発信管を備えた榴弾と曳光弾。それが敵船首喫水付近に着弾して炸裂して船体を破壊する。


『もう一度だけ警告する。停船せよ』


 何が起きたか理解が出来ないが、港から出た先頭の船の船首が破壊され飛散る様の一分始終見ていた左右から(『シンタ』が回頭する前は前後から)来ていた船はオールでブレーキをかけると、そのまま停船した。

 しかし、先頭の船の陰になり、見えていなかった二隻は浸水が始まって擱座した船を追い越して、そのまま突っ込んで来る。


「『シンタ』両舷後進微速」


 彼我の距離を保つ為に後退しながら再び三〇ミリ機関砲が火を吹いた。そして残る二隻も瞬く間に船首を破壊されて停船するのだった。



―ユリウス暦一〇七七年八月八日午前 ヴェネツィア・ドゥカーレ宮殿。


 ヴェネツィア第三十一代ドージェ、ドメニコ・セルヴォは午前の執務を終えて一休みしていた。

 今年の初め、破門されたローマ王ハインリヒ四世がローマ教皇グレゴリウス七世に赦されて破門を解かれ、ローマ王の立場が安泰となったと言うのに、何やら陰で屈辱だなんだとグダグダ言っているらしい。ただヴェネツィアとしては教皇にもローマ王にも、どちらからも煙たがられたとしても中立を貫けば良い。

 それよりも喫緊の問題は、多くの報告が上がって来ている所属不明の巨船だ。交易目的で地中海を徘徊しているらしく、黄金を大量に積んでいると噂されるその船にはヴェネツィアに寄港して貰い巨船の祖国と交易できるような交渉が出来ないかとドメニコは考えていた。

 ヴェネツィアは異教徒が犇めく東方との交易によって栄えたのだ。商売するには神の教えは関係無い。新たな交易先が開拓され、より栄えるならヴェネツィアとしては幸いなのである。

 そんな事をつらつら考えていると遠くから鈴を鳴らす様な若い女の声が微かに聞こえて来た。途切れ途切れに聞こえて来るのは耳心地の良い声だが、しかしその内容は多分に物騒な物だった。『停船』と『攻撃する』だけは聞こえたのだが、後はよく聞き取れなかったが感情が乗っていない様に思えた。


「何が起きている?」


 訝しんでそう呟いた瞬間、ドメニコの耳に『ドドドドドド』と遠雷の様な連続音が届く。その後、また微かに女の声が聞こえ、先程より長めに二回、遠雷の音が届いた。


「何が起きておるのか。誰か確認して参れ!」


 ドメニコは傍に控える近習達に指示を出す。


「はっ! 直ちに!」


 それを受けて一人が飛び出して行く。電話も無線機も無いこの時代、情報が伝わるのは酷く遅い。

 状況を把握した近習が戻って来たのは日が西に傾き始める午後の事だった。


「何が起きた。申せ」


「はい。ドージェが拿捕(・・)を命じておられた件の巨船がリード島の沖に現れ、これを確保(・・)せんとした軍船三隻が巨船の停船指示(・・)を無視して接近し、その際に不可思議な攻撃で行動不能にされたとの事です」


「拿捕だと!? 儂はそんな指示は出しておらんぞ!」


 思わず声を荒げるドメニコに、報告している近習は冷や汗を流す。


「し、しかし、現場の人間がドージェの指示だと、そう申しておりまして。それと巨船からの要求がございます」


「誰かが儂の指示を違えたか……。後で詰問するしかあるまい。して、巨船からの要求だと? 申してみよ」


「はい。巨船は自らの所属を「北方ヤヨイ王国」所属だと申しておりまして、使者を寄越すなら白旗を揚げた小舟で乗付ける事。交渉役として武器を携行しない三名までなら乗船を許すとの条件を付けております」


「ふむ、白旗か。ローマの故事に倣うか」


 耳にした事の無い国名に、歴史家のタキトゥスが記した第二次ベドリアクムの戦いで降伏の印として白旗を揚げた故事を知る相手とは。

 あちらはローマやヴェネツィアの事を知っている様であり、しかしこちらは相手の事をまるで知らない。これは容易ならざる相手なのではとドメニコは深読みする。因みに国名は「どうせ確かめようも無いだろう」とタケルが適当に考えただけであり、白旗は近代以降の国際的な戦時法からの習慣である。


「それと、使者を寄越すなら明日の昼までと期限が切られております。過ぎればこの地を去り、次に向うとも申しておったとか」


 それを聞いたドメニコは口角泡を飛ばして近習達に命令する。このまま何も無しで巨船に去られたら面目も交易の機会も潰れてしまう。


「急ぎ使者を送れ! 取り敢えず幾日か滞在を延ばして貰うだけで良い。それと巨船への手出し無用を周知徹底させるのだ。良いな? お前達も全員動け!」


「はっ!」


 近習達は慌てるようにして各部へ急ぐのだった。



―ユリウス暦一〇七七年八月八日午後 ヴェネツィア領リード島。海戦(?)海域から南に二〇〇メートル、海岸から五〇〇メートル沖。


 移動した『シンタ』の甲板上、タケルはクマサブロウと一緒に浸水して沈没しつつあるガレー船から乗員が救助されるのを眺めていた。救助に手を貸したくても人員的に無理であり、またヴェネツィア側との戦闘状態が解消されてもいないからだ。


 こうして待っている間に、途中ですれ違ったガレー船がノロノロと近付いて来たが、警告と共に威嚇射撃(砲撃)でマストを圧し折ると、慌てて離れて行った。

 現在は使者を待っている状態であり、来ないならが明日の午後にはここを離れてエーゲ海から黒海に向けて出航するつもりだ。


「うほっほうほ(来ますかね)」


 自分の受持分の船内設備点検を終えたアルトゥルがやって来た。


「ご苦労さま。来なかったら去るのみさ。ルネとイマヌエルは?」


「うほほうほ、うっほうほうほほ(ルネは種苗の確認と世話、イマヌエルは今は主機を見てます)」


「ホント、アルトゥル達の働きは助かるよ。ありがとう」


「うほほうほうっほっ。うほぉうほ、ほっうほ(そう在れかしと創られましたからね。自我が生じるままにして貰って、こちらこそ感謝ですよ)」


「クマサブロウ達にしてもアルトゥル達にしても、偶然なんだけどなぁ」


 最初はクマレンジャーも三ゴリラも、『シンタ』の様にコマンド・オペレーション動作のはずだったのだ。それが何がどう作用したのか自我が生まれてしまった。だが、それも悪い事では無かったなとタケルは思う。

 実質一人ぼっちでの航海を思うと、幾ら精神が平静に保たれるアンドロイドの身体でも、耐えられなかったかも知れない。


 ふとリード島の方を見ると、一艘の手漕ぎボートが白旗を掲げて近付いて来るのが見えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ