↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/33

08 アドリア海4

―ユリウス暦一〇七七年八月八日午後 ヴェネツィア領リード島。海岸から五〇〇メートル沖。核融合動力船『シンタ』甲板上。



 上司から命じられ、一人で使者として巨船へと赴いた下級官吏のアレッサンドロは、その甲板上で恐怖していた。


 アレッサンドロはヴェネツィアの渉外担当部署に席を置いている。彼は貴族家の出自ではあるが、実家は家格も低く彼自身も四男坊と言うこともあって、一応の貴族身分ではあるものの、その生活は少し裕福なヴェネツィアの一般市民と殆ど変わらない。

 リード島沖で騒動が有った直後、噂になっていた巨船への和睦の使者として赴く事を上司から命じられ時は「私では立場身分が低過ぎます!」と辞退して抵抗をしたのだが、上司から「もう決まった事だ」と押し切られ送り出された。

 ヴェネツィア本島からリード島に渡し舟で渡ると、今度はヴェネツィア湾(アドリア海)に面する港へと徒歩で移動して、そこから二人の漕手と共に小舟に揺られて白旗を掲げながら巨船に近付く。

 間近に見るそれの大きさにアレッサンドロは目を瞠った。まるで海の上に浮かぶ城である。

 更には遠目では木材と思われたその表面は、近くで見ると木目が緻密に描かれたものであり、普通の船(大型木造船)のような板の継目が無い。恐る恐る触るとひんやりと冷たく、叩いてみると木材とは違う硬質な音がした。

 そんな巨船の下で大声で名乗り使者として来訪した旨を伝えると縄梯子が降ろされた。その縄梯子も麻縄を撚った普段よく見る物では無かった。

 細い銀を(ステンレス)撚り合わせた縄(製のワイヤー)に、これまた銀と思われる金属(アルミニウム合金)の踏桟(ふみざん)が付けられている縄梯子。(ステンレスもアルミニウムも見た事が無いアレッサンドロが勘違いするのも仕方無い。まして彼の精神状態は緊張の極みに有るのだから)

 銀みたいな柔らかい物で作られていて大丈夫なのか、と恐る恐る足を載せたが踏桟が曲がる事は無かった。寧ろ普通の縄梯子よりも格段に上り易い。アレッサンドロは慎重にそれを上って巨船の甲板へどうにか無事に到着した。巨船の甲板は|不思議な感触の緑色の物《防水用の合成樹脂シート》が敷かれている。


 そこで彼は見た。


 背が低く少女にしか見えない黒髪の女と、その両脇に、立ち上がり歯を剥き出して(愛想良く笑顔を)威嚇する(作ったつもりの)獰猛な巨大熊(クマサブロウ)と、歯を剥き(笑顔で歓迎の)力を誇示する(サイドチェストをする)毛むくじゃらの巨人(イマヌエル)が待ち受けていたのを。


 アレッサンドロは恐怖に身震いした。今すぐ海に飛び込んで逃げ出したいと思った。


「ようこそ、使者殿。我が船への単身での訪問、その勇気に惜しみの無い称賛を贈りましょう」


 女が微笑みながら完璧なヴェネト語で話し掛けてきた。

 そして話は冒頭の場面に戻る。


 アレッサンドロは気絶した。


※ ※ ※ ※ ※


「キミたちの顔怖すぎ」


 アレッサンドロが気絶したのを見て、左右に控えたお調子者達の顔芸に気付いたタケルの一言である。


「がうがううがう?(歓迎と言えば笑顔で出迎えでしょ?)」


「(そうッす。サブロウっちの言う通り、笑顔で挨拶は基本すね)」


「がうがぁおがうがお(ご主人の笑顔がトドメになった気もするけど)」


 悪びれる事もなく得意気に曰うクマとゴリラに、タケルは呆れて溜息を吐く。こいつら故意犯だ。そして思う。自分の笑顔は大の大人が失神するほど怖くはないはず、と。


「キミたちの笑顔って威嚇にしか見えないんですけど。それとイマヌエル、なんでサイドチェスト?」


「(笑顔と言えばボディビルっす)」


 得意気にモスト・マスキュラーのポージングするイマヌエル。間髪入れずその頭をシバくタケル。


「止めい! どこからそんな怪しいムダ知識を、って出処は私の記憶か……」


「(ミスター・アンチェイン、良いっすよね)」


「○スケット・オ○バかよ! ○牙とか子供の頃に読んだきりで自分でも忘れてたわ!」


 ボケるイマヌエルにツッコむタケル。このまま延々と続けさせる気の無いクマサブロウが割って入る。


「がううごあがぁう?(取り敢えず気絶した彼を介抱しようよ?)」


「あ! そうだねぇ。でもこの船にはベッドは疎か毛布すら無いんだよな」


「(お? ご主人の膝枕っすか?)」


「黙らっしゃい! お前の毛皮剥いで使うぞゴルァ!」


 タケルとイマヌエルが馬鹿な掛け合いをしているのを横目に、クマサブロウはアレッサンドロにノソリと近付くと後ろから抱きかかえて腰を下ろして、アレッサンドロを自分のお腹に寄りかからせた。絵面はカイゼル髭のおっさんがクマに抱っこされているの図である。


「クマサブロウ、それって目を覚ましたら、また気絶するパターンじゃ……」


「がぁうがおがう(じゃあご主人が膝枕してあげなよ)」


「(乳枕とか尻枕でも可っすね)」


「イマヌエル! そこに正座っ!」


※ ※ ※ ※ ※


 タケル達が甲板でやいのやいのと騒いでいるのを船橋で見張りをしていたアルトゥルは気が付いた。彼が急ぎ船倉から北アメリカ大陸での物々交換にて入手していた毛皮の敷物を持って来た事で騒ぎは収まる。

 気絶した使者のアレッサンドロが目を覚ました時に備えて、タケルはアンドロイド体の持つ3Dプリンター機能でアクリル樹脂を合成し、水差しとコップを作り出して水差しを真水で満たした。アクリル樹脂(ポリメタクリル酸メチル樹脂)は炭素と酸素と水素で出来るし、『シンタ』は種苗を運搬する為に、真水を要するので海水の淡水化装置が設置してあるので真水はすぐに用意が出来る。(アクリル樹脂の合成も異星人から提供された技術データに入っていたりする)

 そこに、気を利かせたルイが仕入れてあったシトロンを握り潰して搾り汁を入れてくれた。

 そんな彼らを見て何か言いたそうなイマヌエルだったが、タケルに睨まれると肩を落として定位置であるマストの見張台へと上って行った。何を言いたかったのか、きっとろくでも無い事だったに違い無い。


 そうこうするうちにアレッサンドロが目を覚ました。彼に恐怖を植え付けたクマサブロウと見た目で怖がられるだろうサン(三)ゴリランのルイとアルトゥルは、取り敢えず船内に引っ込んでもらっている。イマヌエルは相変わらずマストの上であるが見えない様に隠れているから良しとした。


「こちらの従者が驚かせたみたいですね。私は北方ヤヨイ王国所属の交易商人『オト・タチバナ』と申します」


 目を覚ましたアレッサンドロにタケルが声をかける。『オト・タチバナ』はタケルから連想されるヤマトタケルノミコトに因んで考えた偽名である。(ヤマトタケルノミコトの嫁、オトタチバナヒメから)そして『申しわけない』とかの謝罪の言葉は絶対に言わない心構えである。


「オト・タチバナ殿の、じゅ、従者ですか? あの恐ろしい獣(けだもの)が……」


「おや? 私の従者を『けだもの』と罵るとは……。彼らはその辺の蛮族よりも余程理知的ですが? それに彼らは使者殿を歓迎の笑顔で出迎えたのです。それを『けだもの』などと侮蔑の言葉を仰るとは」


 動揺していたアレッサンドロの失言である。それをタケルは見逃さず揚げ足を取り、絶句した彼に畳み掛ける。


「それに、聞きましたよ。私どもが持つ黄金を奪わんとしてヴェネツィアが艦隊を出して探していた事。先程はこちらには交戦の意思は無く、近付くヴェネツィアの軍船に停船を呼びかけたにも拘らず戦闘行動も取られましたし。拿捕、或いは略奪を目的していたのでは?」


「そっ、それは誤解です! 貴船をヴェネツィアに寄港して頂こうと探していただけで、ドージェはその様な指示を出しておりません! 現場が勝手に判断し……」


 そこでアレッサンドロは自分が失言を重ねた事に、やっと気が付いた。


「そうですか。ヴェネツィアは軍の統制も出来ない。そう言う事なんですねぇ。その様な国とは……」


 口元を隠して語尾を濁すタケル。アレッサンドロは冷や汗を流しながら、なんとか挽回しようと頭を働かせるが妙案は思いつかない。

 しかしそこでリード島へ向う巨船に、すれ違いざまに損害を与えられた軍船の事を思い出した。

 やや落ち着きを取り戻したアレッサンドロは、それを交渉材料にする事にした。


「そう言えば、貴船とすれ違った我が方の軍船が大波の様な攻撃を受けて損傷したと報告がありましたな」


 実際には舵だけでも避けられたのだが、相手には真偽不明だろうとタケルは惚ける事にした。


「あれは不幸な事故でしたね。そちらの軍船が正面から針路も変えず突っ込んで来たので、舵が間に合わないと判断して本船の緊急用の仕掛けを使って回避したのです。ああ、その仕掛けは秘匿事項ですので仔細は明かせませんのでご了承下さい。それにしても舵も切らずに正面から来るとは、やはり拿捕目的で無理矢理に接舷しようとしていたのでしょうか?」


 うふふ、とワザとらしく笑うタケル。再びマウントを取られて歯噛みするアレッサンドロ。

 その時、見張りをしていたイマヌエルから可聴帯域外の音波を使って連絡が入った。


「(ご主人。使者を乗せて来た舟が離れて行ってるっす)」


「(マジで? 可哀想だから伝えてあげるか……)使者殿、乗ってこられた小舟が勝手に離れて行ってるようですが」


「え?」


 それを聞いたアレッサンドロは急いで船縁へ駆け寄ると、離れて行く小舟を見て呆然とした。そんな彼にタケルは声を掛けた。


「あの、本島まで私どもで送りましょうか?」


 タケルに振り向いたアレッサンドロは泣きそうな顔をしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。