4. 帰宅・山へ出発直前
三人と一匹がリージュへ帰って来たのは日が暮れる間際だった。
「いっぱい採れたねえ」
「本当。<ブヒブヒのかばん>がぱんぱんだよ」
「お腹が空いたわ。ジャガイモとニンジン、あったかしら?」
「ちゃちゃっと作れるやつにしようよ」
危険もなく、いつものように同行させてもらった冒険者に気兼ねしながらではなく、思う存分採取した高揚感に、ミオとメイはぽんぽん言い合う。
ふたりが料理を作っている間に、ジェイクは冒険者ギルドともう一件寄ってくるという。
「例の報酬を受け取って来ないといけないしな」
ギルドでは解体と部位の売却を済ませてくるという。
「【一角ウサギ】の肉は持ち帰るから」
「にゃ!」
まっさきにチロがメイの腕の中で鳴き声をあげる。賛成、という意思がこもっている。
「大分かかりそう?」
久々の採取で空腹であるメイが眉尻を下げる。
「いや、そんなに数はないし、難しい解体でもないから、すぐに終る」
「あ、ついでに【泥酔の馬酔木】を売って来てくれる?」
「その帰りに、ミルクとパンと卵を買ってきてくれる?」
ジェイクの言葉に、途端にミオとメイはあれもこれもと思い出す。ジェイクは面倒を押し付けてと怒らず、ややあきれつつも、確かについでかと請け負う。
明日は山へ行くので、朝早く出立したい。買い物に行くなら今しかなく、明日の分の食料も必要だ。
「分かった。じゃあ、売れた代金で買って来るよ」
ミオもメイも解体は調理時間と同じくらいの時間を要するのだと思っていた。
それが誤解であったと知るのは、冒険者ギルドと報酬を受け取りに行ったジェイクが工房にやって来た後のことだ。
料理の準備は終わり、荷ほどきも済ませ、素材の整理をし、交代で風呂も使った後だった。
さっぱりしたふたりはジェイクの前に立って聞いた。
「どう?」
「うん?」
ジェイクは姉妹ふたりの期待に満ちた目に首をひねる。
「肌、つやつやしていない?」
ジェイクとしては、メイがこらえきれなくなって答えを言ってくれて助かった。おかげで【がまん強いカラタチ】の効能を思い出すことができた。
もちろん、ジェイクは一回で効果が出るのか、なんて無粋なことは言わない。
「ああ、どうりでふたりとも肌がすべすべだったんだな」
さも初めからそんな風に見て取っていましたよ、というように言う。
ミオとメイは顔を見あわせて嬉しそうに笑う。満足したふたりはジェイクにも風呂を勧めた。
「おじさんも先に入ってくれば? その間に、わたしたちは【一角ウサギ】の肉で料理の仕上げをするから」
「ほら、チロちゃん、お待ちかねの肉だよ!」
「にゃおん!」
ジェイクを待ちわびていたのは姉妹だけではなかった。身体を伸びあがらせ、両前足をメイの脚にかける。
ジェイクが風呂からあがってようやく遅い夕食となった。
「ふたりは手際が良いんだなあ」
ジェイクはできあがった温かい料理を目の前に、感心したように言う。
「うん、うまい」
「【一角ウサギ】の肉、おいしいね」
「もうちょっと煮込みたかったね」
ひと仕事終えて、ひと風呂浴びてさっぱりしてできたてのおいしい食事にありつく。こんなぜいたくがあるだろうか。
「ここに冷えたエールがあったら言うことはないな。いや、明日も朝早くに起きて護衛を務めるんだから、そうもいかないな」
ジェイクがそう言うも、ミオもメイもアルコール飲料のおいしさというものにはまだ目覚めていない。
「チロちゃんも【一角ウサギ】の肉をおいしそうに食べていたわ」
「一心不乱って感じだったよね」
今までがミルクやパンだけやっていたが、ジェイクの言うとおり、これから肉を与える必要がありそうだ。
ミオとメイは食事中に交互にあれこれ話した。慣れ親しんでいた三人での食事ということに、ちょっと浮かれていたのかもしれない。
「前に、錬成の素材で【うるさいキノコの胞子】と【うさんくさいキノコの胞子】を間違えたの」
「【うるさいキノコの胞子】は辺りを白濁させるほどに胞子をまき散らすキノコで、【うさんくさいキノコの胞子】は毒キノコそっくりさんのキノコなのよ」
えらい違いようである。
「ふたりとも、今までよく無事だったなあ」
「れ、錬金術師にはよくあることなのよ!」
「そうそう。みんなが通る道よ!」
慌てて言うも、ジェイクは信じていなさそうで、それでも言及することなく、お代わりを所望した。
「なうん」
チロが床で丸くなってやれやれとばかりに鳴き声を上げた。
翌朝、鉱物採取に出かける準備をして三人と一匹が集まった。メイとミオ、チロ、そしてジェイクである。
そのジェイクはメイの格好を見るなり言う。
「メイ、着替えておいで」
待っているからというものの、にべもない。
メイは街中での装い、いつものミニスカート姿である。
「ロングスカートなんて、かえってじゃまになるわよ?」
メイは唇を尖らせる。
「うん。だから、ズボンをはいておいで」
「えー! やだあ!!」
メイは盛大にわがままを言い張った。わざとである。
「おしゃれしたい!」
「鉱山の採取でおしゃれをする必要はないだろう?」
「出会いがあるかもしれないじゃない。いつでも備えておかなくちゃ、チャンスの女神様は気まぐれなのよ!」
ぎゅっと両手を握って、ふたつ拳を作って力説する。その剣幕にジェイクはたじたじである。
「森に行くときはズボンだったじゃない」
姉のミオがジェイクからバトンタッチする。
「蚊に刺されたくないもん」
「山だっているわよ」
「虫よけ軟膏をたっぷり塗っていくわ!」
「どうしてそこまで?」
「だって、鉱物担当はわたしよ。見せ場よ!」
それは本心だ。でも、この言い合いを楽しんでいるのは自覚している。
祖母を失ってから、ミオは自分ががんばらなくては、とずっと気負っていたのだ。メイだって支えるつもりはあったし、成人していないけれど、れっきとした錬金術師だ。まだ錬成は失敗しがちではあるが。
「山だって植物はあるわよ」
だから、自分も採取するのだ、出番がないわけじゃないとミオが言う。どんどん話題がずれてくる。
祖母が亡くなってからこんな風に口喧嘩することも減っていた。前はしょっちゅうしていた。でも、険悪な雰囲気になることはほとんどなかったし、長引くこともない。言いたいことを言い合っていた。
ジェイクがいるから、メイはふっかけた。大丈夫だと思ったのだ。その証拠に、ミオは生き生きとした表情をしている。そこに険はない。がんばって背伸びをして、無理をしようとするのではない、いつものミオだった。
「ふたりとも、話が迷走しているぞ」
ジェイクが呆れて割って入った。案の定、ミオはすっきりした顔で口をつぐんだ。
どうでも良いことをぽんぽん言い合うのは気持ちが良い。
「確かにな、メイもミオも可愛い。だけど、その可愛さは誰にでも見せなくていいんだよ。冒険者稼業は明日は、いや、次の瞬間にはどうなるか分からない。そんなことを日常的に焼ていると、衝動に忠実になる。今のこの気持ちを抑えても、明日はどうなるか分からない。だったら、我慢する必要なんてない、って思うやつは案外多くいるものさ」
ジェイクはそのものずばりを言わずに遠回しに言いつつ、その原因や理由もちゃんと話した。
「え……」
「そうなの?」
鉱山には鉱山夫だけではなく冒険者もよく出入りする。街中よりも目撃者は少ない。たががゆるむことは大いに考えられる。ジェイクはそう言う。
それがどういうことなのか、よく胸に視線を向けられるメイは知っている。ミオだってすらりと身長が高く、しなやかな手足をしていて、美人だ。人目を浴びることは多い。
「うん。だから、おじさんはミオやメイが先々のことをしっかり考えていてすごいなって感心していたんだ」
目先のこと、今ある欲求を優先する冒険者は多い。そんな者に煮え湯を飲まされたジェイクからしてみればミオやメイは様々に考えて自立しようとがんばっている。応援したいと思わせる健気さがある。
メイとしては、そんな風に思ってもらえて嬉しいという反面、ジェイクの語る冒険者たちの実情や考え方に怖くなる。
「メイはそこらにいる関係のないやつらに可愛いって思ってもらうために、怪我してもいいのか? メイが良くても、同行するミオが気にするだろう?」
メイは最終的に、ジェイクのそんな言葉に素直にうなずいて着替えて来ると言って部屋を出た。元々、そんなに格好に執着していたのではない。ミオと気の置けない会話をしたかっただけだ。
「珍しい! メイがんなにあっさり言うことをきくなんて」
わたしの言葉など聞き入れないというミオの声が後ろから聞こえてくる。きっと、頬を膨らませでもいるだろう。
メイが手早く着替えて長い髪も邪魔にならないように結って部屋に戻ろうとしたとき、ミオの声が聞こえてきた。
「ありがとう、おじさん。わたしのことも入れてくれて」
メイだけでなくミオも可愛いと言ったことだ。
「おじさんにはふたりともまぶしいくらいだよ」
「まぶしいって、ふふ」
ジェイクの言葉のチョイスにミオがおかしそうに笑う。やはり、ミオは気負わずに自然体でいるのがいいと思う。そんなことを考えつつ部屋に入ると、ジェイクが案外目ざとく言う。
「お、髪も結ったのか。ズボン姿に合わせるなんて、メイは器用だなあ」
「センスがいいって言ってよ!」
反射的に言い返してしまう。笑いながら言ったから、大丈夫だろう。
「おじさん、わりに褒め上手ね」
「ちょっと前までだめな子の指導をしていたからな。ミオもメイも褒めやすくておじさん、助かるよ」
ミオの言葉にジェイクは肩をすくめてみせた。どんな子を指導していたのだろうか。
まさかのミニスカート拒否。
今更ですが、ミオとメイは冬でもミニスカートです。
すごいね!
だぼっとした上下で軍手をはめて
せっせと作業する女子って可愛いと思います(※個人の感想です)