39-5.
山とひと口に行っても、広い。鉱山口といった目的地が明確に決まっているのではない。【一直線のイノシシ】は生き物であり、移動するからだ。
そのため、ジェイクは野宿の準備をしていた。
場合によっては数日、下手すれば一か月かかることを想定していた。しかし、ジェイクはチロを伴っていた。そして、有翼の幻獣は食い気によってやる気満々であった。チロの導きによって、ジェイクは三日目にして【一直線のイノシシ】の群れを見つけた。
しかし、別の問題が発生する。
「ケイトの口ぶりでは、二、三頭というところだったのだがな」
【一直線のイノシシ】の群れは十数頭に膨れ上がっていた。今回もチロは素晴らしい索敵能力を発揮し、魔獣よりも早くその存在に気付いた。位置取りを慎重にしつつ、様子をうかがう。
ジェイクは冒険者の心得として、この場合、いったん引いてギルドに報告すべきだと考えた。しかし、チロにはそんな認識はない。【一直線のイノシシ】の群れを「なにあれ、おいしそうなものがいっぱい!」と目を輝かせて飛び込んでいった。
「あ、こら!」
チロを見捨てるなど選択肢にはない。それはもう、ミオとメイを捨て置かないのと同義であった。ジェイクは即座に腹をくくった。
【一直線のイノシシ】はその名の通り、まっすぐに突進してくる。その勢いたるやすさまじいものだ。かすっただけで吹き飛ばされる。チロなど、突進する風圧に負けてしまうだろう。
「間合いは大きくとれ!」
「なん!」
先ほどの制止の言葉は聞こえないふりをしたのに、具体的なアドバイスには返答がある。本当に賢い幻獣である。
【一直線のイノシシ】は大きく湾曲した牙で突き上げてくる。頑強な身体は硬い。
わなを仕掛けてそちらへ追い込むのが定石だが、今回はそんな余裕はない。まずは相手の足をどう止めるかをジェイクは考えた。
だが、チロは違った。素早い動きで【一直線のイノシシ】を翻弄する。対する【一直線のイノシシ】は群れを成していた。一頭では点であるが、横並びとなり、波状攻撃のようにジェイクとチロに向かってくる。
「こりゃあ、厄介だな」
「なん!」
チロは素早かった。そして、一年の間にジェイクの冒険者稼業を手伝うようになって、体力も増した。その割に身体はそう大きくなっていないので、ミオやメイは気づいていないが、共闘するジェイクは熟知している。そして、力も飛行能力も素早さも、全てが成長を遂げていた。さらに言えば、賢い。
チロは突っ込んでくる【一直線のイノシシ】をさっと避けた。魔獣はそのまま大木にぶち当たる。突進してくる勢いが仇となる。これで一頭、片付けた。
【一直線のイノシシ】が激突した木は、見上げてもてっぺんが視界に入らないほどの大木だ。それが軋みを上げて折れ、はじめはゆっくりと、徐々に勢いを増して倒れる。群れは泡を食って散り散りになるが、逃げ遅れた二頭がその下敷きになる。
これを計算ずくでやってのけたのか。恐ろしい幻獣である。
チロは他の【一直線のイノシシ】にすでに意識を向けている。仲間を立て続けにやられた魔獣がいきり立って殺到してくるのを、ぎりぎりまで引き付ける。右に左に大きく波打つように走るように見せかけて、急に飛び上がる。
そう、チロは平面的な動きだけでなく、飛行能力もある。チロの動きだけに注視していた【一直線のイノシシ】はその先にある岩場に激突した。おそらく、チロは自分に意識を向けているように、左右に動いていたのだ。
もちろん、ジェイクも観戦していただけではない。
【一直線のイノシシ】がチロに気を取られている間に、一頭二頭たおしている。突撃したものの、チロの素早い動きに姿を見失い、急停止したところを比較的皮ふが薄い首の辺りに剣を叩き込む。鈍い感触がてのひらに伝わる。力を籠めて振り上げ、もういちど、切りつける。
そこへ、もう一頭【一直線のイノシシ】が駆けてくる。地響きからそれを察して、ジェイクは助走で勢いをつけて飛び上がり、木の枝を掴む。膝を曲げた足、ブーツの踵が通り過ぎていく魔獣の風圧を感じる。
目標を失った魔獣にすかさず、チロが飛びついて首筋に牙を立てる。ジェイクに教わらずとも、本能でそこが一番牙が通りやすいと知っているのだ。両前足を同じく首筋にあてて爪で身体を支える。チロは【一直線のイノシシ】にくらいついたまま、首を大きく振る。鼻にしわをよせ、目をらんらんと輝かせ、まさしく野生の猛獣が狩りをする獰猛さがあった。
チロの鋭い牙と刃は、だが、いかんせん、身体に比して短い。
【一直線のイノシシ】にダメージを与えたが、倒すまでに至らない。
「チロ、避けろ!」
ジェイクの言葉を正確に把握したチロはさっと飛び上がる。【一直線のイノシシ】は首に激痛をもたらす小さな動物を振り落とそうと自ら木に体当たりした。しかし、チロはすでにそこにはいない。【一直線のイノシシ】はぶつかった衝撃によろける。そこへ、木から飛び降りたジェイクが剣を振り下ろした。
ジェイクは荒い息をつきながら、チロを見やる。
「怪我はないか?」
「なん!」
「ははは、元気なものだな。しかし、これでようやく半分か」
ジェイクは意気軒昂なチロとは対照的に、自身が大分消耗しているのを不甲斐なく感じた。だが、【一直線のイノシシ】は二、三頭ならまだしも、そこへ十頭加わったらAランク討伐となる。
「ここは一旦、引くか」
「なうん!」
しかし、チロは諦めきれなかった。
美味を。
食い気に走った幻獣は強い。
これはもう、そういうものなのである。自然の摂理ではあるが、常識の範疇を越える事象が起きた。
チロは四肢に力を籠め踏ん張る。尾が、翼が、ぴんと張る。
「チロ?」
チロの白い毛並みを彩る黒色のトラ縞がじょじょに色を失う。いや、銀色の光となって浮き出、毛先でちりちりと弾けている。光は稲光のように鋭利に曲がりくねり、次第に外へと伸びていく。
「おいおい、どうしたんだ?」
「ガウッ」
チロの鋭い声に、ジェイクはとっさに大きく後退した。何度も連携を繰り返してきたからこそ、間合いを取るべきだと感じたのだ。
チロの足はいつの間にか地面から離れていた。
鋭く音が弾ける。
チロの身体から発せられた稲妻が空を舞い、ジグザグに殺到する。【一直線のイノシシ】へと。
残った群れの半数は次々と横転する。土煙があがる中、ひくひくと動いていたのがじきに静かになる。
「なうん」
チロはいつものとろりとした鳴き声を上げ、得意げにジェイクを見上げた。
周囲には十数頭もの【一直線のイノシシ】が横たわっている。ほとんどを、この小さな幻獣が仕留めたのだ。おそらく、食べたいがために。そのころにはジェイクもチロの原動力を察していた。
これほどまでの力を見せつけた幻獣に言いたくはなかった。ジェイクとて命は惜しい。けれど、事実を伝えなければならない。
「チロ、あのな?」
「なん?」
「こんなにたくさんの【一直線のイノシシ】、俺の大容量かばんに入りきらないぞ」
それでなくとも、普通のイノシシよりも大きいのだ。
「な・う・ん?!」
ぎぎぎときしむ音が聞こえてきそうなほど角ばった動作でジェイクを振り返るチロは、毛を逆立てている。
アルルーンも大分人間じみた仕草をしたが、チロもずいぶん人間寄りになっているなあ、とジェイクは現実逃避をした。
忘れたころに出現するチート第三弾。
次話はようやく主人公ふたりが登場します。




