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 今日、私は数年ぶりに着る服を悩みながら決めていました。この色は変ではないか、あの色は時季外れじゃないか、まるで恋する相手とのデートを楽しみにする女の子のようで、少し自分が弱くなった気がしました。


「……あくまでチケットが余ったから普段のお礼としてです。同行するのは接待的なアレですので何も問題有りません」


 自分に言い聞かせる様に呟き、何時もより一時間早く起きて作った時間を使い、漸くどの《《ジャージ》》にするか決めました。やはり一緒に居る女の子が野暮ったい服装では委員長も恥ずかしいでしょうし、女の子らしくピンクのジャージで決定です。


 ジャージで問題ないのか? 何を馬鹿なことを。ジャージは通気性運動性耐久性、その他諸々を兼ねそろえた究極の服。上下セットですからコーディネートに迷う必要もありませんし、これを着ずして何を着るというのですか? ジャージは誰しも一度は着る機会が有るであろう伝統と親しみ易さを併せ持ち、そもそもジャージの歴史を辿れば……さて、語れば五時間は余裕ですが、時間もありませんし早く朝食にしましょう。


 モキュモキュと頬一杯にベーコンや卵焼きやウインナーやクロワッサンを詰め込み、偶にはお洒落にと購入したペットボトルの紅茶で流し込む。


「……ゲップ」


 さて、次は何を食べましょう? まだ時間はありますし、もう七品程度なら・・・・・・。


「委員長は今何をしているのでしょうか……」


 まだ待ち合わせの時間まで余裕がありますが、着ていく服を迷っていると嬉しいと、何故か思いました。






「ありゃりゃ。めんごめんご。からかおうとベッドに潜り込んだのは良いけど、寝ぼけてキスしちゃうとはビックリだぜ。うん。たかが唇の接触と思ってたけどくる物があるね」


「……言いたいことはそれだけか?」


「そうだね。私も子猫ちゃん相手に余裕を見せたいし、君相手に練習を重ねるのも良策かも。よし! キスの間、揉むなり掴むなり好きにして良いから付き合ってくれ。って、何を振り上げてるんだい!?」


「これか? これの名前は……広辞苑だっ!!」


「いや、それは流石にシャレにならな・・・ひきゃんっ!?」


「お前はもう少し慎みを持て。毎度俺がフォロー出来るとは限らないんだぞ」


「……君にしかしないから良いじゃないか。私にキスしていい男も、私が異性としての好意を向ける可能性があるのも君だけさ。……胸よりお尻の方が良かった? 冗談冗談! だから二撃目は勘弁してくれ! ぶへっ!?」




 あっ、何故かイラッとした後でスカッとしました。巨乳くたばれ、慈悲は無し……あれ? 急に妙な言葉が。






 待ち合わせは遊園地の近くの公園。そこまで電車で移動ですが、少々厄介なことになっていました。具体的に言うとナンパです。金髪に染めてアクセサリーをジャラジャラ付けて煙草の臭いを漂わせた軽薄そうな男の人。何とかの反対は無関心と言いますが、まさに興味が全くわかないタイプ。委員長とは真逆の人ですね。 


「ねぇねぇ、君一人?」


 二人に見えるなら眼科を受診の後、眼鏡屋に行くべきです。


「変わった格好で出歩くね。俺と服買いに行こうよ。上下とついでに下着までコーディネートしてあげるからさ」


 このファションセンスを理解できない貴方のコーディネートとか信用できません。


「無視してんじゃねぇぞ、こら」


 低い声で脅してきますが、周囲の人は目を背けるばかりで止めようとしないばかりか車掌を呼びにいく気配もない。……あぁ、馬鹿馬鹿しい。組織には一般人を守るのを目的にしている人が居ますが……私はそんな気にならない。自分自身のために戦うのが一番です。


「私は今から風雲パンダ城に行くので貴方と買い物には行きません」


「あっ、そう? じゃあ、良いや」


 ……あれ? これ以上しつこいのなら強硬手段にでる予定でしたのに、急に引き下がって……何故でしょう?









「ねぇ、君。一人だったらお姉さん達と遊ばない?」


 待ち合わせ場所に三十分前に到着してみれば既に委員長の姿があったのですが、先程の私と同じようにナンパされています。大学生くらいの二人組で、胸もそこそこ……。


「あの、すみません……」


 二人と委員長の間に割って入り、威嚇するように不機嫌そうな顔を見せながら委員長の腕に抱きつく。鼓動がドクンと高鳴りました。



「この人、私の彼氏です。ですので貴女方とは遊べません」


 ええ、これは二人を追い払う為の嘘にすぎません。ですから何も問題ないはずです。現に二人は残念そうにして去って行っていますから。




「……すみません。緊急事態でしたから」


「ああ、だから気にする必要はない。行こうか。……その服装、何というか個性的だな」


 ナンパ避けにまだ腕を組んでいた方が良いかと思ったのですが、委員長はスルリと擦り抜けて歩き出します。ですが思い出したように此方を振り向き、素晴らしい言葉を投げかけてくれました。


「分かりますかっ! これは少し値段が張ったオーダーメイドで、既製品よりも通気性保温性が高く、服の王様と言うべきジャージの中でも……」


 委員長、流石ですね。このジャージの良さを一目で見破るなんて。それでこそ私が……いえ、何でもありません。






 風雲パンダ城、年間来場者数は齧歯類で有名な遊園地の三分の二程を誇る、和とパンダをテーマにした遊園地。滅多に姿を現さないメインキャラクター『暗之雲』の他にも侍の姿をしたハシビロコウや黒子、町娘の格好をさせられて落ち込んでいるクマ、様々な変なキャラクターが特色です。


 とても人気の……筈なのですが。


「……ガラガラですね」


「前日に事故でも……無かったと思うが」


 ニュースで様子を見た時は普段の私なら絶対に行かないほどに人が多い園内は人が疎らに存在するだけで、まるで地方の末期状態の遊園地。待ち時間も殆どなく乗れるようです。


 ええ、それは素晴らしい。昔から思っていたのですが、数分の楽しみのために一時間二時間並ぶ人の心理が分からなかったのです。ですから今日は少しは楽しめそうです。


「委員長。少し提案があります。この歳で放送での呼び出しは恥ずかしいですし、逸れない様に手をつなぎましょう。駄目……ですか?」


「まあ能力を使えば探知は可能だが、プライベートでまで頼るのはどうかだしな……」


 少し迷った様子で差し出された手を私は握る。胸がポカポカと温かい、そんな気がしました。




「まずは此処か……」


 委員長の手を引っ張って最初に選んだアトラクションは大迷路。最初に受け取った腕輪には入場時間が入力され、制限時間内にクリアすれば日替わりの賞品が貰えます。二メートルのパンダのヌイグルミや三ツ星レストランの食事券など、賞品の豪華さから大人気のアトラクションです。




「さて、どうやってクリアする? 確か左手を……」


「委員長、駄目です」


 左手の法則、迷路をクリアするのには役立ちますが……。私が止めるよりも早く委員長の左手は壁に触れ、次の瞬間、壁に仕込まれていた電光掲示板に文字が表示されます。



『最初から自力でクリアしないとか……ププゥ! ヘタレだね、君ぃ』


 

「……なんだ、これは?」


「……左手の法則を使おうとしたら馬鹿にされるんです。自力でクリアしましょう」


 ……その方が委員長と長く一緒に居れますし。





「……制限時間ギリギリか。おめでとう、少年少女よ。今日の賞品はナメタケ三ヶ月分だ」


「要りません」


 ハシビロコウのキグルミは愉快そうな声で大量のナメタケの瓶を差し出して来ます。邪魔ですね、正直言って。


「残念ながら受け取り拒否は出来ん。ああ、途中で捨てるなどマナー違反はしないことだな」


 ……此処を選んだのは失敗でしたね。気分直しにフードコートにでも行きましょう。






「あら、婿殿ではありませんか」


「よっす!」


「……なんで貴方達が居るんですか」


 自動販売機で売っている冷凍の焼きそばでも食べようかと思って来てみれば、バッタリ会ったのはアリーゼの部下二人。遊園地でしか使わないだろう耳付き帽子を二人で被り、限定のお菓子を食べています。


「アリーゼ様が婿殿をデートに誘いたいからと言い出しまして、私達で下見ですわ。それで婿殿。実は人が少なくなるように人払いの術を使って経営者に迷惑をかけてしまいました。……お仕置きをお願いします」


 ああ、ナンパの人が急に諦めたのはそういう訳ですか。バックから荒縄や乗馬用の鞭を平然と取り出している変態さんは凄いのですね。私は化け物は全滅させたいですが……この人とは本格的に関わりたくありません。


「止めとけよ、エトナ。ドン引きされてるぜ?」


「何を言いますか。罪には罰。ですから私を荒縄で縛り、罵倒しながら鞭を振るっていただこうとしているまでです。さあ! この愚かな雌豚を調教して下さいませ!」


 この人が何を言っているのでしょうか……。あっ、委員長が遠い目をしています。そういえば週一のペースでこの変態が夢の中に現れるとか。


「……ドンマイ」


 相方が変態の襟首を掴んで去っていく中、私は委員長の肩を軽く叩きます。さて、気分直しにメニューの全制覇でもしましょう。こういう所は値段の割に量が少ないので食べ足りませんが……。






「もうこれが終わったら帰る時間ですね……」


 楽しい時間はすぐに過ぎる。神野さんと話す一分がランチバイキングの九十分と同じ位の長さに感じるように。最後に選んだのは観覧車。この時間は園内をイルミネーションが彩り、普段ならば予約制の大人気の時間帯でしょうが今日だけは空いています。


「……綺麗」


 観覧車から眺めるイルミネーションは確かに美しく、この時だけは捨て去った普通の女の子に戻れた気がしました。楽しいことを好きな人と共有する、そんな普通の女の子に。


「……委員長?」


 ふと視線を向ければスヤスヤと寝息を立てている委員長の姿が。きっと何処かの変態や幼馴染のせいで疲れているのでしょうね。なのに私に付き合ってくれて……。



 私は誰も見ていないのを分かっていながら周囲を見回し、深呼吸をすると寝ている委員長の隣に移動します。肩と肩が触れるとそれだけで幸せで、私は聞こえていないと分かっていても呟きました。








「委員長。私は貴方が好きなようです……」


 普通の子に戻るのは今日限り。でも、今この時間だけは別に良いですよね……?








~オマケ~


「刹那と」


「委員長の」


「「能力講座ー!!」」


「……今回は神野さんの『神秘招来』ですか……いろいろ凄い武器防具が出せます。はい、終わり。これ以上は時間の無駄です」


「本当に此処では性格が変わるな……。彼奴の能力は神話伝承に出てくる武器防具を自在に呼び出すという能力で、ある程度操作する事ができるぞ。盾を周囲に浮かしたり、高速で飛ばしてぶつけたり程度だが」


「……使いこなすのは能力とは別ですけどね。あの人、見事に使いこなしていてムカつきます」


(まあ、そこは特典の一つなのだけどな)


「……っていうか私のメイン回で茶番を入れないで欲しかったです」


「うん。正直すまん。だが、作者が最近入れてなかったからな。では、次回!」




「……どうせ次回は神野さんとのアンケート回答とかでしょう? けっ!」



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